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The Hotel Scandinavia  作者: 奈鹿村
2章
6/6

2日目 2

 部屋に戻ってもやることはない。どうしよう、と思ってとりあえず電気のついたままの部屋で、ベッドに横たわった。


 うっすらと眼を開けて、けだるい身体を起こしてベッド脇の窓のカーテンを広げた。アルゲの部屋から見ると、海は左手にある。前と右の方はずっと先に丘陵が見えた。だから、下には広がる草原が見える。今日、昨日、下に行ったときに直接それをみたのだが、下に広がる草は、芝草というのは背が高い。それでも地面を柔らかく覆う程度でわずらわしさのない、いい感じの状態だった。


(いいところに来れて、よかった)


 ここに来るまで不安がなかったわけではない。怖かったし、不安だったし、寂しかった。もっとも、一番最後の感情について、アルゲ自身が認識することはまれだった。アルゲがすごく弱ったときとか、将来を悲観したときにちらりと意識の中に現れる感情が、それだった。だから、実は……わたしはいつもそれを感じているのかもしれない。認めたくないだけで。でもそんなのあたりまえじゃないか。わたしは、小さな部屋で、一人ぼっちだったんだから。


 ベッドにうつ伏せになりながら、左右に身体を揺らした。悶々とした気持ちになる。つい一昨日までの記憶を思い出すのは、変ななつかしさとともに、当時心に抱いていた様々な思いを引き出すことにもなる。ここへきて二日目だ。まだ、二日目だ。それでひどく長い旅路を超えてここに来た気がする。あの街の、あの部屋の出来事が、ひどく遠くの出来事に思える。


 アルゲは立ち上がって、壁際の机の大きな鏡の前で立ち止まり、髪の毛をいじった。


 アルゲは部屋を出て下に降りる。結局、ロビーへ行くことにした。


 二階の小広間にスクハルが座って本を読んでいた。アルゲは軽く挨拶をする。短い階段を降りていると、シズがこっちをみて手を振ってきた。


 一階ロビーには、上にいるスクハルとダージ以外の全員が集まっていた。全員、アルゲに挨拶をしてくれた。みんな、お互いに質問をぶつけていた。お互いのことを知りたがっているようだ。アルゲが席につくと、それを潮に話題がひと段落したらしい。


 みんな何となくアルゲを見ながら、一息ついていた。サラハイが手を動かしながら、スコシに聞いた。全員、なんとなく集まる感じで座っている。


「あなたの階の、他の部屋は回ってみた?」


 スコシは上ずった声を上げた。


「え? なんで?」


「他に誰かいるかもしれない、って話を昨日してたじゃない」


「ああ、いや。でも、そんなことあるかな」


「そんなこと、ないはずだけどね。大体こういうのは相場が決まっているのね。七人以上は多すぎるから。……でも、開かずの部屋って感じの部屋が隣にあるのは怖くない? わたしは、また上に行ったら、今度は全部の部屋を一度あけてみるつもり」


 サラハイは頬を触りながら言った。スコシは少し黙っていたが、確かにと同意した。


「それもそうだな。扉に鍵はついてなかったよな?」


 ええ、とサラハイが言う。


「なら見てみるか。あ! それに、シーツの替えを用立てられるかもしれない」


 シズが言った。


「隣の部屋からですか?」


「うん」


 ああ、とシズが言う。アルゲも少し考えた。シズが言った。


「でも、一応、洗濯室があるって話でしたよね」


 確か、昨日それを確かめたのはスコシ本人だったはずだ。


「ああ、そのはずだ」


 言いながら、スコシは背後を振り向いて、その先にある一階の廊下を軽く眺める。シズに視線を戻す。


「でもあれ、使えるのかな。昨日はぱっと見ただけだったんだ。後でちゃんと確認しておくよ。でも、それにしたって、部屋を変えたっていいわけだからな。いろいろ予備だと思えばいいさ」


