22話
最初の部屋を出て6回の角を曲がり、5,664歩あるいた
なるべく嫌な予感のする方は避けて道を選んでいく。1秒間におよそ1歩か2歩のペースで歩いているので、1時間くらい経っている。
その間、通路の風景は一様で変わらない。3メートルか、4メートルの位置に弓なりの天井があり、幅は大人が3、4人並んで歩けるくらいだ。一見すると真っ直ぐの通路だが、緩やかな弧を描いていて方向感覚がおかしくなっていく。
最初の部屋から歩数を数えていてよかった。闇雲に歩き回っていたら迷っていた。
歩いていると、ときどき、小部屋を見つけた。僕が最初に目を覚ました部屋みたいに、くぼみのある部屋がほとんどで、まれにそうじゃない部屋を見つける。そういった部屋には机とか棚とかが置かれているが、どれもすっかり朽ちていて、長い間放ったらかしにされていたのだとわかる。
空腹と喉の渇きがひどい。そろそろ、休むべきなのだろうが、水も食べ物もない状況では大して疲れを取ることもできない。活力のある内にできる限り進んだほうがいい。
風景がまったく変わらないので、本当に外に向かっているのかさえわからない。もしかすると、この地下墓地は地上と繋がっていないのではないか。そういう絶望的な考えが頭をよぎる。
悲観的になるのは良くない兆候だ。次に小部屋を見つけたら、そこで休もう。
2度、角を曲がり、2,078歩あるいたところで、小部屋を見つけた。
「あれ……奥に扉がある。この構造は初めて見た」
その小部屋の奥のほうには鉄柵でできたドアがあった。その向こうは暗く、見ただけは、部屋なのか、通路なのかを判別するのは難しかった。
鉄柵を押すと、金属のこすれる耳障りな音を立てて、ドアが開く。錆びついていて全く動かない可能性も考えたが、そうではなくて助かった。
ドアのあたりで何度か手を叩き、反響で中を探る。音はほとんど響かなかった。かなり小さい部屋だ。
じりじりと、少しずつ中に入っていくと、まるで壁や天井が光ったみたいにパッと明るくなった。通路の薄暗さに目が慣れていたので、目がくらむ。
4メートル四方くらいの部屋だった。部屋の中心に小さな、僕の手のひら2つ分の円形模様が描かれている。魔法を用いる時に使う、魔法陣と呼ばれているものだ。
下手に触ってなにか悪い影響が出たらまずいと考えて、近くでよく観察する。
「彫られているものじゃないな……炭……黒鉛かな」
その魔法陣は地面に彫られているものではなく、黒鉛かなにかで後から描かれたものだった。僕以外の誰かが、この部屋を訪れて魔法を使ったのだろう。
「なにか落ちてる」
魔法陣の近くには、指一本分くらいの長さの革紐が落ちていた。
「太くて頑丈だ。傷んではいるけど、まだ朽ちてない」
革紐をつまんで引っ張ってみると、弾力がある。乾燥して朽ち果てた革紐は引っ張ればすぐに千切れる。そうならないということは、最近誰かが出入りしたということだ。
それに気付いたとき、すごく嬉しくなった。この地下墓地には、すくなくとも最近まで誰かが出入りしていたということで、つまり、出入り口があるということを意味していた。
次に、壁に目をやった。通路とは違って、人骨の埋まった壁ではなく石壁だ。
壁の一部がせり出して台のようになっており、その上につぼのようなものが置かれていることに気がついた。
「これは、水瓶かな……? うわっ」
驚いて、その場に尻餅をつく。カラカラに乾いたつぼの底から水が湧き出すのを見た。
「何だこれ……魔法の道具か……?」
恐る恐る、もう一度中を覗き込むと、水がなみなみと溜まっている。何もないところから湧き出したのに、水が溢れるようなことはなかった。この水瓶がなにかの力で制御されていることは簡単に予想できた。
正直、喉は渇いている。しかし、目の前の現象を幸運として片付けて、その水で喉を潤してもいいものだろうか。原理がはっきりしないので、害があるのかないのかさえ分からない。
