13.ブレスレット
今日、漸くこのドレスの袖を通すことが出来る。
贈られたドレスには、メッセージが添えられてた。
“君への想いをドレスに託そう“
受け取った時は、あまりに嬉しくてソフィと喜んだけど……冷静に考えれば、真っ当ではない。王位もしくは上位貴族だけが着ることを許されるロイヤルブルーを、本当に私が着て良いのか……ドレスを見るたびに苦しくなったりもした。
だけど、ノエル様が『隣で見届けましょう』と言って下さった。
今日で最後……これで本当に、最後にするわ。
「お嬢様、準備を始めましょう」
ソフィと他に数名のメイドに囲まれて、自分じゃない自分が仕上がっていく。身体も磨かれ、特別な時につける宝飾、そして……特別なドレス。
一緒に採寸した訳でもないのに、ピッタリと合うそれに胸が痛くなる。
「とてもお似合いです。ノエル様がエントランスでお待ちだそうです」
「そう……行きましょう」
ちゃんと、ノエル様の隣で笑えるかしら。
ちゃんと、ノエル様の隣で区切りを付けられるかしら。
螺旋状の階段を降りる途中、こちらを見上げるノエル様と視線がぶつかった。微笑むでもなく、無表情とも言えない顔で見上げたまま静止してる。
どこか変……だったのか、それともアレクのドレスを着た私に失望した……のかもしれない。そんなことは……覚悟の上だったけれど。
「お待たせしました、ノエル様」
「待ってなど……いません。とても、綺麗です」
「ありがとうございます」
両親に挨拶をして、ノエル様の腕に手を掛けた。
馬車に乗り込んで暫くは沈黙が続いたけれど、ふとノエル様が胸元から小さな箱を取り出した。
「こんなものを出して、貴女にどう思われるか分かりませんが……宜しければ、こちらを」
中からは、ドレスと同じ色合いのブレスレット――
「ノエル様、これ……」
「これは僕から卒業のお祝いに用意しました。今日の装いに合うと思います」
「綺麗……ですね」
「付けて頂けるなら、手を……こちらへ」
ソフィは何か知ってたのかもしれない。だって、予め用意してたはずのアクセサリーの中からブレスレットだけ無かったから。本当に綺麗だと思ったから、少し控えめに手を差し出した。
「――出来ました。うん、やっぱり見立ては間違ってなかったですね」
「ありがとう……ございます」
手首を何度も回しながら煌めきを楽しんだ。
不思議なほど、心が落ち着いた気がする。まるで、お守りみたい。
「今日は、僕の側から離れないと約束して下さい。何もない、とは思いますが、念のためです」
「分かっています。ノエル様の隣で、儚く散ると約束したでしょう?」
「そう、でしたね。何か困ったことがあれば、すぐ声を掛けてください」
「はい」
会場となるホール前に到着し、ノエル様のエスコートで馬車を降りた。
遅く来たつもりもないけど、周囲にはあまり人もおらず、ホールから賑やかな声だけが聞こえてくる。この扉を開ければ――
「心の準備は宜しいですか?」
「……はい。大丈夫です」
「では、参りましょう」
ドアマン二人が、揃って大きな扉を開けた。
眩い光が溢れ、シャンデリアの煌めきを浴びながら、中央に敷かれたレッドカーペットをノエル様の腕を取りながら進んでいく。
「まぁ……エリアナ様のドレス素敵……」
「エリアナ様の隣の方って、ノエル・ランドアーク様!?」
「学園を首席で卒業された外交官が、なんでエリアナ様と――」
「それにしても、お似合いね。羨ましい〜」
周囲の騒めきが、嫌でも聞こえてくる。
歩く度にユラッと揺れる裾、方々の光を煌きに変える散りばめられた宝石の粒に、注目されないわけがない。
そのまま前方まで歩いていくと、目の前のアレクがこちらに向かって手招きしているのが見える。リードしてるノエル様にも勿論見えてる。だから、ゆっくり私のペースに合わせて王太子夫妻の方へ向かい始めた。
「ご挨拶申し上げます。アレクシス王太子殿下、マグノリア妃殿下」
「エリアナ嬢、卒業おめでとう」
「……おめでとう。とても……素敵なドレスね」
微笑んだ妃殿下の表情に、ほんの少し圧を感じた……気がする。なんだか、目の奥が笑ってないような――
「うん。とても良く似合っているね。今日のパーティを、存分に楽しんで」
「はい……ありがとうございます」
アレクは、不気味なくらい、ノエル様を見ない。
「行こうか」そう言ってくれたおかげで、その場を後に出来た。けれど、視線はノエル様に向いても……どうしても心はアレクを追ってしまう。
「大丈夫?」
「……ダメですね。どうしても目の前にすると、心が揺れます。情けないですよね……」
「そんなことはありません。学友と思い出話をするも良し、僕と……ダンスをするのも良し」
「ふふっ、ノエル様はダンスが得意なのですか?」
「これでも貴族の端くれですからね。貴女をリード出来るくらいには。試して、みますか?」
「……そうですね。試して差し上げます」
顔を見合わせてクスッと笑い合う。こんな時間、アレクとは決して無かった。ダンスだって、アレクとは踊ったことがない。比べられないのが、唯一の救いかもしれない、と思ったりもする。
優雅に奏でられる音に合わせて、広く開けられたホールの中央に、幾つものカップルが並び始めた。私の腰を支え、手を取合い、ステップを踏んで流れるよに身を委ねる。目線の高さに見えるブレスレットが、また一層輝いて見えた。
「近い、ですね」
やっぱり異性と近いのは、いつだって緊張する。
「でも、楽しいですね」
宣言通り、リードしてくれるノエル様が笑いながら、そう言った。
「エリアナ嬢、今は僕を見てて下さい」
「え……」
「殿下は、完全に僕に敵意を向けています。貴女は、見なくていい」
「分かりました」
でも……優雅にターンすれば、どうしても視線がズレてしまう。僕を見ててください、と言ってくれたのに……目に入ってしまったアレクの表情は、今まで一番、怖かった。