「それもそうですね」


 パーシが口を挟んだ。


「実は、昨日となりの部屋を見てみたんだ。誰もいなさそうだったからさ。そしたら、普通にきれいだったよ」


 へえ、とシズが言う。


「このホテルって、少し年季入った感じもするけど、どこも大概きれいだよね。小ぎれいっていうか、おしゃれっていうか……」


 尻すぼみする声で言いながら、パーシは床に敷かれた絨毯を見やった。アルゲもその点は同意だったから、確かに、と言った。


「今日はみんな何をするの?」


 サラハイが唐突に声を上げた。スコシは彼女を見る。


「おれは地下を見てみるよ。電気と水のことが気になる。あと、洗濯機が実際に動くのかも見てみたい」


 シズが言う。


「わたしはパーシと、アルゲと、ホテルを探検してきますよ」


「探検? いいわね」


 サラハイがニコリと笑った。様になる笑顔だった。彼女は手に持っていた紅茶のカップを、テーブルに置く。小さな硬い音がした。サラハイは、シズとアルゲとパーシの三人を眺めた。


「このホテルにまだ何があるかしら」


 パーシがアルゲとシズを見る。


「何かあればいいけどね。どうだろう」


 シズはその言葉に軽い苦笑いを浮かべながら言う。


「このホテル、小さいもんね。全部見てちゃってたらどうしようか」


 サラハイが、ああ、と声を上げる。


「二階の図書室はみてみた?」


 パーシが、あっと手をたたく。


「あったあった。わたし、本なんてほとんど読めないから、忘れてた。あれなに?」


 シズが軽くサラハイの方を見てから言う。


「じつは昨日、お母さまと一緒にあそこへ行ってきたんです。なんていうか、小さな図書室なんですけど、意外と本がたくさんありましたよ」


 ふと、スクハルが本を読んでいたことを思い出した。彼は今も二階で本を読んでいるだろう。もしかしたら、その本もそこから持ってきたものかも知れなかった。


 アルゲは本を読むのは好きでも嫌いでもなかった。でも、もしかしたらいい時間つぶしになるかもしれない。


「あとで行ってみる?」


 ふと、今朝パーシと行った小屋のことが脳裏に浮かんだ。なぜか自然と、そこへ行くものだとばかり思っていたが。アルゲは頷いて、からパーシを見た。


「いいよ。どうする?」


 パーシも否やはなかった。そうしよう、とパーシ入った。


 それから下らない話をみんなでした。アルゲは途中、席を立ち、空きテーブルの方へ行って紅茶をいれようとした。カップはどれもいい造りで、高そうなものだと感じだ。袋に入れられた茶葉は、いい匂いがした。ティーポットが二つあって、一つはサラハイが使っていた。新しいのを使うかどうか考えていた時、テーブルの上の他の袋が目についた。


 これは、と思いながらそれを指先でもって持ち上げてみる。その袋は他の物と見ためがだいぶちがったのだ。中にはキャンディーが入っていた。お菓子か、と思いながらアルゲはそこから一つ頂いて口に放り込んだ。結局紅茶入れずに席に戻った。


「お酒はあったって?」


 アルゲはサラハイに聞いた。


「さあ、どうかしら。あればいいわ。あとでダージに聞いてみましょうよ」


 そこからもアルゲらは適当な会話で時間をつぶした。昼食をとってから、アルゲたちはホテルを探検しよう、という話であらためてまとまった。


 昼食後、アルゲは部屋に一度戻っている。もう少しすればシズが呼びに来る手筈になっていた。


 部屋は電気がつけられ、カーテンが開けられていた。部屋の窓は横長の大きな窓だった。アルゲは窓辺によって、頬がつくくらい窓に顔を寄せて、右方向に朝の小屋が見えないかと確かめてみた。この部屋からは見えないようだった。その姿を思うと、あまりに滑稽だから、アルゲは息を吐いてからベッドに腰を下ろした。


 ノックがされた。アルゲはもう用意を整えている。といっても、用意するものなど心意気ぐらいなものだ。外へ出るのは普通、結構けだるいと思う。


 ドアを開けたらパーシとシズがいた。二階の図書室へ向かう。図書室は床に敷物がなかった。木の床が露わだ。本棚がいくつもあって、小さなホテルのくせに、わりと大きい。そもそもアルゲからすれば、ホテルなのに図書室があるというのがそれなりに風情だった。


 三人とも、別に図書室で何かを調べたいという話でもなかったようだ。それで時間つぶしがてら、互いに本棚から抜いてきた本を見せびらかすという流れに自然となった。入り口から入って右手の空間い、長テーブルが二つ繋がって、一列の読書スペースになっていた。


 パーシが持ってきたのは図鑑で、蝶々とかカブトムシとか、今ではめったに見ない昆虫がのっている。アルゲが持ち出したのは、人名図鑑だ。本の紙面には、黒い字で人の名前が書き連ねられていて、名前の下にはその人の業績とか行いがのっている。シズが持ち出したのは文学だった。タイトルは「花と風の記憶」聞いたことのない本だった。


