14 幸せは美味しく焼いていけ
火に充てられた網から、香ばしい音が鳴り響いている。
本来ならガヤガヤとした賑やかな声が聞こえてもおかしくないが、個室に案内されているおかげでゆっくりとできるのは幸いだろう。
「おいおい、春も遠慮せずに焼いたらどうだ? 草食系は嫌われるからな。ああ、俺は肉食系であっても、男を食らう生き物じゃないからな?」
この日、春は劫に誘われて焼肉食べ放題に来ていた。
どうしても来てくれ、と言った劫に半強制的に連れ出されたが正しいのだが。
劫が急かしてくるのはいいが、網の惨状に春はただ苦笑するしかなかった。
「なら、さっさと焼いてどけてくれないか?」
現在、網の半分以上は既にウインナーの大群で埋め尽くされている。
そしてテーブルには威風堂々と、五人前のウインナーを載せて運ばれてきた皿が置かれている。
五人前を一気に焼かなかったのは良心的だが、せめて場所を半分に限定してほしいものだろう。
劫に対してそれは求めすぎだと理解しているので、劫がほどほどにお皿に移したら自分が頼んだのを焼く気なのだが。
劫は焼けたウインナーをパリッと口にしてから、ほっほっと熱い息を出していた。
「ほら、雫ってウインナー……っていうか、長い肉系を嫌っているからさ、春と一緒の時じゃないと食べづらくてな」
劫が肉料理好きなのを考えれば、我慢していた分が爆発したのだろう。
劫が自由にできる瞬間があるのなら、と春がため息交じりに笑みをこぼした時だった。
「ところで、春さんや」
「お前が『さん』付けした時は大抵ろくでもない発言するから却下したいんだけど?」
「随分と発言は丸くなりましたのー、鳥羽効果ですか?」
劫は話を移す前に、軽く鎌をかけているのだろう。
睨みを向けると、劫は苦笑しながらも現を抜かした。
「いやー、今回の食べ放題、春さんが奢ってくれやせんかね」
「……わかった」
「ああ、やっぱりだめだ――はっ? いや、そこは『お前が誘ったんだからお前が全部出せよ』っていうところだろうが! はい奢ります、なんて返されたら会話が続かないだろ! せめてストレートにキャッチしないで、投げ返せ。会話下手くそかよ!」
「暴言のオンパレードは理解した。言い残す言葉は考えたか、キャンパー」
劫は明らかに、こちらの言葉を待っていた、と言わんばかりにニヤついているので、計画的な犯行者だろう。
これで手を打とう、と言いたいのか、劫は網に載っていたウインナーをお皿に盛っていく。
網が空くのは嬉しいが、劫のひょうひょうとした振る舞いには困ったものだろう。
春はトングでカルビを掴み、適当に網へと置いていく。
じゅわっと脂の跳ねる音が響く中、劫に言葉を投げかけた。
「で、何が目的だ? 劫の事だから……いや、公の場で話すこと自体間違ってるけどさ」
いくら個室と言っても、高級店ではなく、ランチタイムなどでも使われる一般的な焼肉店だ。
劫はバレていたのかと言わんばかりに、軽く苦笑いしてから、ウインナーを一齧りしていた。
「まあ、なんだ。鳥羽との関係はどうかなって思ってさ」
「絶対に鳥羽さんの前では聞くなよ」
「あはは。……めちゃくちゃ敵対視されてるし、組織的にも触れづらいからな」
「分かってるなら聞くなよ」
劫は非常識に触れる愚か者ではあるが、面と向かって話せば、しっかりとした考えを持っているのは理解できるのだ。
ただ、その場のノリで容易く口にしてしまう、自由気ままな性格が邪魔をしなければの話である。
そんな劫の性格があるからこそ、個室があるお店を選んだ時点で裏があると勘ぐることができたのだ。
仮に劫が個室ではなく、普通の席を選んだとしても、田舎じみた場所なのもあって周りの会話にこちらの声はかき消されていただろう。
田舎じみた場所だからこそ、家族連れなどで意外と騒がしいのは功を奏していると言える。
とはいえ今回に至って言えば、個室を選んだ劫の判断は褒めるべきだ。
「安心してくれ。そこは既に、雫を使って手は打ってある。ほら、一応相方を借りるわけだからな」
「……帰って機嫌が悪かったら、隣の家に早い暑中見舞いを届けるからな」
「いやいや、それ、物理的に熱くなるやつだよな!?」
火炎瓶を試作がてらに投げるだけなので、炎上程度で済むだろう。
「で、何を聞きたい?」
「おいおい、冷静になるの早いな。ほら、今どんな関係で、キスくらいはしたのかなって。俺と雫なんて、しょっちゅうキスくらいはしてるしさ。あ、モーニングとナイトは除いてな」
のろけ話を聞かされる身になってほしいものだが、今の春にとってはそれどころではなかった。
「……キス、なんて……」
キスの話をされた際、春は自然と思い出してしまったのだ。
していない、と口にはしたかった。
しかし今の春の脳裏には、最初の日に不慮の事故とはいえ、人口呼吸と称しても緋奈と唇を重ねる瞬間があったのだから。
お互いに初めてだったとはいえ、しばらくは目が合わせられなかった。ましてや扇情的な姿も見たのを考えれば、焼き付かないのは無理があるだろう。
