凛の花 転
「は?僕らがお前にターンを渡すほど生ぬるいとでも?」
強気な姿勢をとってはいるが、凛の戦闘宣言はその場にいる全員に緊張感を与えるのに十分だった。現時点で念動力、瞬間移動、超回復、加熱などの能力を持っている相手が自ら手を出そうとするだというのだから。
「はははははっ!生ぬるくはないし、手強いと思うが、私の前では叩き潰されるゴキブリでしかない」
両手の間で一瞬はじけるような閃光が飛んだ。かと思えば、勢いを増してバチバチッと青白い稲妻が凛の手の間を何本も通り抜けていく。
で、電流!?電流操作もか!?
「おおおぉぉぉぉぅ!!死ぬ死ぬ死んじゃうよー!」
凛が両手の間隔を拡げていくと稲妻も溢れんばかりにほとばしり、神話に出てくる青龍のように荒れ狂い重低音を轟かせている。
そんな今にも飛来、というか飛雷してきそうなブルーライトな稲妻に目白はあたふたと右に左にと駆け回っている。
「メイ!予知!」
リーン、リーン!
「カナタ、苦無ばら撒いて!」
真島の指示通りハンドベルを鳴らして、即座に予知をした冥々。彼女が結果を言うのが早いか否や真島は暗器として服の下に潜り込ませていた苦無を凛の周りに言われた通りばら撒いた。
「なんだそれは、避雷針のつもりか?」
冷笑を浮かべながら、両手から溜めに溜めた稲妻を真島たちに向けて放電する凛。青い閃光が限界まで稲光ったが、凛の予想は外れ電流は牙を剥くことなく虚しくも苦無に吸い込まれて、ピリッと火花を飛ばして消えていった。
避雷針モドキが数十敷き詰められた程度ではジャミングされない電圧だったはずなのに、あいつの予知によって歪められたようだ、と凛は密かに思った。
「メル!」
「影操!影槍地獄!」
溜めた電気を放電し切ってできた凛の攻撃インターバルに絶妙なタイミングで、メルローの差し込むようにして攻撃が始まった。メルローの影が広がって凛の足下を覆い尽くし、やがて影の沼から何千何百の影槍が現れ凛を突き刺そうと飛んでいった。
「何度やったって同じ事を……ストップ!」
凛が両腕を広げると全方位から飛び交っていた影槍は全てすんでのところで押さえつけられるように停止し、プルプルと力に抗おうと震えている。
短長、細大漏らさず全方位の槍を見えない力でおさえつける様子はモーゼの滝割りにも似た圧巻の光景だった。
「別種の念動力かッ……!」
真島が奥歯を噛み締め、深まった謎に憤りを覚える。
最初に念動力を使った時は目が赤くなる兆候があり、指向性は一方向にしかなかった。それが今のは発動するときの仕草が全く異なり、指向性も全方位でメルローの必殺技すら完封するほどであった。
「この程度の攻撃、簡単に止めれる」
広げた腕をさらに広げると、影槍は押し返されるように外に向かってジリジリと跳ね返されていき、凛はダメ押しに両目をまた赤く染め上げ、吹き飛ばす念動力を発動して見せた。影槍はあっけなく折れ、飛ばされた槍の先端が真島の頬の隣をすり抜けていった。
「ぐぬぬ、だが!そんな拮抗すぐに破れるよッ!」
ひるむことなく、むしろニヒルにされど冷や汗をかいて笑って見せた。
真島は吹き飛んだ影槍の隙間に苦無を袖から滑らせるように凛に直線を描くように投擲して見せた。
しかし、たかが1本程度の小さな苦無など凛の前では羽虫と同じでしかなかった。広げていた腕を胸の前でクロスすると、影槍が今度はガードするように凛の前では交差していき網のように穴はあるものの、苦無程度弾いてしまう槍の壁を作り上げた。
「今更苦無の一本で何を」
「その苦無一本にお前は隙をつかれるんだよ!」
ザスッ!
