第3話 都庁訪問と廃墟の魔法 2018.4
東京都知事と知り合いになりました。
翌朝。マモルは豪華なホテルのスイートルームに来ていた。
猫耳のマーガレットは、猫のように丸まって眠っている。筋骨隆々の大男、ガルドは大きなベッドで、まるで石像のようにピクリとも動かず寝息を立てていた。
リリィはすでに起きており、ベッドの上はもぬけの殻だった。
「おはよう、マモルさん」
振り向くと、リビングのテーブルでリリィが紅茶を飲んでいた。広げられているのは、大手新聞と三田部長から渡された地図や観光ガイドのような資料だった。
「おはようございます。昨日は本当に、驚きの連続でしたよ」
金塊を商社に売却し、銀行口座やスマホを用意してもらい、一夜にして約6億円を得た異世界の冒険者たち。マモルはそんな不可思議な人々にガイド兼サポートを依頼されていた。しかも日給3万円という、今までのフリーター生活では考えられない高待遇だ。
マモルはテーブルに腰を下ろした。
「早速だけど、今日はこの後、都庁を訪ねる予定よ。三田部長から連絡があったわ」
「えっ、もう都知事に会えるんですか? すごいなあ、菱紅商事のパイプって本当に太いんですね」
その時、部屋のドアがノックされる。
「失礼します、ルームサービスです」
現れたのはスーツ姿の若い女性だった。肩までの黒髪をまとめた清潔感あるポニーテール。キリッとした目元と、柔らかい口元が印象的だ。ネームタグには「シノブ」と記されている。
「お待たせいたしました。本日の新聞をすべてお届けいたしました。朝日、読売、毎日、産経、日経、東京新聞、さらにスポーツ紙各種もございます」
新聞を丁寧に並べたあと、今度はガイドブックの束を取り出した。
「こちらは東京観光の最新ガイドです。地図、レストラン、ショッピング、観光名所、交通情報まで揃っております」
「おお、助かる! まさかこんなに揃うとは」
さらに彼女は、小さな箱をリリィの前に置いた。
「リクエストいただいていたコンビニスイーツです。話題のシュークリーム、チーズケーキ、それに新発売のいちご大福ロールケーキを揃えました」
「ありがとう、シノブさん。素晴らしい仕事ね」
「いえ、コンシェルジュを目指しておりますので、お客様のご要望には迅速にお応えできるよう心がけております」
「へえ、コンシェルジュ志望なんですね」
マモルは感心しながら、彼女の動きに見入っていた。その落ち着きと丁寧さは、ベテランのようでいて、若々しい柔軟さも感じられた。
「朝早くから大変ですね」
「はい。でも、この仕事が好きなので、苦になりません。お客様が満足されるのが何よりの喜びです」
リリィはその言葉に興味を示したようだった。
「素晴らしいわね。あなたのような人がいれば、どんな宿泊施設でも最高の滞在になるわ」
「恐縮です」
シノブは一礼し、静かに退室した。
「いい子だな……」
マモルが呟くと、リリィも微笑みながらスイーツを手に取った。
「ええ、とても優秀ね。将来、有名なコンシェルジュになるかもしれないわ」
そんな朝のひとときが過ぎていった。
「よっこらしょ。ニャ」
猫のように丸まっていたマーガレットが、ぴんと猫耳を立てて大きく欠伸する。
続いてガルドも目を覚まし、ゴキゴキと関節を鳴らして立ち上がった。
「おお、朝か。今日は都知事とやらに会うのか?」
三田部長から、三人分の“外出用の服”が届いていた。仕事が早い。
「どう? おかしくない?」
白いブラウスに黒のスーツとスカート姿のリリィは、どんな服も完璧に着こなしてしまう。
マーガレットはカジュアルな服装で、猫耳も尻尾も隠すつもりがないようだ。ズボンにはしっぽ用の穴があいていて、多少目立つが“コスプレ”と思われれば問題ないかもしれない。
「どうしても胸元がきついな」
ガルドは特注の大きなスーツを着ているが、プロレスラーにしか見えない。
商社の送迎車で都庁へ向かい、ビルのエントランスでは三田部長と数名の職員が待っていた。
「リリィさん、ようこそ。都知事も興味を持たれていて、お時間をいただけることになりました」
都庁の奥へ案内され、応接室に通される。そこにはスーツ姿の威厳ある女性、東京都知事の大宮が、職員数名を従えて待っていた。報道陣はおらず、完全なクローズド会合のようだった。
「ようこそ、異世界からの訪問者の皆さん。私が東京都知事の大宮です。まずは歓迎を申し上げます」
都知事は優しく微笑み、軽く頭を下げた。商社からの情報で半信半疑だったに違いないが、表情に疑念は見えなかった。
「私たちはこの世界の秩序を乱すつもりはないわ。ただの旅行者よ。金塊の売却は、こちらの通貨を得るためだったの」
リリィが静かに語ると、右手にウォーターボール、左手に光の球を出現させ、すぐに消した。
都知事は驚きを表には出さず、視線だけが鋭くなった。
「旅行……なのですね」
「ええ、休暇中なの。文化を学んで、美味しいものを食べて、旅先で友人も作りたい。ちなみに私は回復魔法が得意なの」
リリィが手をかざすと、光が応接室の全員に伝わっていった。
警護のSPが身構えるも、都知事が合図で静止する。
「あら、肩のこりがなくなったわ」
「おっ、打ち身が消えてる!」SPたちも驚いていた。
笑いがこぼれる中、都知事が尋ねた。
「この国の総理大臣にもお伝えしましょうか。旅行とはいえ、何かお力添えいただけるのなら」
「新聞で見たけれど、福島原発の後始末。あれなんてどうかしら?」
「福島は東京都外だけど、東京電力本社があるので無関係ではないわね。後始末とは?」
「全てのがれきを安全に消し、更地にして差し上げます」
「本当にそんなことが……?」
「私たちの魔法なら可能よ」
都知事はしばらく考えた後、立ち上がった。
「分かりました。まずは実演をお願いしたい。地下のゴミ収集所へ行きましょう」
一行は地下へ移動し、大量のゴミが積まれた収集所に到着。
「これを消してみてください」
「ガルド、お願い」
ガルドが両手をかざすと魔法陣が現れ、ゴミの山は一瞬で消滅した。
「信じられない……本当に消えたわ」
都知事は呆然としながらゴミがあった場所を歩き回り、SPたちも周囲を確認していた。
「もう一度、廃屋を撤去してもらいましょう。今度は撮影して」
一行は都内の下町に移動し、取り壊し予定のビルの前に立つ。
「この物件を撤去して」
「ガルド、お願いね」
再び魔法陣が発動し、ビルは徐々に消えていった。ガルドは額に汗をかきながら、ポーションを飲んでいた。
(簡単に見えて大変なんだな……)
「すごすぎる……がれきも出ないなんて」
「これは“虚無魔法”。物質を虚無空間へ送り、完全に消滅させるのです」
「平和利用だけに使ってほしいわね。福島原発廃炉問題は国の課題。総理に紹介しましょう。ただし、混乱を避けるため慎重にね」
「理解しています。ご協力、お願いします」
リリィが微笑みながら都知事と握手を交わす。
その夜。マモルは自宅に戻り、ニュースを確認していた。「一日で消えた廃屋」の動画がSNSで爆発的に拡散され、オカルトとして話題になっていた。
(3万円もらってるけど、僕……役に立ってるのかな)
動画を眺めながら、ふと思いついた。
「そうだ!」
マモルはパーティ専用の動画チャンネルを作るべきだと考えた。明日、リリィに提案してみよう。