春が焼け始めているカルビにさえ神経がいかないほど、だんだんと顔を赤くした時だった。
「茶化しで言ったつもりだったんだけど、俺? いやな、前の春の反応で知ってはいたけどさあ……そこまで進んでるのか、お前ら?」
茶化しで言われたとしても、春にとっては痛手となっている。
普段であれば顔に出ないはずだが、緋奈のこと、で最近は良く表情に出ているのは理解していた。
それはあくまで緋奈の前だけだ、と春は思っていたのだが、親友の前でも表情に出るとなれば話は変わってくる。
耐性が落ちているにしても、限度があるのだから。
「……春のことだから、ラッキースケベ、的な感じで胸を揉んだか、触ってそうだよな」
どうして劫は、こうも現実味を帯びた発言をするのだろうか。
春の思考は既に止まり気味どころか、意識が宙を舞っていた。
春の動きがピタリと止まってしまったのもあって、劫は慌てた様子で焼け始めたカルビを裏返していた。
「え、いや、まさかだよな? 春、待ってくれ、お前こんなに素直じゃなかっただろ。いや、素直ではあったけどさ、ここまで感情に出すことなかっただろうが!」
なぜか劫に怒られているようで諭されているが、春が一番理解しているのだ。
春としても、ここまで感情に出す、ましてや顔を赤くするつもりは毛頭ない。
それでも感情に出し、更には言葉になっていない時点で、自分でも異常だと認識している。
手からトングを落としていないだけマシだが、止まっていたのは事実だ。
「まあ、なんというかさ、春が素直っていうか、純粋な親友でよかった」
「……え、あ、どういうこと?」
「やーっと喋りやがったか。普通の男だったらさ、みんなエロい奴だし、ちょっとでも異性とエッチな出来事があれば脈あり、って勘違いしてもおかしくない宝物庫だぜ?」
「なんでマイルドにした? てか、エロゲ―やエロ漫画の話をしてないよな?」
「忘れんな。リアル彼女ほどエロいもんは存在しない」
「一回全世界の独身貫く非リアに怒られてこいよ、お前」
「春の言い方が一番被害者号泣案件だろ」
劫はさり気なく焼けたカルビをお皿に盛り、春の方に差し出してきた。
しっかりとした焼き加減で、艶めかしい色合いで食欲をそそってくるのは、劫の焼き方あってのものだろう。
春は軽くタレにつけてから、頼んでおいた白米と一緒に口にした。
「この話はたたんでさ。春は結局、鳥羽とはどういう関係なんだ」
「どういう関係って言っても……お互いに」
「お互いに?」
「っ。……競い合う? 足りないものを補う? 的な関係かなって僕は思っているよ」
足りないものを補えているか、と本気で聞かれれば首を傾げてしまう。
実際のところ、緋奈との関係は複雑であるが、どこか想いが交差しているようで、それでいてお互いに目指す場所を目指している。言ってしまえば、それだけの関係なのだ。
競い合っているのは、春が緋奈の隣に立ちたいと、勝手に思っているせいだ。
劫は呆れたのか、ため息をついていた。
「あのさ、あんなに仲良さそうなのに、恋愛とかしないのか?」
「どうだろう。なんというか、僕の方が一方的にドキドキしている? むず痒い感じというか、それがあるだけで、恋愛とは関係ないかな」
「……嘘だろこいつ? 春は変わらないし、紳士らしいお前を形作っているんだな」
さり気なく否定された気もするが、見ている親友の言葉を疑う程、落ちたつもりはない。
「そうそう、支払いは俺が持つから、気にせず食べてくれよな?」
「……別に僕が払ってもいいけど」
「そう謙遜するなって。いやな、組織からも春とは関係を持ってほしいって言われてるし、経費で落としていいって許可を貰っているからさ」
「僕を餌に、随分と舐め腐ってない、それ?」
「へっ、領収書を偽装して、多めにもらって着服してるだけだぜ」
聞きたくない話を聞いたが、春は敢えて聞いていないことにした。
劫が限度を保った着服をしたところで、組織関連に首を突っ込むことでもないのだから。
肉を焼きつつ、食べ進めようとした時だった。
「春さんや、聞きたい話は終わりだ」
「なら黙って食べろよ」
「いやいや、何を言って張りますの? 時間もあるだろ。だからさ、春がその口、その手で経験した、鳥羽の柔らかさと大きさを教えてくれよ。イマジナリーではなく、リアリティの中で経験した、その真実を、なっ!」
「絶対嫌だ。てか、劫が現在進行形でも経験してる、雫の感触を教えろ、って言われたら教えるのかよ」
これで黙るだろう、と思ったのは大きな間違いだったのだろう。
「春になら教えてやろうではないか。その代わり、未来で春と鳥羽が結ばれたら【自主規制】や【自主規制】に誘われても、文句言わずに受け入れろよな」
「歩くエロ大辞典、その口を閉じろ。ご飯が不味くなる」
そんなことを口にしたが、皮肉や悪態をつける親友を持てているのは幸せだろう。
結局のところ、緋奈と恋愛した際の入れ知恵をされまくる運命から春は避けられないのだった。




