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よく朝。
癒やしの手の効果は朝まで継続されて、いつもなら起きている時間でも冷は寝ていて起きる気配がなかった。
ようやく目が覚めて、ネイルのスキルの効果に驚いた冷は、
「あ〜、とてもよく寝れた。肩のコリも取れた気がするなあ〜」
実は冷は肩こりがするので、理由は体を酷使し続けたからに他ならないが、起きてすう〜〜〜と肩が楽になっていた。
「体力回復、治癒の効果がありますので効いたのでしょう」
「ありがとう、なんだか俺は生まれ変わったような気がするぞ」
「生まれ変わるわけないだろ、どう見てもお前は変わってない。見ての通りだろ」
「リリスよ、本当なんだ、なぜか変わった気がするんだ」
この時に冷は直感的に体の変化に気づいていたのであって、間違いなどではなかった。
「どうやらネイルの癒やしが頭まで浸透して、おかしくなったぞ!」
「俺はおかしいのかなあ〜、それよりも今日も養成所に行き訓練するようだから、行ってくるが君たちはここに居ていい。もう場所もわかってるし」
冷がひとりで出かけるというと、ミーコは納得したようにして、
「そうします。冷が行ってる間は宿屋で休んでます」
「よ〜し、俺には魔力がまだないから、まずは魔力を増やす訓練としよう」
「ご主人様、いってらっしゃいませ」
自分のスキルがご主人の冷に効果があったとわかると嬉しくなり、喜んで冷を見送る。
全員を宿屋に残して冷はひとり養成所に行くことになった。
この時に冷に起きている、ある変化を知らなかった。
冷本人ですら知らなかったので、無理はない。
外見的には何も変化していないのだから、わかるはずがなく、冷の勘違いだと思われる。
宿屋の受付けでは冷が仲間である女の子を連れていないので不思議に思う。
「冷さん、お一人でお出かけですか」
「また養成所に行ってきます、みんなは残して行きます。あと、これだけのマリを渡すので当分は宿泊したいですが、いいですか」
エクセリアに持っていたマリを、半年分はあろう金額を前払いした。
「ええっ!! こんなに大金を、よろしいのですか。そしたら半年以上は宿泊出来ます。ありがとうございます」
エクセリアは半年も先まで前払い予約する客に初めて出会い、驚いた。
冒険者でそんな大盤振る舞いできる人物はごく限られた者。
驚いて気を失いそうになっていた。
宿屋を外出し、ひとりで養成所に到着した冷。
昨日は実際の授業で魔力をいっさい発することが出来ず終わった。
悔しさだけが残る結果だった。
(今日は少しは油が揺れればいいなあ)
このままでは冷のプライドが許せないとなり、今日こそは結果を出してやるぞと意気込んだ。
養成所では昨日と同じように教室から授業が始まった。
教師であるイリサが教室に来て冷と対面すると、
「冷さん、おはよう。今日も魔法使いに成れるよう頑張って。でも無理はしないこと、半年から1年かかる授業内容ですから、結果は1年後には出ます」
ショックを受けないよう冷に優しいアドバイスを与える。
これも大切な教室の役目であり、生徒を成長させるための思いやりといえよう。
しかしイリスはわかっていなかったのだった。
冷の潜在能力がどれほどなのかを。
はかりしれないセンスを持っていると。
「1年は大変だけど、俺は諦めないです」
「それが大事です。では授業を開始します」
とりあえず冷にはアドバイスをし、挨拶して授業が始まった。
昨日と同じく教室での授業は退屈に感じてしまい、半分は寝ていた。
これだけは冷にも変えられない。
どうにも退屈である。
すると案の定というかイリサの目にとまり、
「冷くん!!!!!」
「あっ、すみません!」
昨日と同様に怒鳴られる。
不覚にも熟睡中を指摘され、慌てて顔を上げるが、もう遅かった。
イリスはプンプンと怒った顔に、周りの生徒は失笑してしまった。
一度ならわかるが二度も同じ失敗をするのは生徒としてはやってはいけないミス。
ミスをしたらどうなるかは冷も遅ればせながら気がついたが、もう遅い。
