不躾に最強
面をつけた男に連れてこられたのは質素とは言い難い豪華な一室だった。延々とした庭を抜き去って絢爛豪華な官邸に通された二人はそれぞれが別の部屋へと通された。部屋といっても牢獄のような場所ではない。部屋の棚にはところ狭しと高そうな壺や置物が陳列されている。部屋の中央に置かれているベッドはこれまた高級そうな生地で出来ていて触ると滑るように流れた。ここに来るまでは縄で拘束されていたのだが今は外されていて、手足を拘束されているわけではない。無理矢理連れて来られたにしては扱いが良いような気がする。ウォルと引き離されたのがどうにも気に入らないがこうして自由なだけマシだと思うべきだろう。
これからどうするべきか。逃げるという選択肢もなくはないがクジュもウォルも武術に長けるわけではないのだ。ましてやここを誰にも気付かれず、もしくはうまく立ち回って脱出出来るほどの策士なわけでもない。それがわかっているのでその上で行動を起こすのは危険だろう。今は抵抗しない限りは手出しをしないという面の男の言葉を信じるしかないように思えた。
「鍛えてれば良かったか……」
元々ウォルはわからないがクジュは戦闘には向いていないのだ。思いもしないことをそうぼやいてみて退屈を紛らわす。ベッドに腰掛けて足を投げ出したところでドアがノックされた。こちらの返答があるよりも早くドアは押し開けられる。
「突然連れて来ちまって悪いな」
生まれつきなのかくすみのない光を跳ね返すような金色の短髪。それは毎日丁寧な手入れがされているのか男が身体を揺らす度身体の線に沿って滑らかに流れた。笑顔こそ浮かべているがその眼光は鋭く敵意すら感じる。男が身につけている衣服にはきめ細やかな刺繍や金での装飾が施されており、一般人でないことは一目瞭然だった。
「……」
男にどう答えたものかとクジュは苦悩した。返答しようにもクジュの声は少しばかり特殊なのだ。クジュの声を聞けばほとんどの人間は眉間に皺を寄せる。つまり不快にさせてしまう。そういった性質なのだ、仕方がない。だからこれまではやり取りのほとんどはウォルに任せていたのだがウォルがいないのであればクジュが返答するしかないだろう。しかしそう気軽に声を聞かせてしまっていいものだろうか。そうやってぐるぐると考えていると男はクジュの返答がないことにも構わず続けた。
「俺はチェック。この国の王をやらせてもらってる」
王と言うわりにはチェックの仕草や言動からは王らしい気品は感じられない。その言動は粗削りで動作のひとつを取っても繊細さは見られなかった。そのあたりはチェックの人柄なのかもしれないが総合的にクジュの目から見てチェックのことを王だとは思えないでいた。
「お、その顔だと信じてねえな? その辺は自由だけどな、俺の頼みは聞いてもらいてえ」
なんと不躾な物言いだろうか。拉致紛いなことをされている身なので口応えをする気はないが眉間に皺が寄るのは致し方ないことだろう。チェックはクジュの反応などどうでもいいのか更に続けた。
「俺はな、王の座に着いてから日が浅いんだ。そのせいもあって反発が絶えなくてな。お前さんの使うおかしな術な人の記憶を消せるんだろう?」
「……反発してる人間のその記憶を消せとでも?」
クジュが言葉を発した途端にチェックの身体が強張る。その瞳は見開かれ恐怖が宿ったがその反応には慣れきっていたので意にも止めない。チェックは流石は王と言うべきか恐怖をすぐさま押さえ付けてから何事もなかったかのように続けた。その額には汗が伝う。
「そうなるな」
「無理だな。やるやらない以前に規模がでかすぎる。他をあたれ」
この場で嘘をついてもいずれ出来ないことはバレてしまう。小規模ならば多少の記憶を改変することは出来るが反発する者は一人や二人ではないのだろう。そうでなければおかしな術と持つという噂のみで王が動くはずもない。藁にも縋りたい状況に置かれているのかもしれない。
クジュの返答をどう受け止めたのかチェックは芝居がかった動作で首を振るとドアに手をかけた。
「その返答は交渉決裂ってことか。でもな、俺には手段を選んでる暇はねえんだ。そっちがそうくるなら軟禁生活にようこそ、ってことになるわな。良い返事をくれるまでここから出すわけにはいかねえ」
半分ほど開いたドアの間をすり抜けたチェックはドアを閉めながらその隙間に手を差し込んで小さく何度か振った。