8 最恐の魔法使い
流れるような銀髪は、しかし所々汚れていて――
真ん丸な双眸も半眼に閉じられ、そこから覗くは、光を反射しない淀んだ漆黒。
年頃は十二歳くらいだろうか、可愛らしく端整な容貌からは、表情というものが見受けられない。
まるで精巧に作られた人形のような少女だ。
「……う、嘘。銀髪の幼女って……まさか」
薄汚れた布に身を包んだ銀髪少女を見て、歌姫が驚愕に目を見開く。
「し、知ってるんですか?」
俺は銀髪少女から目を離さず、早口で訊ねる。
「この森の奥には、一か所だけ誰も近寄らないエリアがある。そこに足を踏み入れた者が誰一人帰ってこなかったからだ。最初は、凶悪な猛獣の棲み処があると思われていたけど、実際は違った。そのエリアを住み処にしていたのはたった一人の幼女」
「……そ、それが、彼女だと?」
俺は銀髪少女を見たまま訊く。
「ああ。そのエリア付近で瀕死の男が見つかり、『銀髪の幼女にやられた』とだけ残して息を引き取ったと噂になり、ロリコンが何人も向かったが、やはり誰一人戻らなかった。今では誰もそのエリアの話をしようとはしなかったけど……どうしてあいつがこんな場所に?」
ロリコンの凶悪犯なんて知ったことではないが、凶悪犯を幾人も手に掛けてきた少女。
凶悪犯と日々戦ってきて、恐怖心とかなくなったと思ったけど、まだ俺の中にあったんだな。
……どうする?
見た目、メッチャ可愛いのに、足震えてきたんだけど。
と、銀髪少女がおもむろに口を開く。
「殺される……」
「え?」
あまりにも不可解な言葉に、俺は思わず声が出る。
むしろ、それ俺たち。
「――だから、殺さないと……」
刹那、銀髪少女が消え――俺が手を伸ばせば届く距離――眼前にいた。
……嘘だろ。
そんなことを思い浮かべた時には、ものすごい衝撃と共に、俺は真後ろに吹き飛ばされていた。
瞬間移動ではない。
純粋に速かったのだ。
吹き飛ばされた俺は、巨木に激突する寸前、どうにか真後ろに魔法を発動し、勢いを殺す――
いや、ほとんどそのままの速度で巨木に叩き付けられた。
「ぐぁっ!」
背中や頭を強打。
しかし、この半年で身体もかなり丈夫になった俺は、どうにか意識を保ったままでいられた。
すぐに地面に着地した俺は、俺が元いた場所、ルナや歌姫の姿を確認しようとしたが……
もうそこに誰もいない。
ドンッ、ドンッ! と続けざまに、そんな轟音がした。
「……る、ルナ」
歌姫はまだしも、ルナは戦闘力皆無の女の子だ。
あんな攻撃くらったら……
俺は、すぐにでもルナのもとに行こうとしたが……
「まだ、生きてる。殺さないと」
いつの間にか、眼前に銀髪少女がいた。
「くそっ!」
俺は全力で魔法を発動させる。
俺の突き出した右手から溢れ出る無数の光。
修行の甲斐もあり、波打つ光線の威力も速度も操れる数も、飛躍的に向上した。
ほとんど一瞬で、銀髪少女を四方八方から取り囲み、容赦なく少女の身体を貫く――
「え?」
そんな呟きを漏らしたのは、俺だった。
銀髪少女を貫くはずの俺の魔法は、なぜか俺の身体に突き刺さっていた。
……跳ね返された?
四方八方から銀髪少女を攻撃した光線は、少女の身体に傷一つ負わせることなく、まるで光が鏡で反射するかのような軌道を描いた。
幸い、俺が出現させた光線の内、俺に戻ってきたモノは四つだけ。
どれも致命傷ではないが、右足を打ち抜かれ、俺はバランスを崩しかける。
そんな隙を少女が見逃すはずもなく、懐に入られた俺は先程同様、後方にものすごい勢いで吹き飛ばされる。
しかも今度はすぐ後ろが、巨木。
俺はまたも巨木の根本付近に叩き付けられる。
……マズい。
後ろに思いきり吹き飛ばされれば、態勢を立て直す時間くらいあるだろうが、無駄にぶっとい巨木がアダとなり、このままではサウンドバック状態だ。
「……まだ、生きてる。殺さないと」
無感情な少女の声が、俺の心に冷たく響く。