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第1話 公園で素敵なハミングが聞こえる  2018.4

リリィが東京にやってきました。マモルとの出会いです。

 東京の春、休日の昼下がり。晴れ渡った青空のもと、大きな公園の芝生では、家族連れやカップル、友人同士が思い思いに休日を楽しんでいた。そんな中、一人の女性がベンチの近くに立っていた。


 見た目は二十代後半。黒髪に黒曜石のような澄んだ瞳を持ち、常に静かに微笑をたたえた長い髪をゆるやかに束ね、穏やかで優しい雰囲気をまとっている。白いブラウスにロングスカートという、飾り気のない装い。まるで、彼女を中心に空気が静かに巡っているかのようだった。


 彼女はにこやかに微笑むと、どこか懐かしい旋律をハミングし始めた。澄み切った声には、聴く者の心をそっと抱きしめるような優しさがあった。最初は遠巻きにしていた人々が、吸い寄せられるように彼女のもとへと集まり、耳を傾け始めた。


 あっという間に人だかりは増え、気づけば百人以上が芝生に座り込み、静かに聞き入っていた。有名歌手の路上ライブでも始まったかのような光景だった。


 ギターケースを持った青年が、戯れに帽子を彼女の足元に置いた。次々と、小銭や紙幣が自然にその中へ投げ入れられ、パフォーマンスの対価として集まり始める。


 スマートフォンで撮影する人もいて、動画がネットにアップされれば、きっと大きな反響を呼ぶに違いなかった。


 曲が終わると、拍手と歓声が湧き起こる。だが彼女は、帽子に目もくれず、静かにその場を離れようとした。


「ねえ、お姉さん、お金を忘れてるよ。帽子は僕のだけど、中のお金は君が受け取るべきだろ」


 声の主はギターケースを抱えた青年。二十代前半といったところで、誠実そうな笑顔が印象的だった。


 彼女が振り返ると、青年は慌てて帽子を差し出した。


「すごく優しい歌声だった。歌手なの? 君の名前を教えてよ。僕はマモルっていうんだ」


 彼女は少し考え込み、首をかしげる。

「名前は……うーん、よくわからないわ」


「そっか。有名人かと思ったけど、名前は言えないってことなんだね。じゃあ、なんて呼べばいいの?」


「リーダー、とか呼ばれてた気がするわ」


「リーダー? バンドのボーカルでリーダーだったのかな? 他のメンバーはどこにいるの?」


「うーん、ぼんやりしてて、全然分からないの。それより、喉が渇いたわ。お腹も空いたし」


 マモルは困ったように笑った。

「それなら、このお金で何か食べようよ。ちょうどキッチンカーが出てるから、コーラとハンバーガーでも買おう」


 二人は近くのキッチンカーでコーラとハンバーガーを買い、ベンチに腰を下ろす。彼女がハンバーガーを一口かじると、目を輝かせた。


「これ、すごくおいしいわね。飲み物もシュワシュワして、不思議な味」


「生まれて初めて食べたみたいな感想だなあ」


「そうね。初めて……って気がするわ」


 マモルは思わず笑ってしまう。

「お姉さん、いろいろ不思議な人だなあ。お金にも無頓着みたいだし」


「これが、この国のお金なのね。コインと紙ね。すごく凝った作り」


「えっ、外国人? でも日本語うまいよね」


 彼女はハンバーガーを手にしたまま遠くを見つめる。

「そうね。今、記憶のアーカイブ中なのよ。百年ごとに記憶を圧縮して、容量を増やしてるの」


「それって、SF小説みたいな話だな」


「公園で歌ってたのも、記憶整理中にリラックスするため。もうすぐアーカイブが完了すると思う」


「そ、そうなんだ。いま作った話にしては手が込んでるというか……」


「作り話じゃないわよ」


「じゃあ話を変えるね。歌手じゃないなら、何の仕事をしてるの?」


 彼女は包み紙を畳みながら楽しげに答えた。

「冒険者、といったところかしら」


「今度はファンタジーっぽいな」


 その時、突然目の前の空間がゆがみ、大きなドアほどの円形の魔法陣が現れた。次の瞬間、プロレスラーのような大男と、可愛らしい猫耳の少女が出現した。周囲の人々は気づいていないようだった。


「リーダー、美味しいもの食べるなら呼んでくださいニャ〜」

 猫耳の少女が頬を膨らませて言った。


「さすがリーダー。アーカイブ中なのに、もう現地の協力者と食事ですか。手際がいいですね」

 大男は腕を組みながら感心したように言う。


 その二人の様子から、彼女の仲間だとマモルにもすぐに分かった。


 マモルは茫然としながら、彼女の言葉がすべて真実なのかもしれないと直感していた。彼女たちは異世界の冒険者なのか。


 そして、自分はその“異世界人”たちに巻き込まれてしまった“現地の協力者”なのかもしれない。


 逃げようとしたマモルだったが、大男がじっと見ているため動けなかった。まるで蛇に睨まれたカエルのようだった。


 猫耳のマーガレットが、リリィの腕を取り、こっそりと囁く。

「リーダー、未来の私が、この人間は仲間だって言ってます」


「えっ、本当に? そんな偶然ってある?」


 リリィはまっすぐマモルを見つめ、やさしく微笑んだ。

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