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異邦人  作者: 住友
5/15

葬送行進――5――


 我が校のトイレはつい最近大規模な

改装がなされ非常に広く明るく清潔になった。

洋式の便座もできたし、乾燥機もついたし、

日々の清掃も業者がすることになった。

しかしそのことが生徒に格好の溜まり場を

提供する結果になってしまった。

特に一部のトイレが素行不良な生徒たちの

喫煙所になってしまっていることは教師も含め

暗黙の了解である。

ちなみにトイレのリフォームを提案し

強く推し進めたのは他でもない、

当時生徒会長になったばかりの

『ギルガメスカヤ婦人』である。

一生徒が自発的に学校施設の改善を目指し

アンケートや署名を集める行動を起こしたことは

当時校内のみならず地域全体で注目された。

建国者一族の出身である彼女の

このような積極的活動に難色を示す人々もいたが、

結果的には好意的な評価が

内外共に多数を占めることとなった。

トイレが実際に改装されて以来、

『婦人』のもう一つのあだ名はトイレの――


「どうよいた?」「うん、まだいる……」

「あんなところに陣取られたら動けねーよ。」

「あれ何なの? 

何で燃えてるのに死んでないの?」

「話とか全然通じねーし、

襲ってくるし、マジ意味分かんねー。」

「もしかしてゾンビとかじゃね? 

燃えてるタイプのゾンビ。

だから生きてるヤツ襲ってくるんだって。」

「ちょっとふざけないでよ

ゲームじゃないんだから! 空気読んでよ!」

「ふざけてねーし」

「うえっ……ええん……ひっく、うぅ……」

「大丈夫だから、絶対帰れるってば。

ほらティッシュあげるから、しっかりして。」


私は二階西側の男子トイレに連れ込まれ、

友人たちが相談し合っているのを

床に直に正座させられながら聞いている。

いつものことだが皆が忙しい間

私はいないものとして扱われる。

私が会話に加わっていないことは

言うまでもない。


「でもさ、動きとかにぶそうだし

後ろからかかったら倒せそうじゃね?」

「倒せるの?」

「実は弱いと思うよあいつら。

うるさいだけで。燃えてるのだって、

こけおどしだろあんなの」

「俺も不意打ったらいけると思う。

この人数でいったら絶対いける。」

「ああ。煙もかなり回ってきたし、

やるなら急いだ方がいい。」


話に一旦区切りがついたところで

宣告もなしに後ろから蹴りを入れられる。

顔面が洗面台にぶち当たるまで

十回ほど蹴られ、私は床に這いつくばった。

トイレの中が皆の笑い声や掛け声で溢れる。


「それで、そうそうこいつ、富士谷明朝! 

こいつだ!」


無邪気な笑い声、煙草の匂い、

互いが好き勝手に喋る

馴染みにくい賑やかさ。

外で火事が起きていることは

最早疑いようのないことだが

ここは驚くほど日常だ。

やはりいつも通りの日常なのだ。


「こいつが黒幕」「マジで?」

「えーなんか地味ー。」「雑魚じゃん」

「男だろこいつ!? 

髪とかなんでこんな女みたいなの? きも」

「ははは」「富士谷の弟だってよ」

「富士谷って死んだんじゃなかったの?」

「幽霊?」「怖えー呪われるぞ」

「でも生きてる時も

幽霊みたいだったじゃん、

ガリ勉で影薄い……」

「だから、こいつは弟の方だって」

「割とどーでもいい」「ははは」


彼らの中にはどうも

兄の同級生もいるらしかった。

上級生に絡まれてるというだけで

もう外の状況などどうでも良くなってくる。

この目で見てきた地獄絵図さえ

ただの夢に思えてくる。


「なあ富士谷君! 出口は!? 

どうやったら学校出れるの!?」

「もうみんな知ってるんだぞ。

犯人お前だろ、お前のせいでこうなった。」

「お前警察行きじゃ。兄貴がクズなら

弟のお前もクズだ。

なあ、金くれたら許してやる」

「死刑だよ」「こいつの腕義手なんだろ?」

「足もじゃなかったっけ?」「取れねーの?」

「取り方教えろ!」


私はあおむけに寝かされ、

友達の一人に側頭部を踏みつけられる。

別の友達が私の義手を引っ張る。

他の人は奇声を上げ、私の表情を撮影し、

伸びきった義手の肘の辺りを蹴る。


「知ってること全部吐きなよぉ!」

「殺すぞ! おら!」「壊せ!」

「待て、みんな待って! 

一番肝心なこと聞こう!」

「兄貴どこにいるか聞き出そう」

「おい、お前のせいでこうなったんだろ!」

「おい! おい! ひゃはははは!!」


口々に声を掛けられて余計に混乱する。

彼らがお祭り気分でいるのは

分かり切っている。

そこはやはりいつも通りで、

友達はとにかく楽しむことさえできれば

火も人の死も恐れはしないのだ。

まさか本当に人を殺すことはしないと思うが。


「許してやれよ! 許してやれ! 