 アルゲはテーブルに座って、足を椅子に置いた。シズが注意したが、どうせだれも使わないんだと答えた。パーシは気にせず、面白そうなページを見つけようとページをめくり続けた。


 ふと、パーシが手を止めて。


「みんな本はよく読むの?」


 アルゲはさっと答えた。


「読まない。読めない。本を読むのは苦手なんだ。だってつかれるでしょ?」


 一緒だね、とパーシが言った。


「わたしは好き。本を読むって……面白いよ」


「そう?」


 パーシは口角を上げた。それから、苦々しい顔をした。


「この点、わたしはアルゲと一緒だ。この、なんていうのかな、同じ大きさの文字をずっと折っていくっていうのがしんどいや。これ書いた人は、自分でやっててつらくならないのかな?」


 シズが微笑んで、優し気に諭す。


「つらくなんてならないよ。だって、物書きはみんな、物を書くのが好きだから……。それは、今あなたが呼んでる図鑑だって、同じことだとおもうな。書き手がその蝶々を思いながらペンを走らせている、けどその蝶々はすごくきれいなの、だから、顔をゆがめてなんてないよ。きっとすごく楽しい顔をしているとおもう」


(それはさすがに言いすぎじゃないのかな……)


 そう思ったが、パーシが息を吐いて、納得したような顔つきになっているから、何も言わなかった。

 その晩、食堂で一同が会したとき、明日の晩はパーティをしようということになった。提案したのはダージだった。一同賛成した。あのサラハイでさえ、特に否定することもなかった。皿洗いは輪番制になった。サラハイはそれを拒絶したので、彼女の分は娘のシズがすることになった。シズは苦笑いしていたが、別に苦労というほどでもないと思う。たかだか七人分の皿洗いだ。


 


 アルゲは椅子に座って、とりとめもない思考をずっと頭の中でもてあそんでいた。今シズとパーシは一階で談合しているはずだ。食堂を出るときに誘われたが、アルゲは断った。――今日は、そんな気分じゃなかった。


(どうしてかな)


 アルゲは机の前に座り、鏡から眼を背け、窓辺をみている。椅子を逆向きに座り背のところに組んだ腕を載せていた。


 部屋のカーテンはあいている。窓の向こうの夜は色が濃い。昼間、外は広々としていて、晴れやかで、遠くまで見通せると思った。それが夜になると、途端に空気は逆転して、凝った闇が広い草原を押しつぶしている。


(怖い……)


 アルゲは窓辺に立って外を眺めた。鏡に自分の姿があいまいに映る。


 外は丘陵に至るまで木々の一つも生えていない。だからだろうか、空間が黒色に染まり、強烈な存在感をはらんでそこにあるような気がする。


 アルゲは視線を眼下、建物近くに移してここの明かりが外の下生えを照らしているのを確認してから、カーテンを閉めた。朗らかな景色はもうないのだ。


 アルゲはシャワーを浴びた。熱いお湯が心地いい。寒い夜に布団にもぐると、その温かさが普段よりもずっと気持ちよくなるように、今のアルゲはこのお湯の温かさが気持ちよくてたまらない。外が怖い、だから、この部屋の照明とこのお湯に身体が満たされる。


 それをうっすらと自覚しながら、アルゲは自分が情けなく思った。椅子に座り、日記帳を開く。




 2日目。晴れ。

 朝、パーシと外へ出る。眠たかったが別段断る理由なし。外を歩いていると、遠くに小屋を見つけた。彼女と一緒に足を踏み入れたが、特段何も見ずに外へ出た。

 帰ってきてみんなと雑談して暇つぶし。

 昼食後、パーシとシズと一緒に図書室で本を読んだ。

 夕食はスープとパン。スープは、微妙な味だった。おいしいはずだ。いい味はした。でも、わたしは舌が肥えていないから、いきなり変な味でこられると困ってしまう。ダージは相当腕がいいようで、機転を利かせすぎたようだ。

 スコシが夕食時に、地下について見解を演説していた。洗濯機は使えるようだ。発電機はいざとなればつかえるかもしれない、ということだった。

 たしか一階にも、小さな倉庫があったはず。あそこには何が入っている?

 月がきれいだ。

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