29.作戦会議
「「「お気に入り登録者数十万人突破記念ライブ?!」」」
驚いた俺たちに、マコトは鷹揚に頷いた。
マコトの『東京ドームへいこう』投稿がかなりの話題になり、今までの地下アイドルファンだけでなく一般の人にも少し認知されたようで動画サイトのお気に入り登録者数が急増した。たぶん、取材先に裏切られて酷い記事をかかれたのに、前向きなマコトの態度が好感を呼んだのだ。
すると、例のプロテインの会社が一転、アンバサダー就任に前向きになったらしい。本来はオンラインの企画のはずが、急遽会場が空いたとかで折角なら客を集めようと言う事になったようだ。
「そう、そこでプロテインのアンバサダー就任を発表する。会場代はなんと、向こうの会社持ち!向こうのSNSがライブ協賛の告知するんだ。プロテインの会員サイトに登録すると、チケット申し込めるって仕組み」
「でも、十万人行かなかったらどうするんだよ?」
「大丈夫、いくから。」
あと五千人足りないと言うのに、マコトは相変わらず強気だ。それ以外の全員が、ため息をつく。
「この間の、マコトの投稿…、二十万いいね!がついて150万インプレッションしたじゃん?SNSのフォロワーも増えたけど、動画サイトの方はなかなか十万人まで行かなかったよね」
「最後の方取材側の批判にいっちゃったもんね~。そこから伸びがイマイチ…」
カナタとソウマはSNSをチェックしながら登録者数の推移を分析している、というか愚痴をいっている。マコトはパンパン、と手を叩いた。
「それいってもしょーがねぇだろ!でもあと少しなんだ!だから何か、策がある人、発言して!」
ソウマ、カナタ、キョウに俺の四人は押し黙った。
「じゃあ、俺言っていい?」
「ひいい!マコト、ちょっと待て、響!なんか無い?!」
マコトの目が座っていたので、きっとロクなことじゃないと、ソウマは俺に意見を聞いた。
「響案の、喧嘩動画は跳ねたじゃん?あれ系の無理しないけど受けるやつなんかない?」
ソウマに俺案が受けた、と言われて嬉しくなった。期待されているし、何かいい案をだしたい。アイドルで受ける企画って、なんだろう……?
「う~~~~ん。なんだろ、ええと、水着写真は?」
「水着?!」
「ソウマは君は、いつもタンクトップだけど、上半身も見せたらもっと凄いってなるかな、って」
「「「「あーーーー」」」」
水着案はみんな、難色を示した。俺の隣にいるマコトが、理由を教えてくれた。
「俺たち未成年だから、肌色が多い写真は禁止、ってことになってるんだ」
「あ、そうだったんだ。ごめん…!知らなくて」
芸能界ってセクハラ蔓延のイメージあったけど、YBIは案外クリーンだ。チェキ会もお触り禁止、肌色写真禁止……。
「十八歳未満の水着は『衣服』扱いで、水着写真だけなら児童ポルノには当たらないらしーんだけど。場所によっては撮影会断られるらしく、社長が念のためって決めたんだ」
「そうなんだ…」
社長…、藤崎由香里はいい人なんだか、悪い人なんだかよく分からない。今どきの、コンプライアンス重視ってことだろうか。
「マコトは何か案あるの?」
「お気に入り登録してくれたら絶対コメント返信チャレンジ」
「却下却下ー!お前、あと何人に登録してもらうかわかってる?!あとちょっとっていっても五千人くらいだぞ?!」
「それにこれまで登録してくれた人も『私も』ってなる可能性ない?腱鞘炎必死、それに、グッズの発送とかもあるし…時間が足りない!また、追加で作ったんだろ?」
「そうだ!急いでもらったから、そろそろ届く!記念ライブに向けて、グッズ売らないと…!カナタ、商品登録の準備と、記念ライブの投稿シェアして!それにYBI恒例の『告発タイム』もやるから、用紙の用意も!」
朝食を急いで食べて、各自仕事に移る。俺も、食器を片付けて発送作業に参加しようと立ち上がった。
すると、電話が鳴る。まか、母さんからの留守電だ。出るつもりは無かったが、余りにしつこいので一度父さんにいって止めさせて貰おうと思った。まだ、期日まで、あと三週間。ランキング発表も三回ある、きっと挽回できる…。
「響の順位も何とかしないとな」
マコトは隣から俺のスマートフォンを盗み見て、考え込んでいる。
「勝手に見るなよ…!」
「ごめん。でも…えーと…一緒になにか策を考えようぜ…?」
「………外、行ってくる」
「響!」
マコトに一緒に考えようと言われたけど、俺はまだ母さんのことを誰かに相談する気にはなれなかった。外で電話しようと思い、玄関へ向かうとマコトに呼び止められた。この間も借りた、薄手のパーカーを渡される。
「日焼け防止に着てけよ」
「あ、ありがとう…」
「あとアイス買ってきて」
「うん…」
マコトにアイス代で千円札を渡された。何となく多い気がする…。
「マコト、心配しすぎ。そんな事しなくたって、響くん戻ってくるよ」
「え…?」
えーとつまり、俺が親からの着信を見ていたから、帰ってしまうか不安になって、自分の物を色々預けたってこと?
