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12 空気の変化



 王宮の中に何か甘酸っぱい空気が流れ始めていることに、誰よりも早く気付いたのは執事長のジャイロだった。


 日課である体操を済ませて、さて今から朝食の出来具合を確認しに行こうと窓の外を見たとき、彼の目は信じられないものを目撃した。


 そこにはジョギングなど軽い運動を終えて建物の中に戻って来るセオドアの姿があった。それはいつも通りの光景で、彼の朝は食堂の料理長に次いで早い。


 問題はその表情だった。


 なんと、笑みを浮かべていたのだ。

 それもただの笑みではない。何かを慈しむように穏やかな微笑みを浮かべた様子は、彼を年相応の若者に見せた。というのもセオドアは執務を行う際は鬼のような形相になるため、家臣たちから恐れられている。


(………なんということだ、)


 あわや腰を抜かしそうになりつつ、すぐさま窓際から離れる。そしてジャイロは、自分が見た光景、辿り着いた推測を誰にも話すことなく胸に秘めることを小さく誓った。





 ◇◇◇





「デイジーお嬢様、先ほどから何を作ってらっしゃるのです?」


 ぴょこんと顔を覗かせたペコラが問い掛ける。

 デイジーは手元を広げて中のものが見えるようにした。


「………何かの…呪物ですか?」


「いいえ、セオドア様の人形よ」


「え?どうしてまたそんなものを?」


 デイジーは糸を引っ張って裁縫用のはさみで断ち切ると、小さな人形を摘み上げた。多少出来栄えは良くないかもしれないが、彼女にとっては満足だった。


「何かプレゼントしたくって」


「こ……これをあの殿下に?」


「そうよ。彼の部屋って殺風景だから、飾るものでもあれば賑やかになるかなと思ったの。可愛いでしょう?」


 ペコラの後ろから身を乗り出したエミリーが「んぶっ!」という奇妙な声を上げて口を押さえた。そのまま肩を震わせ始めたのでデイジーは腰に手を当てる。


「もう、笑わないでってば!何事も心を込めれば相手に通じるとお母様が仰っていたわ。少し不恰好だけど、セオドア様は気に入ってくださるはずよ」


「お嬢様………」


「お言葉ですが、あの男に人の心を期待しない方が良いと思うのです。以前お作りになった焼き菓子も断られたではありませんか!」


「あら、あの後作ったマドレーヌは食べていただけたわ」


「えっ!?」


 驚いた顔を見せる侍女たちを見て「これは秘密だった」と口元を覆ってデイジーは笑う。


 その様子にはバーバラすらも面食らっていた。

 いつのまにか、自分たちの知らないうちにシャトワーズ家の令嬢は自分の手で婚約者に近付こうと奮闘していたのかと、感動すら覚えた。



「お嬢様の健闘をお祈り申し上げます」


「どうしたのバーバラ?随分と改まって…」


 ケロリとした顔のデイジーが首を傾げる。

 年長の侍女はテーブルの上に置かれたカレンダーに目を向けた。可愛らしいハートがピンク色のペンで描かれているのは、来たるべき結婚式の日。


 なんとしても最高の一日にしなくては。



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