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【完結】王子様だと知らずに、恋をしました *一夜を共にした相手が既婚者だと知った公爵令嬢の話*  作者: HARUHANA


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22.探してた

 こんな若造に、長官なんて――

 そう言われるのを覚悟して、ここへ来た。

 でも、現実はとても温かい。


「ランドアーク卿の実績なら、すでに伺っています。拡大に伴ってご尽力下さい。領主様も褒めておいででしたよ」


 領主……それは、つまりヴィルローズ公爵。

 初日から歓迎ムードで、なんの壁もなく仕事に取りかかれたのは、間違いなく公爵のおかげだ。


 すぐに貿易拡大を祝う記念式典があると聞き、外交ルートの円滑な取引きのため参加者を確認した。勿論、式典の流れも。


 "公爵へ直接、赴任の挨拶が出来るのは式典当日か"


 大量の書類に書かれた、収支報告や取引実績、請求書をめくり続けた。睡眠時間もきちんと確保され、十分すぎる労働環境、やり甲斐も付加されれば、自ずと疲れも感じなかった。


 ――そして、式典当日。


 用意された貿易管理本部用の椅子に、それぞれが座り式典の開始を待った。


「あれって、最近帰ってきたエリアナお嬢様じゃないか?」

「そうだな。随分長いこと帰ってこられなかったから、お目にかかるのは久々だ」

「それにしても……奥様に似て、美しい容姿だな」

「学園を卒業したっていうから、婚約も近いんじゃないか?」


 端々に聞こえる、エリアナ嬢の名前。隙間から必死に彼女の姿を探した。漸く見つけた、その姿――


 彼女を美しく引き立てるワンピースと――


「え……?」


 髪を耳に掛ける仕草と同時に見えた、青い……ブレスレット……。

 パーツの欠けたブレスレットなんかを、今も身につけてくれている嬉しさに、式典どころではなくなってしまった。

 彼女に会いたくて、ここまで来た。目の前にいるのに、話しかけることも出来ない、このもどかしさ。


 浮き足立った気分のまま公爵夫妻の挨拶が終わると、耳打ちされたエリアナ嬢が手を振ってその場から離れていく。

 今しかチャンスはない。だから、周囲の人たちにそれとなく理由を付けて、彼女を追うと決めた。

 椅子に座っていた時点で距離があったせいか、人混みに紛れた彼女を見つけるのは至難の業だった。辺りを見渡しながら進み、目印となるワンピースを探していると、それらしき人影が少し先に見えた気がした。


「エリアナ!」


 思わず叫んではみたものの、案の定、振り向いてもらえず。

 見失いそうになりながら必死に前に進んで、人混みを抜けた先。向こうの通りへ、一人静かに歩いていく彼女の後ろ姿を見つけた。

 陽も傾いて来た淡いオレンジの空の下、小さな公園のベンチへ座った。正面から切り込んでいく勇気もなくて、少し遠回りしながら徐々に彼女に近付いていく。横目で見えたその姿は、なんとも儚げで……時折ブレスレットを見つめながら口元が動いた。


 “そのブレスレットに、何を語りかけているのですか?“


 届かないと知りながら、心で語りかけてしまう……。

 返ってこない返事を待ちながら、あと少しという距離まで辿り着いた。


 空を見上げながら、瞳を閉じた彼女から溢れた言葉――


「ノエル様に……会いたい」


 ――同じ気持ちでいてくれたと、自惚れても良いだろうか。


 彼女の声を聞きたい。

 足音を殺し、物音を立てないように、そっと隣に座った。緊張するなんて自分らしくないと思いながら、掛ける言葉すら見つからない。

 だけど……その瞳が開いた時、一番に映るのは――僕であって欲しい。


 小さな溜息を吐いて、彼女の瞳がそっと開いた。


「…………随分、探しました」

「……ノ……エル様……?」


 暖かな風が、彼女の髪を揺らした。


「勝手にいなくなっては、困ります」

「あの……どうして、こちらに……」

「貴女に、会いたかった」



 ***



 ……会いたいって願った。

 そのノエル様が……今、隣に座ってる――


「少しだけ、貴女の時間を下さい」


 私の手を取って、ノエル様がブレスレットに触れた。


「まずは……驚かせて、すみませんでした」

「いえ、私こそ……何も言わず……」


 それ以上の言葉が、喉に詰まってしまう。伝えたいことは沢山あるはずなのに、どうしてこんな大事な時に、言葉を紡げないんだろう。


「……ずっと、付けてくれてたんですか? 不完全なのに」

「私にとって、その……お守りのようで。付けてる資格なんて、ないですよね」


 手首から外そうと、ノエル様の手を払おうとしたけど……余計に力が込められた。


「資格なんて必要ありません。たった数ヶ月だけど、貴女を見てきたんです」

「私は、自分を許せないんです。だから、貴女から貰ったこのブレスレットが……私の戒め――」 

「エリアナ、貴女が自分を許せないなら――」


 少しだけ、距離が近付いて。


「僕が、隣で許します」


 真っ直ぐ私を見てくれるノエル様から、目を逸らした。

 次の恋が出来るほど、私は……強くない。


「貴女がどこへ行こうと、何を背負おうと……それでも、離したくないと思ったのは――貴女、だけでした」


 逃げるように視線を落とした先で、欠けた宝石が夕陽を受けて微かに光った。

 いつも助けてくれたのは、確かにノエル様だった。

 今もそう……私の欲しい言葉ばかり。

 

「……ノエル様は、ズルい」

 

 掠れた声でそう零すと、ノエル様はほんの少しだけ目を細めた。


「えぇ、自覚はあります。でも、ズルくてもいい。綺麗なやり方じゃなくてもいい。貴女が僕の隣を選んでくれるなら」


「っ……」


 思わず息を呑んだ。

 その言葉は、あまりにも真っ直ぐで、私の逃げ場をどんどん狭くしていく。


「エリアナ。貴女は“もう恋はしない”って顔をしていますね」


「……っ、そんなこと――」


「ありますよ。だから領地に来たんでしょう?」


 言い当てられて、何も言えなくなる。


「だったら、僕が覆します」


 覆しますって……?


「貴女が恋を諦めたままでもいい。過去を背負ったままでもいい。それでも――きっと貴女は、僕を好きになる」

「……ノエル様……?」

「理由が必要ですか?」


 少しだけ笑って、でもすぐに真剣な顔に戻ったノエル様が言う。


「雨の日、貴女が泣いてた時から……放っておけなかった。強くて、真っ直ぐで、でもちゃんと弱い貴女を――知ってしまったから」


 胸が、ぎゅっと締め付けられる。


「だからこれは、同情でも義務でもない。僕の意志で、貴女を選んでるんです。エリアナ……今度は、逃げないで」


その一言で……ずっと張り詰めていたものが、音を立てて崩れた。


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