珍しくキョウから揶揄われたマコトはそっぽを向いた。どうやら、図星らしい。
「すぐ帰る…!」
俺はマコトのパーカーを着て、マンションの外へ出た。歩いてすぐ近くのコンビニへ向かう。電話を先にしようか迷って、一旦店の中に入った。アイスのコーナーに向かって、二番目の棚の角を曲がると、後ろからパーカーを引っ張られた。
「あれ、シオン…?」
「響…!」
俺が振り向くと、シオンは凄く嫌そうな顔をした。
「えーと…。そういえば、具合悪かったの?大丈夫?」
「別に…。それより何でお前、マコトの服着てるわけ?」
「えっと、日焼け防止で」
何となく本当のことを言うのは憚られた。だって「行かないでほしい」みたいなことだろ…?ちょっと照れてしまった。
「最悪…、間違えるなんて!」
つまり、マコトと間違えてシオンは俺に声をかけたってこと?髪型とか背とか、いろいろ違うと思うけど…。後ろ姿は案外似ている?
よく見るとシオンは可愛らしいエコバッグを持っていた。袋は大きめのもので膨らんでおり、どうやら買い物はもう済ませたらしい。
マコトがいたから、店の中に戻ったんだな?そう考えるといじらしい。
「てゆーか、響…、お前いつまで寮にいるわけ?正式メンバー落ちたら帰るんだろ?」
「まだ、最下位一回目だし、それに八月末まであと三回あるから…」
「無理だよ…。俺は落ちないから」
自信満々に言われて、もやもやした。それはつまり、マコトとシオンの母が『ランキングを操作してシオンを一位にする』って約束してる、ってこと?
せっかくマコトを信じて、YBIとドームに行くって決めたのに…やらせはしないって、嘘ついてたのかよ?
そもそもシオンのソロデビューは本当に、YBIのため…?
シオンは踵を返してコンビニから出て行こうとしたのだが、袋の一番上にタバコが見えたので、俺はシオンを追いかけた。
「シオン、タバコはダメだよ!」
コンビニを出たところで腕を掴み捕まえると、シオンは俺をキッと睨んだ。
「うるせー!離せ!」
でも…、もしYBI警察、いや本物の警察に見つかっても中学生でタバコはまずい!
シオンは俺の手を思いっきり振り払った。衝撃で、エコバッグの中身が落ちる。タバコ、紙袋、お菓子…。
「母さんに頼まれたんだよ!」
つまり、オツカイ的なやつで、自分では吸ってない?
シオンは俺を睨みながら、落ちた物を拾い、今度こそ帰ろうとした。
「何やってんの?響…、シオン?」
マコトがコンビニにやって来た。日焼けするから着ていけといったのに、自分はUV対策なんかしていない。
「何でもない…!」
「おい…!」
シオンは走って行ってしまった。マコトと俺は顔を見合わせる。
「シオンに何かされた?」
「されてない。ただ、タバコ買ったみたいだったから…」
「あ~~…」
「社長に頼まれたって」
マコトはため息を吐いた。この反応、やっぱり、シオン自身が吸っているのかもしれない…。
「電話終わった?」
「う、うん…」
電話はしていなかったけど、もう、しなくてもいいかなと言う気になっていた。少なくとも今は。
「アイス買った?」
「まだ」
俺とマコトは箱のアイスを買ってコンビニを出た。アイスは箱で五百円くらい。やっぱり千円は多すぎた。
「そんなに俺、どこか行きそうだった?」
「色々嫌な目にあわせてるし……。それに自分の持ち物だけだと、そのままどこにでもいけるからさぁ…」
「……大丈夫だよ、YBI背負ってるから」
マコトはアイスを齧りながら、目をぱちぱちさせた。いや、冗談だけど…?
「そうだった~、いま最下位で、研修生に落ちそうだけど!」
「まだ始めたばっかだから、仕方ないよ…!いつか…」
いつか、…最高になる。きっと…!
父さんに頼るのはやめよう。実力で正式メンバーになって、黙らせてやる。
笑ってるマコトとアイスを齧りながら帰った。ほんの数分だけど、八月の今は焦げそうなほど暑い。
マンションの玄関ホールを通り、階段を登って部屋のあるフロアに着くと、何故か玄関が空いていることに気付く。宅急便だろうか…?
「おいっ、マコト~!」
ドアからひょっこり顔を覗かせたのはソウマだ。焦った顔のソウマは手をバタバタさせて、マコトを手招く。
急いで廊下を走って、玄関の前まで行く。玄関の中で待っていたのは、知らないお婆さん。でもマコトは知っているようで、見るなり顔を顰めた。
「マコトくん、社長どこ?家賃が入金されてないの」
「家賃が払われてない?!嘘だろ…!」




