04.そうして義姉は自分の幸せを見つけた
プレスティ男爵家の一階にある執務室で、アシェットは書類を捲ってはペンを走らせていた。
あの日から三ヵ月と少しばかり。
落ち着く間もなく追われる後始末は終わりを見せているが、それはプレスティ男爵家に限ってのことだろう。
関連する書類は全てひとまとめにしておいてある。
ここ二週間程は動きがないので、もう少ししたら、一度金庫の中にでも仕舞うつもりだ。
エラとヴァレール第二王子は、早々に幽閉されることが決まった。
とはいえ、王族専用の牢や石造りの塔などに閉じ込められるのではない。
王都から少し離れた避暑目的の離宮を、急ぎ改築したのだそうだ。
外に出すことがないよう、美しい模様を描きながらも冷たく硬質な鉄柵で囲み、そこで与えられるのを待つだけの飼い殺しの生活が始まる。
プライドばかり高いヴァレール第二王子には屈辱の日々となり、何もしたくないエラには天国だろう。
それに対してヴァレール第二王子の苛立ちが頂点となって怒鳴りつけたとか。
自分に都合の悪い状態になったときのエラが何をするか、アシェットは把握できていたが、離宮の使用人達は大変だったはず。
まさか暖炉の中に隠れるなんて思わなかっただろうから。
それも、もはや使われることのない客室の暖炉で、ご丁寧に暗い色合いのカーテンを被って。
誰もが必死に探したが見つからず、男爵家に使者が駆け込んできたのも、暫く前の話になりつつある。
それ以来、あちらでも彼女は「灰かぶり」と呼ばれるようになったらしい。
リュシエンヌについては、王家からの書状に詳細は書かれてはいなかったが、口さがない者達によって噂が舞い込んでくる。
ヴァレール第二王子とリュシエンヌの婚約破棄については、今なお王家と公爵家が協議中とのことだ。
どちらも威信がかかっている以上、有責とされるのは避けたいところ。
プレスティ男爵家で働いていたメイドは、騎士に連れて行かれてすぐに全てを自供したと聞いている。
対してルシャンドラ公爵家は、メイドの虚言だと押し切ったそうだとか。
更には、公爵家の信頼を著しく損ねた娘など、早々に処刑するべきだと口にしたことで、その日のうちに数人の使用人が紹介状も持たずに辞めたことも耳にはしている。
ちなみにプレスティ男爵家での責め苦など、実際のところはたいしたものではなかった。
が、公爵令嬢のお気に入りでチヤホヤされていたメイドからすれば、荒縄で縛られて、鼠捕りにかかった鼠を見せられながら罵られるのは堪えたのも当然のこと。
田舎育ちのアシェットからすれば、そう怯えることでもないが、都会育ちの女性には刺激が強かったはずだ。
もし、ルシャンドラ公爵家が婚約解消に持ち込めたとしても、向こう何世代かにおいて、王家がルシャンドラ公爵家と婚姻を結ぶことはないと思われる。
この一件でルシャンドラ公爵家が没落することはないが、リュシエンヌが新しい縁を結ぶのは難しくなった。
他家が慎重になるのも仕方のない話となってくる。
アシェットの元婚約者であったニコラ・ダマルタン伯爵令息とは、そもそも公爵家当主が婚約など口約束すらしていないと発言している。
リュシエンヌが自分なら上手くやれると、勝手に暴走した結果かもしれない。
それにしても、ここまで醜聞が広がってしまうと、暫くは公爵家主催によるお茶会や夜会の開催どころか、他家からの招待を受けることすらできないだろう。
それどころか、次期当主としての社交すら今のリュシエンヌでは難しい。
公爵家相手に誰も口にはしないだろうが、それでも密やかな声は社交界の隅々まで行き渡っている。
長らく貴族の最高位として生きてきた公爵夫妻と違い、まだ若いリュシエンヌが今の状況に耐えられるはずがない。
先日招待を受けたお茶会で聞いた話では、現在は夜会での出来事がショックで、領地で静養中とのことだった。
自分が仕掛けた癖に、やり返されると被害者面して逃げるとは。
悲劇の主人公がお上手だと笑って、近くにあった封筒を摘み上げる。
手にしたのは淡い水色の上質な封筒に、見たくもない差出人の名前が綴られている。
先日、面会の要求と同時に手渡された、ダマルタン伯爵からの手紙だ。
ダマルタン伯爵家からは再度の婚約の打診だったが、丁重に、かつ慇懃にお断りしている。
本当に図々しいこと、とアシェットは思い出して、溜息を落としそうになる。
感情のままに暖炉にくべなかったのは、何かあったら社交界に話題の一つとして提供しようと考えているからだ。
しっかりとダマルタン伯爵家の家紋も押されているので、言い逃れも出来やしない。
あちらが地位をひけらかして脅してくるならば、恥知らずとして手紙の内容が社交界に回ることになる。
ニコラについてもリュシエンヌとの関係が疑われている以上、どこの家も婿として迎えるには相応しくないと考えるだろう。
既に年の近い者達は婚姻、または婚約している。
他に当てがないからこそ、再度の婚約の打診であろうが。
このままでは婿入り先など見つかるとは思えない。
そうなると、迎える未来はリュシエンヌに仕え続けるか、それとも愛人に収まるか。
もしかしたら市井にでも追い払われる可能性だってある。
どちらにせよ独身のまま終える未来が濃厚だった。
そして、彼の婿入り先が決まらないとなると、リュシエンヌが婚姻前から愛人を抱えているという疑惑も生じてしまう。
公爵家から望まれて婿入りしたはずが、気づけば自分の血を引かない子どもを育てさせられていた。
そんな可能性も予想できる家に、誰が婿入りしたいものか。
