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「何をする気?」
「ちょっと動けなくなるようにね」
「なんだそれ、縄で……動けないわ」
ガーゴイルを立てなくなるまで打ちのめした冷は、スキル縄縛りを実行した。
縄は彼女の体を締め付けて動けなくなる。
縄ごときと思ったが、動けなくなり意味がわからない。
ガーゴイルの敗戦は魔族の戦意を著しく低下させる。
あってはならない事態に混乱は免れない。
「が、が、ガーゴイル様が負けた……。嘘だろ!」
「ガーゴイル様……」
「よし、魔族の連中が怯んでいる。今のうちに捕まえるんだっ!」
「ううっ……ガーゴイル様……しまった!」
魔族は武器を離しぼう然となり、何も出来ないまま騎士団と冒険者に捕まった。
ほぼ無抵抗に近かった。
それだけ配下の魔族達にとってガーゴイルの存在が大きかったと言えた。
騎士団はラジッチに報告へ、
「ラジッチさん、魔族は全匹捕まえました。もう町の中にも暴れてる者はいません」
「そうか、これで一難去ったかんじだ。それもあの冷の活躍なんだけどな」
ラジッチは安心感も生まれたが、冷の強さには恐怖感を感じた。
「この戦いの経緯は全て国王に報告しますが、よろしいですか?」
「結果的には国王の望んだようにガーゴイルは倒せたのだから、報告していいだろうよ。ただ国王とてガーゴイルを捕まえて持ち帰ったら驚くことは間違いない。それにまた冷の活躍だ。また冷の評価は上がるだろう。俺としては悔しいが」
結果は良いとしても、この先どうなるのか不安感に襲われた。
「彼はもの凄い勢いのある冒険者になりました。冷さんがまだ駆け出しの冒険者などというのは信じられませんよ。言葉が悪いですがいったいこんなデタラメな冒険者が今までいたでしょうか」
「いないよな」
ラジッチは騎士団と供に冷に近寄った。
冷は誰かと思ったがラジッチだとわかると、なぜなのかと。
(ラジッチがなぜここに? もう王都に帰ったとばかり思った)
「ラジッチ。どうしてここにいる。もう王都に帰ったんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったさ。そしたら国王から司令が出てガーゴイルを討伐してこいと。コットルの町に着いたらこの戦闘になったってわけで。全部冷が絡んだ件なんだよ。俺は意味不明な行動に振り回されてるってわけで、いい迷惑なんだよわかってんのか?」
「そうすか……ラジッチが居たからかなり助かりましたけど。俺達だけならもっと苦戦していたのは確実。ありがたいです。ガーゴイルは捕まえてますので、もう暴れることは不可能ですが」
縄に縛られたガーゴイルを前にさしだす。
無言でじっとしている。
(魔人3人も倒すとはペース早くねえか)
「そう言う意味じゃねえ。勝手に行動するなって言ってんだ。捕まえたどうのは話が違うだろ」
「そんなに怒るなよラジッチ、俺が居れば魔人も倒して、人々も安心てなるだろ。それとも王都に俺以外で魔人を倒してくれる冒険者はいるのかよ」
事実、冷に頼るしかなかった。
(もっと俺を尊敬しても良いと思うけど、なぜか嫌われてる感がハンパない)
「……こ、この野朗、いい気になるなよ。ちょっと国王に褒めらたくらいで」
「ラジッチも褒めらるだろう、ガーゴイルを連れてけば。それともガーゴイルを倒したのをラジッチが倒したことにしてあげてもいいいぜ俺は。別に手柄は要らねえ」
(手柄で良ければあげます。俺は褒められたくてやったんじゃない)
ラジッチを馬鹿にした訳ではないが、言われたラジッチは顔を真っ赤にして、
「テメエ!!!」
冷の無礼ともとれる発言の数々で、ラジッチは武器を手に取る。 冷の目を見たまま離さない。
周りの騎士団にも、ラジッチの興奮気味なのが伝わりとめにはいり、
「まあまあラジッチさん、ケンカはこの辺にしておきましょうよ……」
「何だと!!」
「ひぇ!」
騎士団らはラジッチに睨まれて恐縮してしまった。
後方に下がっていく。
ラジッチは視線を騎士団から冷に戻す。
「ここでもう1戦してもいいが。次に会った時は覚えてろ……冷」
「俺は記憶力は自信ないから。覚えてないかもな」
(あ〜あ、次に会ったら面倒だな)
ラジッチが攻撃的なのに対して冷はヤル気なしであった。
ふたりの喧嘩になる前に騎士団が割って入る。
「……そのガーゴイルは私達騎士団が預かりします。ハンマド国王に届けます。もちろん冷さんが倒したと報告はしますから安心してください。それでよろしいですか」
「ああ、よろしく頼みます。俺は魔人には関心ないから、どうしようと関係ない。ただひとつだけ聞きたいんだ。それだけはどうしても……」
(サイクロプスと同じく王都にか。それが1番安全だろう。ただし俺がここに来た目的は魔人を倒す為に来たわけではないのだ)
冷の来たわけはラジッチと騎士団も知っていたが。
「伝染病ですか。確かに冷さんは伝染病を治したかったと聞いております。しかし報告ではウル森の草には効果はなかったと。つまりは伝染病は治せないとなります」
