十五話:考察
生徒たちとは少し違った雰囲気で、二人は資料館を回っていた。
というのも、生徒たちのように記載について頷くのではなく――
「あ、ここ嘘だね」
などと、実際の勇者アマギとの違いを事細かに説明しているからだ。
現在アカツキが指さしているのは、勇者アマギがとある国との戦争に巻き込まれた時の戦果について。
資料には1000以上とも言われる数の敵を殺すことなく戦争を止めた、と書いてあるが。
「実際は数十人にも満たなくて、その中に偶然敵国の将軍がいただけなんだって」
幸いにして生徒たちに会話が届くことはなかったが、仮に聞いてしまっていたならば、その場でアカツキの発言が嘘であることを認め、アカツキの言葉を以後否定し続けるだろう。
さて、そんなアカツキの傍らで、ラージャは瞳を輝かせ続けていた。存外勇者アマギの物語のような英雄譚には興味があるらしい。
彼女の住処には本が沢山あることを考えると、頷ける話だとアカツキは思う。
そんなことをふと考えていた時だった。アカツキの後ろから、二人を呼ぶ声が響いた。
アカツキがそちらへと振り向くと、灰色の髪の毛の少年と、赤色の髪の毛の少女がこちらへと駆け寄ってくる姿があった。
今朝のホームルーム前に会話を交わした、グレンとアシュリーの二人組だった。
「どうしてここに?」
少し息を切らしながら追いついた二人に、アカツキは疑問を投げかけた。
そんなアカツキの発言にムッとしたのか、アカツキとの距離を詰めるグレン。
「どうしてもこうしても無いだろう? パーティを組む約束だったじゃないか!」
「…………? ごめん、そんな約束はしてない気がするんだけど」
「してないはずがあるか! だって朝のホームルーム前に…………あっ」
会話を思い出していたのか、下を向いて顎に手をやっていたグレン。その顔が唐突に上を向き、気まずそうな雰囲気を醸し出す。
アカツキの記憶が正しければ、彼らにはパーティのことについて聞いただけであって、結成の約束はしていなかった。
実際していなかったようで、アシュリーは「約束はしてなかったじゃないの」と呆れ顔でグレンを見ていた。
「……改めて貴方達を追いかけた理由を説明するわね」
「あ、うん」
「私たちと、この班学習のパーティを組んでほしいの」
アシュリーはにこやかにそう言った。
社交性の塊のような女性、それがアシュリーに対するアカツキの所感だった。
まるでイノシシのように突進するグレンに見習って欲しいな、とうっすらと考える。
それはさておき、アカツキはふたつ返事で回答しようとした。しかし、ふと、後から感じる視線で我に返る。
そこには、じっとりとした目線をこちらへと向ける、ラージャの姿があった。
「……アカツキ」
「ど、どうしたの、ラージャ?」
「…………なんでもない」
顔を逸らして呟くラージャ。その声音には、何故か拗ねるような感情がこもっているような印象を受ける。
どうしてそうなったのかがわからないアカツキは、慌てて取り繕おうとするも、何をやっていいかがわからなかった。
明確な言葉が紡げなくなったアカツキを傍目に、アシュリーは苦笑いを浮かべて呟いた。
「……どこの夫婦漫才よ、これ」
グレンがどっと笑った。
アシュリーは黙らっしゃいとばかりにグレンを叩いた。
グレンはむせた。まるでニワトリのように。
□
校外学習も中盤に入り、現在はお昼ご飯の時間であった。
アルザーノ魔法学園の生徒達は、資料館の中庭に設けてあるランチスペースに腰掛け、思い思いの弁当を広げている。
アカツキとラージャ、そしてグレンとアシュリーも同様に弁当を広げ、昼食に舌鼓を打っていた。
……もっとも、一名は異彩を放つ弁当を広げていたのだが。
「……ら、ラージャ、それって……」
グレンがたまらず呟いた。まさに戦々恐々と言った様子で目を見開く。
視線の先には、緑、緑、緑。アクセントに添えられている赤。
およそ人間の食事としては異端に過ぎる、山菜の盛り合わせが広がっていた。無論生である。
「……冗談とか誇張の類だと思ってたけど、本当にそんな食生活してるんだね……」
「心外。そんな、と揶揄される食事ではない」
見てみろ、と言わんばかりに、何かを誇るような顔つきで弁当をアカツキたちへと見せてくる。
しかし、いくら見たところでアカツキたちの認識は変わらない。草弁当であった。
だが、ラージャは違うという。何故ならそれは――。
「これ、山菜弁当。いつもの草弁当じゃ、ない」
「…………。いや、そこで自信ありげに胸をはるかしら、普通」
「というか寮の飯はどうしたんだ? 普通は貰えるはずじゃ……」
「貰ったこと、ない」
その一言で、先程まで穏やかで楽しげな雰囲気が流れていた中庭の雰囲気が変わった。
小鳥は逃げ出し、噴水は心なし水を吹き出す勢いを弱める。
一気に閑散とした雰囲気となった中庭で、しかしラージャは平然としており、むしゃりと山菜を食んでいた。
そんな中だった。アカツキが自分の弁当をゆっくりと彼女に差し出した。
「……これ、寮母さんが作った弁当だけど、よかったら」
「……いいの?」
