12 信じる理由
数瞬の浮遊感の後、目の前の世界が一変した。
そこは木々の生い茂る深い森の中ではなく、色取り取りの花々が咲き誇る穏やかな花畑だった。
そういえば、今は四月。
『原生の森』の中は、特殊な結界に覆われていたため、四季の変化がないので、すっかり忘れていた。
半年ぶりの外の世界。俺が大きく深呼吸していると、ルナが訊いてくる。
「久しぶりのシャバの空気はどう?」
「ああ、最高……いやいや、刑期終わりの元囚人じゃねよ。……というか『地獄の森』は、その名の通り森だから、空気は良いからな」
血の臭いが残ってる場所とか結構あったけど。
「冗談だよ。ユイトがどんな反応するか見たかっただけ」
悪戯っぽい笑みを浮かべたルナに、俺は苦笑し、当然の疑問を投げかける。
「で、ここはどこなんだ?」
「『パーシェ』の東部あたりかな」
『パーシェ』。
この世界を統治する『九王』の一人、キャレット=リズソンが治めている国だ。
数十年続いた世界大戦末期――今から十三年前、最終的に生き残り強国に成長した九つの国が、お互いに睨み合う膠着状態に陥った。
そんな折、各国の王に無期限の停戦協定を持ちかけたのが、彼女――キャレット=リズソンだった。
他の八か国の王全員が協定を快諾したわけではないが、各国の思惑もあり、結果的に協定は締結。元々は何千とあった国や地域は、現在の九か国で落ち着いた。
そのような実績やキャレット本人の人柄から、国民からの信頼は厚く、彼女が治める『パーシェ』は九か国の中で最も平和な国であると言われている。
「『パーシェ』か。良い国だって聞いてたから、来てみたかったんだよな」
まさか瞬間移動で訪れることになるとは、夢にも思わなかったけど。
「そっか。じゃあ、ちょうどよかったよ。あ……そういえば、この国の名前の由来って知ってる?」
「いや、知らないけど」
俺がかつて住んでいた国の名前は、師匠だった人の名前から取ったって、王が公言していたけど。
「実は、キャレットの昔飼っていた愛犬の名前なんだって。よく国民が納得したよね」
「ちょ、ルナ! キャレット様は人望のあるすごく良い王様なんだから、呼び捨てするな。誰かに聞かれたら、どうするんだよ」
「大丈夫だよ。ここは町はずれだし」
ルナがそう言うので、俺はルナの後ろを指差す。
「……あ」
振り返ったルナは小さな声を漏らす。
すぐ近くに一軒の民家があったのだ。
「……ってことは、このお花畑って、もしかして私有地?」
「え?」
そういえば、花の配置が綺麗に整っている。
「……とりあえず、町まで行こうか」
俺たちは所有者に見つからない内に、花畑を立ち去った。
木造建ての家々が整然と立ち並ぶ奇麗な町。
俺は町に入ってすぐ、そんな印象を持った。
通りはきちんと整備され、どの家も比較的に新しい。現在いる場所から見える範囲では、築数十年以上経っている建物はないようだった。
俺たちはひとまず、服屋に寄る。
なぜなら、半年間も『地獄の森』で生活していた俺の服は、所々が破れ、かなり汚かったからだ。
しかしながら、ここで俺はふと疑問に思い、ルナに訊ねる。
「そういえば、あの森では生き残ることで精いっぱいだったから、おまえのことは全然気にしてなかったんだけど……ルナっていつも綺麗な服着てたよな」
今も、とても半年間ずっと森で暮らしていたとは思えないほど、綺麗な服を着ている。
服装は一緒なので、毎日俺がいないところできちんと洗濯していただけかもしれないけど……それにしても、綺麗過ぎる。
普通、少しくらい破れたり、汚れが残ったりしそうだが……
「まあ、女の子だからね」
ルナが微妙に目を逸らす。
「ルナ。あの時はあえて聞かなかったんだが、おまえ夜はどうしてた?」
『地獄の森』の生活中、戦闘の際を除けば、ルナはいつも俺と一緒にいた。
しかし俺が寝ている間に、ルナがどこかに行っていたことを俺は知っていた。
「え……それは、ほら、男の子と一緒に寝るのはちょっと。ユイトの野生がガオーってなるかもしれないし」
一見すると、普通の女の子らしい意見だが……
後半の誤魔化すような態度が怪しいな。
「ルナ。正直に言ってくれ。俺はおまえに感謝してるんだ。怒ったりしないから」
「……そう? じゃあ、言うけど……夜は移動魔法で森から出て、ふかふかのベッドがある宿に泊まってた。だって、ベッドじゃないとすぐに寝付けないから」
「そっか。他には?」
俺は笑顔で促す。
「森に生えてる雑草とかキノコとか全然美味しくなかったから、外で美味しいもの食べたり、森で暮らすの結構しんどかったから、マッサージ屋行ったり、あと温泉とかも行ったよ」
「ちなみに服が綺麗だった理由は?」
「何着か同じもの買って、順番に着てたからだよ。いつだったか、ユイトが一回森から出たいって言った時に、『今は移動魔法は使えないよ』って嘘ついたから、それがバレないようにね」
言って、ルナは可愛らしくウインクしてきた。
「そっかー。ルナは結構嘘つくよな」
「そうだね。でも安心して。私は誰かを傷つけるような嘘は絶対につかないから。移動魔法が使えないって言ったのは、ユイトにより強くなってほしかったからだし」
「じゃあ、昔俺が魔法を使えなかった件については?」
表面上は笑顔をどうにか保った状態で、俺は質問する。
「何言ってるの、ユイト。それは嘘じゃなくて、意図的に秘密にしてただけだよ」
「ははは……そっか、そっか」
「うん、そうだよ」
俺とルナは笑い合う。
「で、意図的に秘密にしてることはもうないよな? ルナ」
笑い事じゃないからな、おい。
俺はルナに詰め寄って訊く。
「……うん、ないよ」
わずかに間があったのは、どういうことだろうか?
……今更ながらだが、俺はどうしてこの子のことを信じているのだろうか?
自分のことは全然語らないし、嘘はつくし、大事なことは黙っておくし。
色々と事情があるのは、何となく分かるが……半年間一緒にいて、俺自身がルナを信じるている理由が分からない。
ノリとかそういう流れみたいなものはあった気がするが、明確な根拠がないんだよな。
「その答え、教えてあげようか、ユイト」
ルナが俺の気持ちを察し、口を開く。
そう、こういうところも、普通に考えれば不気味なだけなんだよな。
ほとんど読心術だし。俺限定の。
「ああ、ぜひ教えてほしいな。いざって時にルナに不信感を抱いても困るし」
俺の心を大まかに読めるって時点で敵に回したくない。
「ユイトが困ってる人を放ってはおけない、お人好しだからだよ」
……はい?
「つまり、惚れた女の言うことなら無条件で信じる、みたいな感じだよ」
「だから、惚れてねぇよ」
てか、『つまり』って言ったわりに、さっきとまったく違う内容になってるぞ。
まあ、ルナは魔法で俺好みの容姿になってるから、めちゃくちゃ可愛いとは思ってるけど。
……という俺の思考も読まれたらしく、ルナは上目遣いであざとく可愛さを演出してくる。
くそっ、本当に可愛いから殴ろうと思えない。
なんかムカつくのに!