「俺の感では、伝染病の犯人はこの人だ」
冷はガーゴイルの方を向いて言った。
(ガーゴイルが原因なら解決策はあるかもな)
「…………」
「が、ガーゴイルと伝染病の関係? どう言うことだ」
ラジッチと騎士団らは不思議な顔を作る。
その様な話は聞いたことがないからだった。
ガーゴイルは縛られていた。 それまで黙ったまま何も言わないが、そっと口を開いた。
「伝染病の犯人なのは冷の言う通りよ。よく気づいたわね。どうして気づいたのかしら?」
「ウル森から来た冒険者の方が居た。俺はその人達とすれ違った時に気づいたんだ。首に噛まれたアトがあるのを。最初は何だかわからないでいた。しかし今日になってその冒険者の子供が急に伝染病になってしまった。首に噛まれたアトがある人の子供は他にも同じ伝染病にかかっていた。つまりは何者かが噛み付き伝染病に感染し、それが子供だけが発病する」
(これが俺の推理だが)
「冷の話は事実だとしよう。それとガーゴイルの何の関係がある。わからないぜ?」
「俺は昨日もガーゴイルと戦っている。その時にある行動に引っかかったんだ。それは俺が危なく負けそうになった時だ。ガーゴイルは俺を殺そうと思えば殺せた。そのチャンスはあった。間違いなく俺は死んでいただろう。しかしガーゴイルは俺を殺さなかった。なぜか。それは首に噛み付き血を吸おうとしたからだ」
(アレは助かったよ)
「血を吸おうと? まさか吸血か」
ラジッチがガーゴイルを疑いの目で見る。
ガーゴイルはニヤリと笑みを浮かべる。
「当たりよ。吸血の趣味があるの。それも生きた人族の。死んだ血はダメなの。生きた人族じゃないと。その代わり私が持ってる伝染病に感染するらしい。しかも記憶まで飛ばせるから便利なの」
「生きた人族の血か。だから冷は殺さなかったわけか」
「俺を殺さなかったのはガーゴイル、あんたの敗因だぜ。あの時俺を殺しているおくべきだったんだ。そうすればこの結果はなかっただろうに。大事な点はそこにある。ガーゴイルが感染源なのだから薬もガーゴイルにあるはずだと俺は思ってる。どうだ?」
(毒蛇の毒を解毒するにはその蛇から解毒剤を作ると聞いたぞ。それなら論理は一緒だ。ガーゴイルから解毒剤が作れるはずだ)
冷は一か八かであるがその思い付きに賭けてみることにした。
ガーゴイルは知っていた。
自分の血を血清して解毒剤が作れることを。
黙っていたのは、教える必要ないと思ったからだ。
だが冷に言われてそのまま知らない振りをして通すのは無理だと感じた。
「解毒剤ならば私の血から作れるわ。どうしてわかったのかな。錬金術師に血を渡せばいい。それくらいは協力してやる。どうせこの後王都に送られるのだからな」
ガーゴイルは抵抗することなく、協力してくれると言う。
「それなら俺もありがたい。俺が来たのはその為だからな。じゃあ後は騎士団さんに任せます。俺の役目は来れで終わり」
(役目は終わりだろう。子供達に会うことはないが、きっと元気になってることを願う。そう言えば、あの子達はどうしてるのかな。姿が見えないが……)
冷はアリエル達が生きてるのか、それが心配になってきた。
ガーゴイルとの戦いに夢中なり、彼女達を忘れていたのだ。
うまいタイミングでアリエルの声が冷の耳に届く。
「お〜い冷! 私達を忘れるなよ!」
「アリエル!」
「そうだぞ! このリリスの活躍抜きには魔族は沈められなかったのだぞ」
「リリス!」
「私も頑張りました!」
「ミーコ! みんな無事だったか。ゴメン、完全に君たちのこと忘れていたよ」
(おお〜無事だったか)
「忘れていただと! あり得んだろう」
「ゴメン、だけどほらガーゴイルは倒したし、解毒剤も解決しそうだ」
(まぁ俺が解決しちゃった)
「本当に魔人を倒したと……信じられません。あの魔人ガーゴイルを倒したとなったら大変な事態ですよ」
ミーコは魔人ガーゴイルの噂は知っていたので、倒したと知れたらどれほど世間にインパクトを与えるかを考えた。
どう考えても、一大ニュースとなるのは必至である。
またも世界を驚かす大問題をしでかしてしまった冷であった。
「じゃあ子供達は助かるのね。それは良かったです。これで心置きなくピルトに帰れますね」
「そうだな。ネイルも心配してるかもだ。早く帰ろうか。それにしてもよく配下の魔族と戦えたな。かなり強かったんじゃ」
(俺が思ってる以上に強くなっていたわけだ。素直に嬉しい)
実際に手強かったのだが、騎士団や冒険者らとともに戦い、激闘の末に町の人々を守った。
それは町の人々の間でも評価となり、冒険者ギルドにも伝わる。
コットルの町では、伝説的な話として冷とアリエル、ミーコ、リリスの名は伝えられることになった。
「では俺達はこれで帰ります。さようなら」
「ありがとうございます冷さん!」
「ありがとうございます!」
「また来てください!」
町の人々からの声援とお別れの言葉であった。
馬車に乗り手を振ってコットルの町を去って行った。
見送るようにして人々は手を振り続ける。
ラジッチと騎士団はその姿を目に焼き付けた。
あまりにも衝撃的に映っていた。