昨日と同様に[縄縛り]のスキルをたっぷりと味わう。
これだけは苦手意識は変えるのは相当に難しいのであった。
(眠〜〜〜〜)
廊下でじっと時間が経つのを待つ。
やっと校舎の外での授業となった。
冷だけでなく他の生徒も、活動的になる。
外には樽が全員分あり油が満たされている。
「昨日同様に油に魔力を注いで。波が立つくらいになれば上出来」
イリスに言われて生徒は必死に試してみるのだが、全然揺れる気配はない。
試行錯誤の結果だから生徒は悪くはない。
まだ習ってもいない数学の方程式を解くようなもの。
誰も出来なくて当然であろう。
教師のイリスも承知していて言ったのだ。
「先生、誰も出来ません。ピクリとも動きません!」
「波が立つのは異常に早くて半年、普通は1年かかる。だから1年後には油が揺れるのを目標とします」
「ええ〜無理だろ〜〜」
生徒達は試行錯誤してみるが、誰一人として結果は失敗となった。
文句を言う生徒もいるが、真面目に魔法使いに成ろうとする生徒が占められていた。
ひとりの生徒が小さな声で冷に、
「なあ冷くん、君は武器を使うのかい、ほら魔人を倒したんだろ」
「武器はナギナタを使う。使い慣れてるからさ」
「じゃあ職業は戦士や盗賊といったのを得てるのでしょ?」
生徒が冷に興味があるようで話しかける。
「いいや、俺はまだ無職狂戦士さ。無職のまま魔人オークを倒した。だけど魔法を使いたいと思ってるんだ」
「ええっ! 無職で魔人を倒したって! 常識を覆す人だなキミは。魔法使いの職業を得たらその強さにプラス魔法が使えるわけでハンパないことになるよ。でもこれだけは言っておく。同じ生徒として、友達として、僕の父さんは冒険者なんだ。それも優秀な冒険者で上級冒険者に入る程の腕前、職業も魔法戦士といって戦士と魔法使いを両方で経験値を積み成れる職業なんだ。魔法戦士に成れる人はごく僅かな冒険者だけで、とても難しい。世界でも数少ないエリート冒険者なんだ」
「ほお〜凄いんだ、ぜひ会ってみたいな」
「その父さんが言っていた。魔人、特に中級魔人、上級魔人にだけは手を出すのは止めろと。奴らはとても勝てる相手ではない。もし戦えるとしても相当な経験が必要だと。人外な強さで言葉で表すのは不可能な強さであり、どんな武器も通じない、どんな魔法も通じない、そして都市を一瞬で消し飛ばす程の魔力を持つと。冷くんが他の魔人とは戦えば死ぬ確率が高いよ。だから戦うのは避けたらどうだい」
忠告するような言い方で冷に言った。
あえて冷にわかってもらいたいから言ったのであり、冷を見下したわけではない。
「心配してくれてありがとう。俺は魔人が来れば戦うさ。死ぬかどうかは戦ってみないとわからないだろう」
「そうかい、僕には無理だろから応援してる。父さんはオークは中級魔人の中でも最下位に位置すると言っていた。本当に危険な中級魔人はガーゴイル、ゴーレム、ギガース、サイクロプス、グリフォンだろう。強さはオークを遥かに超えると聞いた。せめて魔法使いになってから戦うのがいいよ」
生徒は冷を応援するファンであったから、死んで欲しくない為にあえて怖がるように言った。 だが冷は生徒の予想とは違い、逆の考えであった。
それは強い相手なら、なおさら魔人と戦いたいという願望である。
強ければ強い相手ほど、ヤル気が満ちてくる体質の冷は、
「俺もそう思ってるとこだ。だけど油は全く動きがなかった昨日は。でもなぜか今日は違う気がする」
樽を前にして冷は意識を集中する。
手を出して体内から湧き上がるのをイメージしてみた。
手の平が油の面と近づく。
(さあ、動け!)
油の表面は昨日と違い突然波打ち始めたのである。
それも綺麗に波紋が立つかの形であった。
「動いたぞ〜!!」
冷を応援していた生徒が見ていて驚いて声を出した。
「なんだって!!」
その声で全生徒の視線が冷の樽に注目される。
「本当だ!!」
「凄え!!」
まだ2日目で波打ちを成功させた冷に驚いたのであった。
そして最も驚いたのが教師であるイリサであった。




