31.整形?
「あのさ、マコトって整形してんの?」
「そんな金あったら家賃払ってる」
「だよなーー!」
汗だくになったバッティングセンターの帰り、遅い昼食にラーメンを食べながらソウマはマコトに尋ねた。なんだか少しホッとしたようなソウマに、マコトは言う。
「今時整形なんて、してたってフツーだよ。こんな時代遅れなこと書き込んで俺を攻撃してくるってさ、こいつ結構ババアなんじゃねーか?」
マコトが書き込んだ相手を貶すと、ソウマとカナタが顔を見合わせた。
「いつも悪口書かれてもクールなマコトが…。お前、結構怒ってるな?」
「本当だ。怖い~」
ソウマとカナタがマコトの味方をしないので、何となく腹が立って、俺は二人に言い返した。
「ルッキズムとか言っても、美容整形クリニックってすごい増えてて2000店舗くらいあるんだよ。それだけ本当はみんな、見た目を気にしてこだわってるってこと…。だから、マコトが『整形』って言われて頭に来ても、普通のことだと思う」
「へー、さすが医者の息子だぁ」
「いうこと賢い~!」
以前、医学部でも美容整形医を目指す学生が多いと、父さんと兄さんが話していたのを覚えていた。
俺の話を聞いたマコトは、キョトンとした顔をする。
「俺、整形って言われた事を怒ってるんじゃないよ。俺を貶そうとした事に怒ってたんだ」
「そ、そうなんだ…?」
「うん。でも響が庇ってくれたのは嬉しい。今日は最悪だったけど、また頑張れそうな気がする」
「えっと、また、何を頑張るの?」
「お気に入り登録してくれたら絶対コメント返信チャレンジ」
マコトは笑顔で残りのラーメンを啜った。ソウマとカナタはマコトを見て固まっている。
「やべー、本当にやる気か…?」
「絶対やるよ。超やばいね」
ソウマとカナタはマコトを見て、戦々恐々としているが、マコトはむしろ、すごく楽しそうだ。
ラーメンを食べ終えたらぱっと立ち上がる。
「帰ったら仕事だ!」
「マジでー?!」
「マジだよ。まだ夕方にもなってない」
確かに、まだ三時、おやつの時間だ…。
俺たちは帰ってシャワーを浴びてから、仕事を始めた。マコトとカナタはパソコンを使う仕事。俺とソウマ、キョウはグッズの発送や在庫整理。
作業が終わって夕飯を食べたあとも、マコトはずっとパソコンのキーボードを叩いている。コーヒーを淹れて隣に座ったけど、こちらを見ようともしない。
「まさか本当にやってるの?お気に入り登録してくれたら絶対コメント返信チャレンジ」
「そう。もう始まってる」
やっぱり本気だったらしい。マコトは一生懸命文字を打っている。
「何件くらい来てるの?」
「いいね1200、コメント110件」
まずSNSから動画サイトのリンクをはって投稿し、動画サイトのお気に入り登録をしてコメントをくれたら絶対返信する、というチャレンジだ。
「結構長文のコメントあるね」
「うん…。『マコトくんの足のサイズ何センチですか?』『26cmです』っと…」
しばらく隣にいたのだが、マコトに寝ていいよと言われ、俺は後ろ髪ひかれつつ眠ることにした。
翌朝、起きても朝食の匂いはしない。いつも朝ごはんを作ってくれるマコトが、リビングのテーブルに突っ伏して寝ていたからだ。
どうやら限界まで返信チャレンジをしていたらしい。
そっとパソコンの画面を見てみると、すごい数のコメントが来ている。でも途中から返信が追いつかなくなっていたようだ。
その中で、気になるコメントを見つけた。
『マコトくん整形はどう思いますか』
『ありかかなしかで言えば、あり』
『マコトくんもやってるから?』
『やってない、って今言って、信じてもらえる?』
『回りくどく言ってかわそうとしてる?』
『かわそうとはしてない。けど、整形してもしてなくても俺は変わらないから』
なんかこれ、まずくないか…。
このコメントの後、やっぱり整形なんだ、とか、書き込まれてる。
これってあれか?ひょっとして…!
「マコトくん!炎上してるじゃん!何やってんだよ、もおー!」
寝室からカナタが飛び出してきた。やっぱり…そうだ、炎上してる…!
マコトはカナタの声で目を覚ますと、眠い目を擦り、テーブルの上で上半身を伸ばす。
「カナタ、お前の足のサイズ何センチ?」
「マコトくん!それどころじゃないよ!炎上した上に、登録者ちょっと減ってる…!」
「ええ~~?!あんなコメント来たのに?!」
マコトはパソコン画面を見て項垂れた。昨日、コメントを深夜まで必死に返して登録者が減ったんだから、それは落ち込んで当然だ。
「やっぱり、ルッキズムとか言っても、アイドルには天然美少年でいてほしいんだ。ファンの人たちは」
「そーなんだね。あー、参った」
思わず口をついた俺の一言で、マコトはまたテーブルに突っ伏した。しまった。もっと、慰める感じで言えば良かった…。
「今日は俺が朝ごはんつくるから、マコトは少し寝たら?」
「いや、シャワー浴びてくる。ご飯よろしく」
マコトは立ち上がって、浴室の方へいった。
なんとかマコトの負担を減らしたくて朝食をつくる、っていってしまったけど…。料理、ほぼしたことが無い。でも、最近はよくマコトを手伝ったから、何とか出来る、たぶん。
俺は取り敢えず、カナタの「大丈夫…?」という視線を無視してキッチンへ向かった。
「こういうのどう?!シンデレラフィット、YBIの朝ごはん!」
シャワーを浴びていたマコトが、髪もまだ濡れたまま走って出てきた。また何か、無茶な企画を考えたようだ。
「って、こげくさ!響、お前何したんだよ?!」
「卵、焼こうとして…」
「とりあえず、火を止めて!消火、消火…!」
マコトがキッチンに来て、火を止めてくれた。フライパンの中を見て爆笑する。
「抽選で当たったファンの子の家に行って、朝ごはん作って食べたら、履けなかったズボンが入る的な企画したら楽しいと思ったけど、無理そうだな~」
「そ、そうだね……」
嫌なんで、朝ごはん食べたのにズボンが履けるようになる…?!謎すぎる!
それにしても、まさか卵焼きも作れないなんて、自分でも驚きだ。
ああ…。何も出来ない、じゃなくて、もっと色んなこと出来るようになりたい…。いや、ならないと!
「うわ!やっぱり響くん、失敗してる」
「おいいい!貴重なタンパク質がぁー!」
カナタとソウマもやって来て、失敗を見られてしまった。マコトだけは、何とかなる、と言ってくれた。
しかし蓋を開けてみれば…。焦げた卵を平らげたのはソウマだけだった。