やっぱ死ね! ひゃはははははは!!」

「古典的な方法でやろう。」

「なにー? コテン? コテンって何?」

「富士谷、何だよその目。

こっち見てくんなマジ殺すぞ!」

「来いこっちに!」「自分で歩けよ!」


私はトイレの一番奥の個室へ引きずられた。

そこの便器を見て私は最も不快で

危険極まる責苦を連想し戦慄を覚えた。


「ごめんなさいごめんなさい許して、

許してくださいっ……」

「あ、喋った」

「自分が苦しい時だけ喋るのかこいつ」

「自己チュー! 死ね!」

「はははは!!」

「俺にやらせて! 俺にやらせてよ!」

「もう分かってるだろ富士谷。

お前が火ぃつけたんだろって話だよ。

俺のバッグとか燃えたから弁償な」

「富士谷君は好きな人いますかー?」

「全然カンケーねー質問じゃん! 

ぎゃはははは!」

「答えなかったらマジでやる

マジで突っ込む。」

「もう行け! やれ!」


トイレの水は人肌のように生温かった。

私はその水を一滴たりとも

飲みこまないために貴重な空気ごと

口の中から噴き出した。

息の続く限りぎりぎりまで力を抜いて

抵抗しなかった。

それが相手の興味を失わせるのか、

ますますつけ上がらせることになるのか、

その結果は考えないようにしていた。

彼らは私の溺れる姿を

何としてでも目撃するために

私の体を蹴ったり叩いたりした。


「一旦上げろ!」

「おい何か言え、何か言えって、つまらん!」

「こいつ死にかけてる!? 

ぎゃははははは!」

「死んだっぽい顔してる、

最初からこんなだっけ?」

「こいつの体なんか硬くねー?」

「これ使おう。」

「それさぁこうやって、ちょっと貸して……」


一度目の攻めが終わり、

すぐに二度目が始まった。

今度は清掃用のモップを使って数人がかりで

私の頭を便器のより深くへ沈めた。

彼らのうちの誰かが私の股間を蹴り上げる。

反射的に私が頭を上げようとする。

それが手ごたえとして彼らに伝わり

彼らを狂喜させる。

それでは終わらず、彼らのモップは

更に強く私の頭を

配管へ詰め込もうとばかりに押しまくる。


「流せ!」


誰かがそう言うとトイレの排水が始まり

嵐のような音と共に水が慌ただしく蠢く。

配管に吸い込まれる直前の水たちが

私の耳や鼻の中まで撹拌する。

もう何も考えずに頭を振ると

モップの拘束が緩んだ。

やっと終わったのかと思った私は少し喜んだ。

しかし、喜んだのも束の間、

直後に後頭部への衝撃を受けた。

つまり拘束を緩めていたのではなく

モップに加速をつけていたのだった。

そしてそれは繰り返された。

私は僅かな隙を突いて何かを叫んだ。

何と叫んだかは自分でも分からなかった。

それを生意気な反逆と受け取ったらしい彼らは

更なる制裁と報復を私に加えた。


「何言ってんだこいつ? 死ねよマジで!」

「もうホンキでやろう!」

「ふざけんなカス! カス! コラァ!!」

「他に道具ねーのかよ! 

頭割れるモンねーの?」

「駄目だなこいつ完全にナメとる。

もっと真面目にリアクション取らねーと

生き残れんぞ、はははは!」

「ここで死んでも俺らのせいにすんなよ」

「全部自分のせいだろ? 

何もかもおめーのせいだよ!」


与えられてくる暴力と不自由が

限界に達すると私は観察と分析を放棄した。

思考をやめ、己の歯軋りだけに集中した。

訪れる眠気に似た感覚の中で

私の意識は薄らぎ、やがてトイレの水と調和した。




「カミュってどんな人?」

  20世紀フランスの作家。

 本作品の原作に当たる彼の『異邦人』は戦時中に書かれた彼の代表作で、

 不条理小説というジャンルの草分け的存在でもあるんだ! 

 『変身』で有名なチェコの文豪カフカや哲学者のサルトルにも影響を受けたり与えたりしているよ! 

 人間の不条理性、非合理的な一面を一貫性ある正義感に基づいた論理によって書き出すという

 矛盾してるような文章能力を持っていた他、

 風景描写の凄絶な美しさを描き出すこともできる特異な小説家だったんだ。

 戦時中は対ドイツのレジスタンスとして活躍し1957年にはノーベル文学賞も受賞しているよ! 

 ケンカのできるインテリ、格好いいね、うらやましいね! 


  ちなみに本作の『異邦人』という題名は

 異世界ブームに乗っかりたい気持ちも込めて採用させていただいたんだ! 

 カミュの『異邦人』も異世界漂流譚流行の現代だからこそ読まれるべきだと私は思うね! 


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