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23. 陸のペルソナ



「あっ、戻ってきた」

 おーいと陸が手を振っている。


 姿が見えないと思ったら、改札を抜けて外にいた。だがカルアは喜んで近づいていく気にはなれなかった。


 陸の隣にまたぞろ見知らぬ(そして招かれざる)客がいた。しかもふたりも。


「ワーオ! めっちゃクールやん!」

「オーラがすごい……」


 やせっぽちだが元気な女の子と、アスリート体型だがおとなしそうな女の子。カルアのほうを見ながら、興奮した様子でささやき合っている。


「さっき偶然、友だちと会ったんだ」と陸は言う。「同級生の絵李ちゃんと、後輩の夏香ちゃん。ふたりで学校サボったんだって~っ!」


「陸ちゃんもやろー! うちらばっか言わんといて!」


 わははと笑ってる。だいぶ会話が弾んでいたようだ。あまりの温度の違いにカルアは鼻白んでしまう。


 さておき、と絵李とかいうやせっぽちの子は調子を変え、カルアに向き直った。


「ハイ! アイムエリ!」


「えっと、はじめまして……」ともうひとりはお辞儀した。


「ヘイ、ナーツカ、プリーズイングリッシュ」と絵李が指摘する。


「え? でも日本語通じるんじゃ……」


「うちが夏香の英語聞きたいねん」


「じゃあいやです」


 ふたりのやりとりを前にカルアは固まっていた。一言くらい挨拶しとくかと思って口を開けた数秒前の自分を呪う。陸が微笑ましそうな顔で眺めているのも何かむかつく。


「ふたりとも」と陸が言った。「この子はカルアっていうんだ」


「はぁ!?」

 カルアは愕然とした。

「違っ、オレちゃんは」


「カールアちゃん!」

「カルア……さん? 先輩? 何て呼ぼう」


「とにかくたくさん呼んであげて」と陸は言った。


(野郎、オレちゃんを試そうってのか!)


 そうはいくかと気持ちの上では抗うが、カルアはすでに毒気を抜かれていた。反対に身体は、何か毒でももらったみたいに熱くなった。こんな状況にはまったく慣れていない。


 人生で何度目だろう? カレン以外の人間に名前を呼ばれたのは。


「カルアちゃん、大人っぽいなあ。ほんまにうちと同い年な~ん?」


 カルアは及び腰になるのを隠そうと、サングラスをかけてそっぽを向いた。


「ニ、ニポンゴ、ワカラナーイ」


「何言ってんの、カルア」


 陸の声で名前を呼ばれた。びび、と電波が飛んできたみたいだった。

 カルアは操られるように顔を振り向けた。


 陸は無造作にカルアのサングラスをはずし、カルアの顔を見て一瞬意外そうに眼を丸くしたのち、悪戯っぽく笑った。


「カルアたん? カルちゃん? それともカルルンがいい?」


「きっっめえっつの! 気安く呼ぶな!」


「ほら先輩、きもいって」

「あらん? ナーツカ、やいてるのん?」

「むしろ焼きたいです先輩を、いま」

 こっちはこっちで、またふたりの世界に入りはじめている。


 なんなんだよ、この空間は――カルアが頭を抱えていると、陸が苦笑しながら耳打ちしてきた。


「あの子たち、仲直りしたばっかりだから大目に見てね」


 カルアは舌打ちするのをぐっとこらえ、「もう行こうぜ」と背を向けかけた。


「あっ、待って! ちょっと買い物してから」


「ああ!? 聞いてねえぞ!」


「いいからおいでっ」

「トラベルイズミチヅレ」

 陸と絵李につかまり、そのままずるずると引っ張られて、近くのアーケード通りに行くはめになった。


 着いたのは服屋だった。なにが「WEGO」だ。「I don’t!!」と叫びたい。


「陸ちゃん、ここよく来るん?」


「んー、あんまり。ぼくネットで買うのが好きだから」


「そのバスローブも通販ですか?」


 うえっ、と陸は不意打ちをくらったようだ。


 絵李は腹を抱えている。

「ええよぉ、夏香、もっといじれ!」


「そ、そんなつもりじゃ……」


「おい」

 カルアはその輪に乱入した。両手に抱えた衣服を陸に押しつける。

「こんなかから選べ。さっさと買って帰ろうぜ」


 会話がぴたっとやんだ。

 なんだか変な空気になった。


 陸はカルアが持ってきた服を見つめ、眼を丸くしている。絵李はその陸の様子をはらはらした顔で見守っている。


「なんだよ……。ふつうの服だろ?」


 うそではない。とくに陸が広げている〝スカート〟なんか、ギャザーが入ってシルエットがきれいだし、生地も良い。店員も太鼓判の一着なのだ。


 それとも、保守的すぎたのだろうか。陸の普段着はもっと〝尖っている〟とか?


 わけがわからずうろたえるカルアを救ったのは、陸がようやく見せた笑顔だった。


「うん、ありがとっ。試着してみるね」


「……おう」


 陸の背中を見送りながら、釈然としない気持ちが残った。するといきなり絵李が突撃してきた。


「カルアちゃんカルアちゃん! ええのん、あれ?」


「何がだよ?」


「あの服全部、女ものやん? でも陸ちゃん、その、お、〝おとこ〟……やん?」


「…………」


「えっ、知らへんの!? なんで!?」


 ドレッド頭に冷や汗が噴き出た。


(どーういうこったよ、カレン!?!)


 応答はない。いっそ声に出してしまいたかった。説明しろ、カレン!


 そうだ、ナッツがいる。ボストンバッグを揺すり、小声で問いただした。


「おい猫、てめえは知ってたのか!?」


 黒猫は顔も出さず、歯切れの悪い口調で返した。んにゃあ、と。


「答えになってねえぞォラ!」


 そのとき、にわかに歓声が聞こえてきた。


「あ~~~~、いい!」

「すごくいいですよ、お客さま!」


 試着室から出てきた客が店員に拍手で迎えられている。

 そこにいるのは陸だけど、陸じゃないみたいだった。


「どうかな~?」


 スカートの裾をつまんで問う陸。ざっくりニットのゆるふわコーデが似合いすぎている。表情まで違っているような。どこか抜けてる感がなくなって清ら顔。


 ぶっちゃけ、秘花はなのようだった。


「正直言うていい? めっちゃ似合う!」

「あっ、あたしもそう思います!」


 眼を奪われていた絵李と夏香は熱っぽく答えた。

 対して陸はアルカイックスマイル。どういう感情の発露なのか、カルアにはわからない。


「おいおいおいおい! おめえ……それでいいのかよっ?」


「うん。だって君が選んでくれたんだもん」


 ずしりと重いものをカルアは感じた。眼尻がひくひくする。


「お返しに君の服も選んだげるよっ」と陸は言った。


「はっ!? いやいやいや、いいって!!」


「うちらも手伝ったろ!」

「そうしましょう!」

 絵李と夏香も乗っかった。


 もう好きにしやがれとカルアは思った。



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