仮に有害だったとしても、このままでは脱水症状で動けなくなるのは明白だ。だとすれば、覚悟を決めて飲んでもいいのではないだろうか。
少し考えた末、つぼの水をごく少量を口に含んで、飲み込まずに15分かそこら待つ。口内にかぶれや痺れが出なかったのでそのまま飲み込むと、まるで体中が潤っていくようだった。もっとよこせと、体が要求する。
しかし、害の有無もわからなければ、一度にたくさん飲んでも意味がない。
このまま数時間休憩することにした。
¶
休み始めてから、3時間くらい経っただろうか。数分おきに一口ずつ水を飲み、ゆっくりと体を休ませると、倦怠感も少しやわらぐ。ぼんやりとした感覚もなくなり、意識も鮮明になってきた。
意識がはっきりすると、空腹感がより強力に感じられた。幸いにも地下墓地は暑くなければ、寒くもない。体力を奪われる心配はないが、活動できるのは2、3日だろう。この場所を起点に出入り口を探そう。
そう考えていると、通路の方から音が聞こえた。足音だ! ブーツの音がいくつか聞こえる。その他には、カラカラ、カチャカチャといった乾いた音が聞こえる。
「追いつかれるよ!」
「あそこだ! 急げ!」
今度は人の、男と女の声がした。男女の二人組か、あるいは声を発していない、他のものがいるか。いずれにせよ、彼らの言葉から何かに追われているのは予想できるし、彼らがこのあたりを目標にしていることもわかった。
多分、目標はこの部屋だ。
「ひゃー! 間一髪!」
「ギリギリセーフ!」
直後、20歳かそこらの男女二人組が部屋に飛び込んできた。
男の方は胸と腹を守る軽鎧で、女の方は上下が一続きになっている一枚服、ローブを着ている。町で何度もこの格好を見ていたので、瞬時に冒険者だとわかった。
「あの、こんにちは」
「ワァ!」
「キャア!」
部屋の出入り口を警戒している男女に、後ろから声をかけたせいで驚かせてしまった。
「驚かせてすみません」
「って……え? 子供?」
「12歳です」
女の、おそらく魔法系の冒険者が僕を見た。もう一人の男、戦士系の冒険者は通路への警戒を続けている。この人達の中で役割があるのだ。
男が何を警戒しているのか疑問だったが、すぐにその答えがわかった。カラカラと乾いた音の正体はスケルトンと呼ばれる不死の魔物だ。部屋の中からだと通路の一部しか見えないが、目の届く範囲だけで5体か6体のスケルトンがいた。
音の数から察するに全部で10体前後いるだろう。しかし、スケルトンたちが部屋の中に入ってくることはなかった。まるで、見えない壁にでもぶつかったみたいに、引き返していく。その様子は僕たちのことを認知できていないようだった。
「ローレンス、下がれ。こんな所に子供が一人でいるなんて、あり得ない。魔族かもしれない」
通路を警戒していた男が、短い槍……ショートスピアを僕の方に向けつつ、ローレンスと呼ばれた女との間に割って入る。
ローレンスは男に指摘されると、40センチくらいの杖を取り出して僕に向けた。
「失礼な。僕は人の子供です」
「……人の子だと証明できるか?」
「悪魔の証明をしろと言っているんですか?」
腰の剣を抜くつもりはなかった。もし、抜いてしまえば、誤解が増えてしまう。ただでさえ勘違いされているのに。
それに大人、しかも冒険者相手に勝ち目なんてあるわけがない。わざわざ相手の土俵に立つ必要がなかった。
「……出身は、どこの生まれだ?」
「オーバチュアの町です」
「……聞かない名前だ」
「まさか、調和崩壊に飲まれた町ですよ。それなりに話題になってるはずですが」
「調和崩壊など、もう何年も起こっていない。嘘を言うな」
「……失礼しました。ロドリア帝国南部にある、これといった名産もないオーバチュアという町の生まれです」
「ロドリア帝国だと……?」
「はい」
「どうせなら、もう少しマシな嘘をつくんだな。ロドリアは東の大陸の帝国だろう」
「……はい?」
ここは、どこだ。




