02.可愛いあの子は平民です
エラの誕生は、それこそ貴族であればどこにでもあるものだった。
唐突に打ち明けられた、愛人と、その愛人が産んだ子の存在。
だが、貴族であってもあり得なかったことは、愛人を屋敷に引き取りたいという入り婿であった父からの嘆願だ。
そして残念なことでもないが、男爵ではなかった父は離縁されて平民へと変わる。
とはいえ、元々は他の男爵家の三男で、絵を描くことと美しいものを愛することを信条にしていた父に生活能力は皆無。
さすがに父が路頭に迷って亡くなったとあれば、娘の情操教育に悪い。
母は怒りで領地に引っ込む際に、数年の約束で屋敷を貸したのだ。
そうやって領地に戻ってからは、山地災害が起きたり、新しい鉱山の発見だったりとすることが山積み。
王都に置いてきた見張り代わりの使用人からは、愛人を連れ込んでいたことを報告されていたが、目の回る忙しさだった母には優先事項の低い問題となっていた。
アシェットも行儀作法や勉強は家で学びつつ、母を手伝うので気にする余裕もない。
ルシャンドラ公爵家の取り計らいで、跡取りであるアシェットには婚約者もいた。
とはいえ領地を離れられず、向こうが嫌そうに一度訪れたきり、それ以降は手紙のやり取りだけだ。
野暮ったい眼鏡をかけ、整えないままの前髪が額だけでなく眼鏡の一部すら隠し、顔に散らばっているのはソバカスで。
着ている服も皺だらけで、とにかくアシェットとの婚約を嫌がっていることだけはわかった。
婚約者はリュシエンヌの側近で、彼女の多忙さに比例して忙しいのだと、手紙には素っ気なく書かれるばかり。
顔すらよく覚えていない。
記憶に残っているのは、見た目にそぐわない銀の髪ぐらいだろうか。
アシェットも季節の挨拶を含めた定期的な手紙や、誕生日の贈り物は忘れないようにしていたが、それぐらい忙しかったのだ。
時々、金を無心する父親の手紙を、妹のジョゼットがこっそり破っていたのは、後から聞いた話である。
そうやって領地での慌ただしい日々に区切りが着いた頃、王都の使用人から届いた手紙にはあったのは父の訃報だった。
絵が売れないことに荒れた父が泥酔して階段から落ちたらしい。
どうやら亡くなる少し前から部屋に籠って姿を見せなくなっていたので、数少ない使用人達が起きた時には、階段の下に転がっていたとのことだった。
それを聞いて王都に戻る決心をした母に伴われ、アシェットとジョゼットも久しぶりにタウンハウスを訪れたら、一人残されたエラが居座っていたのだった。
「ということで、エラは男爵家の娘ではありません」
呆然と話を聞いていたヴァレール第二王子だったが、アシェットが話し終えると、どうしたらよいかわからないといった風にエラを見る。
それに応えるように微笑むエラは、苦労にまけない健気な少女に映っただろう。
「だ、だが、同じ父を持つ妹を虐げるなど、貴族として狭量ではないか」
少しばかり勢いは弱まったが、まだエラを庇護する元気は残っていたらしい。
どうにか捻り出した言葉に、察しが悪い無能だと心の中で毒づく。
周りを囲む貴族達の空気が冷ややかなことに、さっさと気づけばいいのに。
「殿下、我が家も当初はエラを平民としてですが、どこに嫁にやっても良い娘に教育しようとしました」
ヴァレール第二王子に腰を抱かれ、べったりとひっついている、はしたない姿に呆れの表情を向ける。
「けれど、何を言っても無理でしたわ。
家庭教師を付ければ逃げ出し、物置や暖炉に隠れてやり過ごすような娘、どう教育すればいいのでしょう」
エラが灰かぶりと呼ばれるのは、それが由来だ。
見つけたアシェットの母が、まるで灰かぶりだと説教し、冬の時期にはエラに気づかないで火を付けないようにと、使用人の間でそう呼ぶようになっただけである。
それを偶然聞いたエラが、外へと抜け出した際に周辺の人々に言いふらし、プレスティ男爵家の本当の子だと思われていたエラは、不当に虐げられているという話になったのだ。
一番の問題は、エラ自身が悪意を持ってやっていないことである。
ただの考え無しでしかない。
「プレスティ男爵家としては、追い出しても良かったのですけど。
今宵の殿下のように誰かを誑かして面倒事を増やしそうですので、父と彼女の母親の生家に引き取るよう交渉していたところだったのです」
そこで深く息を吸う。
「愛人の娘にここまで情けをかけているのに、どうして糾弾されるのか。
ええ、全く理解ができませんわ」
言い切ってから、次期当主に相応しい、余裕のある笑みを浮かべる。
「ですから、殿下が引き取ってくださるのには、大変感謝しております。
男爵家とは関係ありませんので、エラの為の持参金などはないですが、それだけの愛があればどうとでもなりますでしょう」
途端、ヴァレール第二王子の顔色が変わった。
「いや、しかし、それは」
続かぬ言葉を音にしているが、アシェットは汲み取るつもりもない。
どうせ、自分好みの美しい美少女に、希少な鉱石を産出するプレスティ男爵領、もしくは多額の持参金がオマケで付いてくる。
それならば公爵家に婿入りなどせず、王族として残って相手を挿げ替えればいいとでも思ったのだろう。
そんな甘い話があるはずない。
だが、ヴァレール第二王子の情報が、これまた中途半端であったのもアシェットは気になった。
田舎の片隅にあるプレスティ男爵家が鉱山持ちになったのは、そこまで古くはない話だが、社交界の話題に未だに残っているとは思えない。
少しでも調べさせれば、エラの正体などすぐにわかるはずだ。
そしてリュシエンヌが主催するお茶会で、ヴァレール第二王子の無能ぶりを、困ったような笑みで嘆いているのをお茶会で見ている。
それだけではない。
エラを見た時から不思議だったのだが、彼女の着ているドレスに見覚えがないのだ。
白いドレスはデビュタントを思わせ、シンプルなドレスではあるがエラのスタイルの良さを引き立てている。
そして、田舎育ちのアシェットでもわかるぐらいには、高級な絹が使われていた。
アシェットもジョゼットも女性にしては背が高いので、逆に小柄なエラが着れば裾を引き摺ってしまう。
履いているのはガラスと錯覚するような、繊細な銀の刺繍靴。
一体誰が彼女にドレスを着せたのか。
招待状のない彼女がどうやって入り込み、そして男爵である母の招待状が執務室から消え失せたのか。
使用人に疑いを向けるのは当然のこと。
王都に戻った際に使用人が足らず、ルシャンドラ公爵家から紹介をしてもらっていた。
横をそっと盗み見る。
リュシエンヌは変わらず、淑女らしい笑みを浮かべているまま。
婚約破棄をされたどころか、傅くべき男爵家の、これまた愛人の娘などがしゃしゃりでているというのに、そのことに言及すらしない。
まるで目の前の二人を祝福するかのように。
もしくは、最初からこうなることが予想できていたかのように。
いや、実際のところは予定していたのかもしれないが。
リュシエンヌもアシェット同様に跡取り娘である。
既に成人した今に婿探しは大変だと思うが、ツテはあるのだろう。
アシェットが穏便に済ませられない選択肢をした、原因でもあるが。
傍から見れば、無能な第二王子と男爵家の愛人の娘による喜劇だが、演出家がいるのも事実。
勝手に役を与えられた方は堪ったものではない。
さて、とアシェットが少し考えているところで、「国王陛下の入場!」と高らかな声が上がった。




