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気軽に王様失格

 ウォルはクジュと離れることを拒んだ。それを受け入れたチェックはクジュにあてた部屋にもうひとつベッドを運びこませ、二人で一部屋を使用することを許可した。脱走を試みれば命はないと念を押して、の話だが。それでも二人にとっては有り難いことだったのでその日は脱走など考えることなく寝心地のいいベッドで睡眠をとった。これまであまりきちんとした場所で睡眠をとってこなかったせいかクジュ、ウォル共にその日は深い眠りに落ちてしまっていたようで、目覚めたのは昼が近くなった頃だった。


「……クジュ、おはようございます」

「おう」


 黒ずんだ液体の中に水のようなその声をひとつ垂らせばそれだけでその黒全てを浄化出来るのではないかと思えるほど澄んだウォルの声。それをすぐさま聞いた者の中に潜む後ろ暗い部分をじわじわと拡張させていく錯覚に陥らせるクジュの声が相殺する。クジュの声をウォルが浄化し、ウォルの声をクジュが侵食することで二人の特殊な声はなんとか平均的なところまで持って行くことが出来ていた。


「なんかこんな時間に起きるなんて重役出勤みたいですよね」

「ある意味重役だがな」

「言われてみれば、そうですね」


 目を擦りながら苦笑するウォルに冷たく返してからクジュは布団を押しのけてベッドから出る。眠気が抜けきらないせいで足取りはおぼつかないがドアまで辿り着くと体重をかけるようにして押し開けた。


「クジュ、どこ行くんですか?」

「着替えがない」

「あ、本当ですね」


 ウォルは言われて初めて気付いたのだがこの部屋には着替えらしき物が置かれていなかった。忘れていたのだろうか。ウォルは構わないのだがクジュは寝起きの姿のままでいるのには耐えられないらしい。誰か人を捜して着替えを用意してもらうつもりなのだろう。それならば一緒に行こうとウォルが布団から出たところでクジュの動きが止まった。ドアを開けるべく体重をかけた体勢のままクジュは耳を澄ましているようだった。何事かとクジュに倣い耳を澄ます。聞こえてきたのは陶器が割れる音だった。それもひとつや二つではない。


「ちょっ、クジュ!?」


 割れる音が鳴り止むと同時にクジュはドアを完全に押し開けて部屋を出た。あの音は相当に近くから聞こえていたので動かない方が得策だとは思うのだがそれを伝えるよりも早くクジュは出て行ってしまったので慌ててそれを追う。

 何やら騒動が起きていたのは隣の部屋だった。誰かが怒鳴っているのがわかったが壁で隔たれているせいで内容までは聞き取れない。内容を聞き取ろうとクジュが忍び足で部屋へ近付く。あともう五歩ほどで騒動の発信源である部屋のドアに触れようかと言うところでそのドアが乱暴に開け放された。


「王! 俺は納得出来ませんから!」


 チェックでもシーナでもない。初めて見る男は腰に刀を差しており、全てを吸い込んでしまいそうなほど深い黒をした瞳は部屋の奥を睨みつけていた。

 男は二人に気付くと怒りに燃えた瞳を隠すかのように瞼を下ろした。次に瞼を上げ、目を開いた時には瞳からは憎悪は拭い去られており、男は一礼すると踵を返してどこかへ行ってしまった。


「なんだったんでしょうね……」

「見苦しいところを見せちまったな」


 ドアに手を沿えて廊下を覗くようにしていたウォルがそう呟けばクジュが返答するよりも早く溜息混じりの返答が部屋の中から飛んできた。チェックの声だ。部屋から出てきたチェックは起床して随分時間が経つのか髪は綺麗に纏められていて、昨日よりも豪華さを感じさせる衣装に身を包んでいた。


「あれは弟だ」

「王様の、ですか?」

「そんな堅苦しく呼ぶな。チェックでいい。……いや、俺じゃなくてほら、いただろ、女が」

「シーナさんの?」

「そう。シーナの弟。俺とシーナが付き合ってるのが気に入らないんだそうだ。一応身内だから適当にあしらうのも気が引けてな」


 説得を試みているのだが議論は平行線で互いに歩み寄れる気がしないのだとチェックは自嘲を織り交ぜながら説明した。眠いのか説明し終わってからチャックは大きく欠伸をひとつ零し、両腕を振り上げて背伸びをする。


「んん……。で、お前らはなんでここにいるんだ? 隣の部屋がうるさくて目が覚めたか?」

「いえ、そんなことは」

「着替えがない」

 

端的に用件だけをクジュが伝える。不満を含ませていたわけではなく、ただ事実だけを口にしたといった様子のクジュだったがチェックは申し訳なさそうに眉を八の字に下げた。クジュの声に怯えたのか瞳が一瞬揺れたがすぐに何事もなかったかのように揺れはおさまる。


「ああ、悪い。配慮が足りなかった。今すぐシーナに用意させる」


 ドアを開け放したまま部屋に戻って行ったチェックは部屋に取り付けられている電話に手をかけた。二人が眠った部屋にはなかったのだがこの部屋には電話があるようだ。金色をした龍が電話本体に巻きついており、子機へは金色をした蛇が巻きついていた。本体と子機を繋ぐくるくると何度も円を描いているコードはやはり金の細かな装飾が施されていた。チェックは子機を持ち上げると本体のボタンをいくつか押して、子機を耳に押し当てた。


「シーナか? ああ、俺だ。クジュとウォルの着替えがないそうだから用意しておいてくれ」


 電話の向こうのシーナが何か返答をしているのかチェックが何度か頷く。それから「頼んだ」とだけ残してチェックは子機を元の場所へと置いた。がちょん、というなんとも間抜けな音がしたがチェックは慣れているのか何の反応も見せない。クジュの背後ではウォルが笑いを噛み殺していた。


「俺は今日出掛けるからここにはいねえんだ。世話はちゃんと任せてあるから俺のいない間に依頼のこと考えておいてくれよ」

「無理だと言ったはずだが」

「……だから考えておいてくれって」


 クジュの声に慣れないのかチェックは一瞬口を噤んで冷や汗を浮かべたがすぐに繕って引き攣った笑みを浮かべた。繕うのに時間が足りなくて引き攣れてしまったのだろう。


「どこに行くんですか?」

「これでも一応王様だからなあ……。家に籠ってばかりもいられねえんだよ」


 ウォルの質問に曖昧に答えてからチェックは二人の間をすり抜けて廊下を歩き出した。足取りは重く、外出することが憂鬱なようだった。それを見送るクジュの瞳は多分に呆れが含まれている。


「あいつは本当に王なのか?」

「そうみたいですよ」


 あの姿を見せられてウォルもだんだんと自信がなくなってきたのだがシーナの話を聞く限りそれは真実なようだ。ひどく曖昧な答え方になってしまったがそれを受けたクジュは眉間に皺を寄せた。


「呆れた。国が潰れるのも時間の問題じゃないのか」

「さあ、どうなんでしょう?」


 だからこうしてクジュが連れてこられたのだろう、という言葉は言われずともわかっていると思うので飲み込むことにした。

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