誰もが少し困ったような笑みを浮かべ、けれど容赦なくお断りするだろう。
そもそも、適当な年齢の高位貴族の令息など、誰も残っていないが。
ここらへんはお金次第で下位貴族の者を形ばかりにと迎えればいいかもしれないが、それは公爵家として許せるのかどうか次第。
とはいえ、どれもこれもプレスティ男爵家が金輪際関わる必要がないならば、どうでもいい話である。
一度、ルシャンドラ公爵家からは、夜会での発言を撤回して公式の謝罪を行うよう、威圧的な使者が訪れた。
たかだか男爵家と権威を見せつける為、わざわざアポイントも取らずに当主の従者を名乗る者が押しかけてきたが、運の良いことに、その日は王家からの客人も来ている日だった。
主人の仇と言わんばかりに、憎々し気な顔で散々に暴言を吐き、自分のものではない権力を振るって侮辱する。
客人が面白そうに耳を傾けていたので、悪趣味だと思いながらも制止せずにいたけれど。
最終的には、謝罪しなければ男爵位を取り上げて、母娘揃って屋敷から放逐すると言い出したので、ここで同席していた客人を紹介すれば、泡食った顔で逃げていったのも記憶に新しい。
それ以降、公爵家からの干渉は一切無い。
「あれのお陰で、王家も公爵家に対して強気でいられるよ」
アシェットの机と並べるようにしてある机に着席し、爽やかな笑みで語るのは、自身の成人を祝う宴を台無しにされたレーニエ第三王子だ。
希少な鉱石が採掘できる男爵領を、公爵家に占有されては敵わないとして、瞬く間に組まれた新しい婚約は意外な相手で。
アシェットにしても後ろ盾があるのはありがたいが、釣った魚が巨大過ぎるのも少々悩みの種である。
とはいえ、レーニエ第三王子は気さくな人物で、男爵家に婿入りすることを厭う様子はない。
既に王都にあった学園は卒業しているので、そこで得た知識を活かして支えることを約束してくれている。
初対面にも関わらず好意的で警戒したが、どうやら田舎というものに憧れがあるとのことだった。
川で魚を釣った話や、屋敷の裏山で採れる果実の味などの話を聞きたがり、アシェットとジョゼットが語れば心底羨ましそうな顔をする。
今のところは上手くやっていけている、と思っていいだろう。
そして、レーニエ第三王子との婚姻にあたって、プレスティ男爵家は伯爵位が与えられる。
上手くいけば、近接する公爵領の一部を慰謝料として召し上げ、そこを伯爵領にする予定だが、それも先々の話だ。
先ずは男爵領の鉱山に学者を招いて調査してもらい、すぐに枯渇しないように年間の採掘量を決めなければならないし、そのための環境整備も必要だ。
労働者を迎え入れる住居に多少の娯楽、そして食料や衣服の確保。店の誘致。
初めて取り組む本格的な領地改革となれば、考えることは山積みで。
このタイミングで、良き婚約者を迎えられたのはありがたいことである。
「レーニエ殿下、一区切りつきましたので、休憩にしましょうか」
途端に彼の顔が僅かに輝く。
今日のおやつは、ジョゼットが領地から届いた果物と木の実でお菓子を焼いている。
領地でよく食べられる素朴な味だが、クリームで甘すぎるのは苦手だと言う彼には、ちょうど良い甘さなのだとか。
本当に良いお方だ。
「夕食もいいだろうか?
できれば、以前に食べた薄いハムとキュウリのサンドイッチ、それから小さなクロケットで。
それで先日遊んだ遊戯盤、あれの勝負をもう一度しよう」
──やっぱり少し困ったお方だ。
どれも手で摘めるものばかりで、王宮とは異なる珍しさに惹かれているのがよくわかる。
そして、我が家で少しばかり羽目を外そうという目論見も。
「殿下、夕食のメニューは既に決まっております」
途端にガッカリされるが、当家のシェフもよくわかっていて、レーニエ第三王子の知らない料理や食べ方で用意してくれる。
「今日は鍋一杯のシチューと聞いています。今の時期ですと収穫の感謝を込めて、領地で民に配るために作るシチューでしょう。
今日の食事は領地の時と同じで、鍋ごと置きますので自身で掬って頂くことになるかと」
途端に再び表情が変わる。
王家らしくない表情豊かな方に思えるが、こういった百面相を見せるのも我が家でだけだ。
アシェットが王宮に伺えば、王族らしい微かな微笑みが崩れることは無いし、会話の内容は一般的な令嬢が好む洗練された話題が繰り広げられる。
男爵領の話をすれば、いつだって真剣な表情で余所見もせずに聞いてくれた。
アシェットの母親からも「よく懐いている」と言われるし、ジョゼットからは新種の愛玩動物かと聞かれるくらい。
大変失礼だが、実際その通りすぎて言い返しようもない。
総じて、良い方を見つけたという見解は変わらないのだから、あんまりな言い方はしてほしくはないのだが。
そう思うぐらいには、情が湧いているのかもしれなかった。
「夕食につきましては、こちらで召し上がっていただいて問題無いか、誰か遣いを出しましょう。
ですので、今は休憩を」
アシェットがインク瓶の蓋を閉める。
すぐにレーニエ第三王子が婚約者らしい距離まで近寄り、エスコートの手を差し出した。
今まで婚約者にされたことのなかったエスコートも、最近では慣れてきている。
躊躇いなく手を重ねて立ち上がる。
アシェットのシチューは自分がよそうのだと言い出したレーニエ第三王子に微笑みかけ、それから使用人が開いてくれた扉を一緒に抜けていった。
これにておしまい。
気まぐれに、後書きに小話を追加したりしています。
まだ読んでいない人は、興味があれば確認してみて頂ければ。




