束の間に再会
ウォルはクジュと引き離されてひたすらに憂鬱になっていた。クジュと同じように豪華な部屋に通されたがそれを眺める余裕もないほどウォルは落ち着きを欠いていた。忙しなく部屋を歩き回りぶつぶつと小言を繰り返す。
「クジュ大丈夫かな。口下手だから誰かを怒らせたりしてないといいんだけど……とにかく早く合流しないと」
冷静さを取り戻せないままクジュと合流することばかりを考える。拉致されている手前、あまり目立った行動をするのは得策ではないがクジュを一人にしていては何が起こるかわからない。ただのいざこざで終わればいいのだがクジュの場合そうもいかないかもしれない。その懸念がウォルに焦りばかりを募らせた。
「ああああ、もう! どうしよう!」
動くべきか動かざるべきかしばし考え込んだ末に出口に足を向けた。その瞬間にドアがノックされてその足が竦む。
「あ、はい。どうぞ」
逃げ出そうとしていたことを悟られないように後退してベッドに腰を下ろしてから声を上げる。それを待っていたドアの向こうの相手は極力音をたてないよう注意を払いながらドアをゆっくりと開いた。
「失礼します」
深い一礼をしてから入室してきたのは面をつけた男ではなく、給仕をする者を思わせる衣服を身に付けた女性だった。この官邸の主ではないらしくその手は炊事で酷使しているのか荒れて赤くなっており、顔に化粧は一切施されてはいなかった。ここで働く者だろうか。女性はドアを丁寧に閉めるともう一度礼をした。
「私はこの官邸で給仕などをさせていただいております、シーナと申します。この度は王がこのような手荒な真似をしてしまい申し訳ありません」
「いや、あまりお気になさらないでください。ほら、長い距離移動する賃金が節約出来ましたし」
「……どこか目指されているのですか?」
「まあ、明確な目的地があるわけではないのですが」
シーナがあまりにも申し訳なさそうに謝罪するのでウォルは思わずそう言い訳する。嘘を言っているわけではない。目的地はないがクジュやウォルは出来るだけ多くの場所を旅して回る必要があった。そのために拉致という形であってもこうして誰かと交流をとることが出来るのは悪いことではない。それにそうポジティブに考えなければこんな状況で平然としていることは出来なかった。
シーナの外見はある意味クジュと酷似していた。鴉の羽の色を織り込んだような黒髪は仕事をする上で邪魔なのか低いところでひとつに束ねられて尻尾のように彼女が動く度に揺れている。瞳も同じように深い黒をしており、見つめ続ければ吸い込まれてしまうようだった。
「俺と同じようにもう一人ここに連れてこられたはずなんですけどどこにいるんですか?」
「クジュ様のことですか? でしたら王が協力を願っている頃かと」
「協力?」
クジュとウォルにはそれぞれ少しばかり特殊な能力が備わっている。自慢して回るほどのものではないが、二人はその能力を活かして生活を成り立たせていた。そのため噂が流れているのも決して悪いことではないし、出来るだけ依頼は受けたいと思っている。多くの場合、求められるのはクジュの能力で、依頼を受けるか否かを判断するのは専らクジュの役目だ。今回も依頼だと言うのならばウォルが口を挟む余地はないのだろう。それに依頼だと言うのなら易々と殺害されてしまうということもない。そこまで聞いてウォルはひとまず安堵した。
「クジュ様は記憶を消すことが出来るのだと噂でお聞きしました」
「まあ、そんなところですね」
厳密には消すのではないのだがそれを今シーナに言ったところでどうなるわけでもないので黙っておくことにする。
「王はクジュ様に消していただきたい記憶があるのです。この国で拡大しつつある王への反発心を」
「はあ、それは……」
恐らくはクジュでは無理だろう。それはわかったがそれを最終的に判断するのは実行主であるクジュだけだ。ウォルが口を挟めるはずもない。ウォルが表情を曇らせたのが困ったように見えたのかシーナは申し訳なさそうにもう一度頭を下げた。
「ウォル様、心苦しいのですが私個人からも依頼があります。消していただきたい記憶があるのです」
「それは貴女の?」
「ええ、消していただきたい私の記憶は、」
彼女が集く言葉を紡ごうとした瞬間、乱暴にドアが開かれる。力の限り開かれたドアは蝶番が悲鳴を上げる。壁に叩きつけられても勢いは衰えず、跳ね返るドアを受け止めたのはチェックだった。その背後にはクジュも顔に憂鬱を貼りつけて佇んでいた。
「お。取り込み中だったか」
「クジュ!」
チェックの言葉が終わるとほぼ同時にウォルが声を上げる。立ち上がってチェックを押しのけるようにしてクジュの目の前まで来た。チェックはウォルの邪魔になってしまわないように道を開け、シーナはそのチェックに一礼をして少し後ろへ下がる。
「クジュ、心配してたんですよ。クジュが変なこと言って誰か怒らせてやしないかって」
「……」
心外とばかりにクジュが表情を歪めたがウォルはそれを黙殺する。チェックは二人の様子を眺めて溜息を吐いた。
「コイツがなあ、ウォルに会わせろ会わせろってうるさいからよ、仕方なく」
「王、クジュ様への依頼は」
「断られた。無理だとさ。まあ俺に諦める気はねえがな」
「そうですか」
それだけ告げるとチェックは踵を返してもと来た道を戻り始める。彼が歩く度に衣服に取りつけられている金の装飾がかちゃかちゃと擦れる音をたてる。廊下まで出たシーナは深々と礼をしてそれを見送った。
「面倒な人に捕まりましたね」
「そうだな」
憂鬱が凝縮されたクジュの嘆息混じりの声に頭を下げたままのシーナが身体を震わせたのがわかった。




