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第七話


 表通りにガラガラと馬車の音が響く。

 はっと声をあげて、コーネリアは拳銃を片手に慌てて部屋から飛び出してきた。


「いけない!」

「どうした?」


 表に飛び出したコーネリアを追いかける。

 アジトの前を、馬車は走り抜けようとしている。窓を隠した一人乗りの小さな馬車だ。

 道路に飛び出したコーネリアは、


「えいっ!」


 拳銃を撃った。

 ドゴーーーーン! と石畳に大穴が空き、馬車が穴に転がり落ちてハマった。


「これが、「戦争商人」を買いつけに来た使いですよね」


 ちょっと不安そうに拳銃の銃口を持ち上げるコーネリアの脇をすりぬけて。

 俺は馬車に飛びかかる。

 銀髪。この辺りにいる人種じゃない。がっしりした体格の男の手には、野太いナイフが握られている。

 敵国のメダリオンが嵌められた軍人の自決用ナイフ。

 口封じの自殺など許さない。飛び込むような蹴りを顎先に叩き込み、かくんと深くうつむいて男は失神した。


「お手柄だな、コーネリア」


 呆れた。

 まだ戦争も始まったばかりだからか、潜入工作員(モグラ)も杜撰なものだ。軍人気質を隠す気配すらない。


「敵国の工作員ってやつだ」



 §



 コーネリアの手を借りて軍人を馬車から運び出し、野盗もろとも拘束する。


「トール様……」


 彼女は困惑顔でうつむいていた。


「わたくしたちのやり方は、間違っているのでしょうか?」

「なぜそう思う?」

「普通に商売しているだけでしたのに……こんなにも軍に重宝されるとは思っておりませんでしたから」


 コーネリアの顔には寂しさと不安がある。

 やっていることの正しさを疑いはしないが、結果があまりにも自分たちの手を離れすぎる。そういう、大きなことを成し遂げた者特有の、現実に置いていかれたような表情だ。


「わたくしたちがやっているのは、ただ……おいしい食べ物を、おいしいまま遠くまでお届けする。それだけですから」


 ……なるほど。重用されるわけだ。


「俺は間違っているとは思わない」


 断言する。

 借り物の拳銃を手の中で回す。あとで謝らなければならないが――依頼人の武器匠は本気で嫌がりはしないだろう。戦うために武器を作っているわけではない。

 武器屋ですら、戦うためではなく美術品としての武器を売ることもある。

 誰がなにを売り、なにに価値を認めて買うか。そんなものは一介の商人に制御できるものじゃない。

 ちょん、と服の裾を引かれた。


「トール様は、どうしても旅を続けなければならない理由がある、というわけではないのですよね」


 コーネリアはうつむき加減で、指先に引っかけるように俺の服をつまんでいる。


「まだしばらくはゴタゴタが続くと思うんです。わたくしたちには、信頼の置ける人を探す余裕も余力もありません。だから」


 筋力を全力で活かすようなことのない、小さく繊細な、簡単に振りほどけるような力で。

 俺が振り払いさえすれば。


「だから……トール様さえよろしければ。もう少し、わたくしと一緒にいてくださいませんか?」


 あー。

 改まって言うのもつらいが。


「悪いんだが、俺は今まさに届け物の仕事の途中でね」


 コーネリアに返してもらった拳銃を示す。

 はっとした彼女は恥じ入るようにうつむいて帽子の鍔に顔を隠した。

 その帽子を、無駄に大きい俺の手で上からつかむ。


「だから、それが終わってからでもいいか?」

「……え……?」


 コーネリアはうるんだ瞳を大きく見開いて俺を見上げた。

 そういえば帽子を外した彼女の素顔を見るのは初めてかもしれない。


「では、トール様……?」

「改めて護衛に名乗りを上げさせてもらうよ。よろしく、コーネリア」


 なににも遮られない素顔の彼女は、

 笑みを輝かせて大きく深くうなずいた。

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