19・天使と皇子の微睡みの日々
想いが通じ合ってから一月。
その日、フィーネはフェローに連れられて校舎の廊下を歩いていた。人目を避けているのか、人気はない。
『どこへ行くの?』
『内緒』
フェローは楽しそうだ。最近はずっと笑っていて、フィーネも嬉しい。
国外へ逃げる準備も順調に進んでいるらしく、姉達の子孫という心強い味方を得たと先程聞いたばかりだ。
一つの小さな部屋に入ると、フェローはカーテンを引きながら紙袋をこちらへ手渡してくる。
中を覗くと服のようだ。学園にいる女性のほとんどが身に付けているものと似ている。
『これは?』
『制服だ。君の髪も完全な白ではなくなったし、これを着ていれば誰も君を天使だとは思わない。姦悪皇子と一緒なら尚更。兄は外遊中だし、休日だから人も少ない。今なら多少羽目を外してもいいだろう』
『ふうん……?』
『……今日は私と学園内を巡ろう。前に見たいと言っていただろう?』
『本当!?』
フェローとの会話で出てくる学園の中が気になっていたのだ。特に食堂は、フェローが持ってきてくれるものの他にもたくさん種類があるらしく、甘いものもあるみたいなので楽しみだ。
嬉しくてフェローに抱きつけば、一度抱き返された後に優しく離された。
『部屋の外にいるから着替え終わったら呼んでくれ』
『分かったわ』
触れるだけのキスをして、フェローは部屋を出て行く。
フィーネは早速着替えようと、服を脱いで紙袋から制服を取り出したのだが。
『フェロー』
『? 早いな。何か──』
ドアを開けたかと思えば、なぜか途中で閉めてしまった。彼はまだ部屋の外だ。
『フェロー?』
『な……んで服を着てないんだ!』
『着替えろって言ったのは貴方じゃない。着方が分からないの』
天界では父に頼めば何でも手に入るが、下着や服など頼みにくいものは自分で作ったり、得意な姉妹に頼んで作ってもらう。裁縫の才能もセンスもないフィーネは後者だった。
こういう服を姉妹が作って着ている姿を見たことがあるが、お洒落にあまり興味がないフィーネは、着やすくて伸縮性のあるこのワンピース以外着たことがない。そうフェローに説明すると、ため息を吐かれてしまった。
『……仕方ない。ならワンピースを着直してくれ。そうじゃないと着させられない』
『ふうん? ……入ってきて、フェロー』
『全く、君はいつも──』
ドアを開けたかと思えば、また途中で閉めてしまった。彼は勿論、部屋の外だ。
『誰が裸になれと言った!?』
『ごめんなさい。反応がなんだか面白かったから、つい』
『つい、で人の理性を全力で飛ばしにくるんじゃない!』
『? フェローも空を飛べるの?』
『………………いいから服を着てくれ、頼むから』
なんだか本当に困っているようだったので、今度はちゃんと服を着た。部屋に入ってきたフェローは赤面して酷く疲れた様子だったが、部屋の外で何かあったのだろうか。
フェローにワンピースの上から制服を着せてもらっている間、大人しくしていろと言われたので彼を見つめる事にした。そうすると目線が合わない彼に『自分で脱げるように覚えろ」と叱られてしまった。
『フェローが脱がせてくれればいいじゃない。着せかえごっこって、こんなに楽しいものなのね』
『ただの着替えだ、これは。…………結婚したら覚えておけよ』
『貴方との事だもの。忘れないわ』
『本当に君は……』
着替え終わり、鏡を覗く。こうしてみるとフェローとお揃いみたいで嬉しい。
彼の前でクルリと回ってみせた。
『どう? 似合うかしら』
『似合っているよ。世界一可愛い』
『ふふ、言い過ぎよ。妹の方が可愛いもの』
『君の妹ならそうだろうが、私はフィーネが一番可愛いと思う』
『ありがとう。貴方だって世界一素敵よ』
ぎゅっと抱き合ってキスをする。唇が触れるだけなのに、なんでこんなに気持ちがいいのだろう。覚えたての頃は会話もせず、ずっとキスばかりしていた。
余韻にうっとりしていると、フェローはなぜかため息を吐いて抱き締める腕の力を強める。
『…………天臨祭まで半年か……』
そう、恋人で居られるのは半年。それを過ぎれば夫婦になるのだ。
今の内に満喫し尽くさなければ、とフィーネはフェローにキスをねだった。一通り満足してから部屋を出る。
『先にランチにしようか。……流石にナイフとフォークは分かるだろう?』
『…………分からないから食べさせて?』
『分かるんだな、良かった』
『あら? なんだか噛み合わない』
『君がウソを吐くからだ』
腕は拒まれてしまったので、手を繋いで歩きだす。
きっと今日は忘れられない一日になる。フィーネはそう予感した。