築かれた槍の壁に防がれるはずだった苦無はどういうことか凛の胸を貫通していた。
流石に唖然とした凛は目を丸くしてポッカリ空いた胸の穴に手を当てた。
「な、なぜだ?」
「よっしゃ!メル今がチャンスだ!」
真島のガッツポーズとともに投げかけられた言葉を汲み取り、メルローは伸ばした影を再度操ろうと意識を地につけた両手に向けた。
虚を突かれてしまい、凛の念動力による抑えつけが緩んでいた影槍が凛の背中目指して一斉に飛び出し、今度は真後ろから凛の胸は穴を開けられた。
「伸びろ!伸びろッ!!」
影槍は凛を串刺しにしたまま、西遊記に出てくる如意棒のように伸びていき、支援攻撃すらせず、あたふたしていた目白のもとまで吹っ飛ばした。
「うわぉ!でも!これでフィニーッシュ!」
目白が目と鼻の先まで飛んできた凛のおでこに人差し指を触れさせた。ピンッと水滴が湖に滴ったような音が触れた瞬間に閉鎖された館内に響き、影槍はそれが行われたのと同時に引き戻されていき、メルローの影全体が小さくしぼんで元の普通の影となった。
すると、脱力したかのように凛の体は滑り落ちるように倒れ込み、ドラマに出てくる死体のように地面に這いつくばった。
「勝っただね」
「勝ったんよ!」
「買った?ん?」
皆が口々に勝利を口にして舞い上がっている。凛本人からすれば胸が貫かれようが、真っ二つにされようが、負けることはないと思っているのでその様子が不思議でならない。しかし、試しに両手を前に出そうとしてみたが、なぜか全く動かなかった。目も口も1ミリも動かず、まぶたすら閉じれないことに気づく。
「お前は負けたんだよ。目白の能力は触れた人間の身体操作、お前は既に自分の意思で体を動かすことはできない!」
なるほどな、と凛は思った。
大体の能力には発動条件としてモーションやらなんやらがついていることが多い。
例を挙げるなら、安平の盆踊りやメルローが地面に手をつくことなどが代表例だ。もちろん、ノーモーションで出せる奴もいるが、異能力を発現させるクリスタルは能力者の記憶に付随した能力を発現させるので、身振り手振りが必要な場合がある。
しかし、いくら動きを封じたところで目の色はさすがに操れないだろう。
「ワン!ツー!ジャブストレート!アッパーカット!」
目白が飛び跳ねるように腕を天高くボクシングのアッパーのように掲げると、凛の両目がぐるりと一周、二周と周り目玉についたコンセントから視神経のケーブルを強引に引きちぎり、あらゆる束縛から自由になった眼球は眼窩から今にも滑り落ちそうである。
「ゴーメンね!でも、目は潰しとかないとサイコキネシス使えちゃうんでしょ?それはー、あたしたちにとって面倒だからねー!」
視界を奪われたか、こまったな。それでなくとも身体の自由が奪われてしまうとは……やんちゃしてる方だと思ったが、腕が鈍ってるようだな。
今度ジムにでも通うことにしよう。
凛は冷静にそんなくだらないことを考えていた。
「てなわけで、これで完全にお前を殺せるわけだけど……ってもう交渉する必要もないな。」
真島は寝そべった凛の首にありったけの力を込めてゆっくりと足で踏み潰していった。
めしりめしりと首の骨と気道が潰されていく。咳き込むことができない凛にとっては痛みを軽減する能力を持っていたとしても、辛いものだった。
やがて、全体重以上の重さが首にの一点に押しかかり、耐久性の果てまで尽きた首はゴギリと生々しい音を立ててゴムのように潰れた。
「死ねや」
首が折れて潰れた後も真島は何度も何度も首を踏みつける。肉の音はやがてベチャリベチャリと水気のある音となり、生気を失った凛の唇から血が吹き出る。
「カナタぁ…そのくらいにしよー?エグいよ?」
「……ふぅ、そうだよね。こんだけやればもう死んでるか」
落ち着いた真島は凛の首の上に置いていた足をようやくしまい、鬼のような形相を整え直して仲間の方に向いた。1番心配そうにしていたのは目白で他の3人は各々ドン引きだったり、関心を示してなかったりしていた。
そんな折だった、突如凛の死体がピクリと動い錯覚を起こした。一斉に死体に注意が向く。しかし、やはり死んでいるものは死んでいるので、声1つも呼吸の1つもありはしない。そう生きてはいないのだ。
しかし、それが真島たちにとっては奇妙で仕方なかった。あの化け物があっさりというわけではないが、鎮まるのは不気味でしょうがなかった。
「さて、子供達はとりあえず回収して、ボスには……事故として報告しておこうかな!」
いやいや、それは無理があるだろう!と心の中で全員が突っ込んだ。
これだけ慌ただしい戦闘を繰り広げたにもかかわらず、ボスが来なかった方が奇跡みたいなものだ。館はボロボロ、1人は殺し、これは激怒されて追放処分を言い渡されてもぐうの音すら出ないほどであった。
「ボォス……ボスかぁ…みんなはどう思ッ!!?」
ピシャリと真島の頬にぬるりとした液がついた。その人肌ほどの液体が何なのかを真島はすぐにその正体がわかった。
血。
不穏を感じ即座に振り返るとーーメルローの頭が跳ね飛んでいた。
黒ひげ危機一発のように跳ね飛んでいたその顔は苦悶ではなく驚きで歪んでいた。
それだけでも真島を混乱させるのに十分だったが、メルローを分解した犯人の正体に1番ショックを受けた。
メルローの首を切断したのは冥々だった。
これまで予知を頼まれては、すぐに予知して何事にもサポートをしてきた彼女が何故か手刀で首をはねている。
「な、なんでだよッ?!」
隙を突かれたのは真島だけではない。目白もあまりの出来事に思考が一拍遅れてしまい、冥々の次の標的になってしまった。
手刀が今度は目白に飛んでいき、土手っ腹に大きな穴をぶち空けた。
ささった後やっとの事で死ぬ前の一瞬だけ、目白の表情が驚きから悲壮に変わった。
「メイ、ちゃん……」
目白は何も知ることができないまま殺され、悲しみと驚きの混じった絶望の色はまぶたが閉ざされた後もその死相にくっきりと刻み込まれてた。
流血がホールに敷かれたカーペットを濡らす。2人分の血の流れは勢いよく吹き出て、真島の体を生ぐさく深紅色に染めていった。
裏切り。憎悪。死。そして絶望。
混沌と綯い交ぜになった感情が真島の心を壊してしまった。
「う、ウワァァアアッ!!!」
真島の痛烈な咆哮。その時既に冥々の拳が真島の鳩尾に入り、その瞬間真島の世界は黒く影を落とした。拒絶されるように遠くへと弾かれた真島が感じたのは深海のように冷たく重い闇黒だった。