「駄目だったら差し出してないよ。ほら、あれだよ、あれ。龍への供物、とかいう……」
「……! 供物、供物……。だったら、喜んで受けとる。ありがとう、アカツキ」
瞬間の表情。アカツキは彼女に魅入っていた。
彼女との付き合いが長くなければ、あるいは観察が十分でなかったらわからない程度の口角の上昇。
それは微笑みとも取れたし、ラージャにとっての満面の笑みだったかもしれない。とにかく、アカツキはそんな表情のラージャに魅入ってしまっていた。
当然、周囲の生徒はそんな二人の雰囲気から取り残されるわけであり。
「……どこの夫婦漫才よ、これ」
グレンは今度は笑わなかった。
アシュリーはひとつため息をついて、二人の心配をし始める。
グレンは食べ物を喉に詰まらせてむせた。まるでニワトリのように。
□
さて、校外学習も残りわずか。それぞれがレポートをまとめ、四苦八苦している時間帯。
アカツキとその一行は、余裕綽々といった様子でレポートを書いている。
彼らにはアカツキと言った生き証人に、本の虫であるラージャがついていた。
アカツキの口から出てくる情報をラージャが端的にまとめ、それを移してまた次へ。それを繰り返すこと15分。彼らのレポート作成は、まさに風のごとく終了した。
「時間も空いたし、適当に回ってようか」
グレンの一声に3人がうなづき、一行は資料館の奥まった場所まで回ることとなる。
順路に従い、奥へ奥へと進んでいく一行。流石に国立の資料館というだけあって敷地面積は広く、順路を巡っていくだけでも一日が潰せそうであった。
だからこそ、だろう。今までの資料館の雰囲気とは少し違った場所も存在していた。そして一行もまた、運よくそんな場所へ到達することが出来た。
「……資料館、なのかしら」
アシュリーが先んじて出した疑問の声に、アカツキはこくりと頷いた。
「場所的には資料館の敷地の中だと思う。……でも、これはどちらかというと」
「研究所、みたいな雰囲気を感じるな」
グレンの言葉に、一行はうなづいた。
「……見て。あそこ」
ラージャがそう言いながら指さした先には、勇者に対する考察、と書かれている展示が存在していた。
今までの展示が(大衆に受けやすく改変されたとはいえ)確定された情報を伝えているのに対し、この展示は不確定な情報を伝えている。
それも一行がここを研究所と評した理由でもあった。
近寄って展示を見るアカツキ。それが嘘であるかどうかを判断するためである。
しかし、アカツキは展示を見た瞬間に硬直してしまう。内容が、あまりにも荒唐無稽すぎたからである。
「……勇者が真に強かった理由とは、彼の性質が真に"孤独"であったからである――。どういうことよ、これ」
「僕にもわからないよ。でもたしかに、異世界人であることを考えれば、間違ってはいないと思うけど」
ふと、アカツキの脳裏に蘇るラージャとの特訓の記憶。あの時の説明を思い出していた。
『――そう。獣としての在り方――というよりも、根本的性質? 龍は群体で暮らさない。根本的性質が"孤独"であればあるほど生まれ持つ魔力は強くなる』
理解が追いついていなかったためろくに考えていなかったが、今更になって謎を感じ始めたアカツキ。
「根本的性質って……なんなんだろう?」
「どうしたの、突然?」
「いや、以前ラージャに聞いたことを思い出してね」
アカツキはラージャへと話していいかどうかを確認する。ラージャとしても特に隠すことではないらしく、すんなりと許可が出る。
「……なんでも、魔力の強さは"孤独"であれば"孤独"であるほど高まるらしい」
「それってどういうこと?」
「僕もよくわからない。だからこそ、こういう風に考察がされてるんじゃないかな?」
そう言ってアカツキが指さした先にあったのは、魔力の性質に関する考察が提示してあった。
そこには、"この世界に存在する種族の数"の少なさを"孤独"と定義してあった。
例えば、人間はこの世界で最も多いとされているので魔力は少ない傾向がある。逆にモンスターは数が人間より少ない傾向があるので、魔力が多い傾向がある――とこの仮説は説明している。
「……でも、冷静に考えてみれば、それだと人間って元々同一の魔力を持って生まれてくるってことじゃないの?」
一同に深い疑問を落としかけた考察だったが、しかしそれは声に遮られた。
「アカツキくん、ラージャさん、グレンくん、アシュリーさん、戻ってきなさーい!」
風の魔術で声を飛ばす先生。その声にハッとした一行は、集合時間が既に過ぎていることに気がついた。
既に夕日が地平線に沈みかけていた。
「やべぇ、戻らなきゃ!」
「ええ、急ぎましょう!」
グレンとアシュリーは、アカツキとラージャを鑑みず全速力で元来た道を戻っている。
しかし、ラージャとアカツキは、不思議とその考察から目が離せなかった。しかし、声が大きく響くと、流石に集合場所へと走り始めた。
しかし二人の考えは、あの考察から離れることは出来なかった。
まるでそれが、なにかの真実に繋がっているかのような、不思議な感覚が心の底にしこりのように残っていた。