33:誰だこの可愛い子は
目を覚ましたのは、もうお昼が近い時間だった。
さ、さすがに寝すぎたわね。
「もう、起こしてくれればよかったのにぃ」
「でもお嬢様がお休みになったの、明け方近くでしたし。魔力も消耗しきっていましたから、アッシュ卿が自然に目が覚めるまで寝かせておくべきだって仰ったので」
「アッシュ卿に相談したんだ~。んふふぅ」
「な、なんですかお嬢様。そ、その目はなんですか?」
なんでもないよーだ。
「つまりローラさんは、アッシュ様のことがお好きなのですね」
唐突にリィナがそう言いながら部屋へとやって来た。
これにはローラも気が動転してあばあば言っている。
その通りよリィナ!
「リリ、リ、リィナさん、どど、どこ、どこ行ってたんですか!?」
「ルシアナ様がお目覚めになったことを、グレン様にお伝えしに行っておりました。ご昼食をご一緒されるそうです」
「グレン卿が? 公爵様は?」
「公爵様もご一緒です」
だったらちゃんと支度しないと。
支度を終えた頃、ちょうどグレン卿が尋ねて来た。
「からだは大丈夫か? 頭痛がしたりはしないか?」
「えぇ、たっぷり寝たから平気よ、グレン卿。魔力切れのあと、頭痛を起こしたりするの?」
「そういう時もある」
「頭痛薬で押さえられたりは?」
その質問にグレン卿は首を振った。
こればかりは休むしかないんだって。覚えておこう。
「じゃあ食堂へ行くか」
「公爵様はもうお越しなの?」
「いや。あいつも遅くまで起きていたからな。さっき起きたばかりだ」
そりゃそうよね。街の近くで魔獣の群れが出たんだもの。
領主である公爵様がのんびり寝ていられる訳ない。
逆にあんな状況で寝ていたら、最低領主ってことね。
「朝も食ってないんだ。腹がへっただろう」
「う……す、少しね」
本当は結構空いてます。
「あいつが来る前に、少し摘まんでおけ」
グレン卿ってば、公爵様のことをあいつ呼ばわりしてるけど。
もしかしてグレン卿って公爵の隠し子!?
もしくは弟とか……。
確かリュグライド公爵様って、独身だったわよね。
年齢は三〇代半ばだって聞いたような。
うん。隠し子の線はなさそう。
じゃあ年の離れた兄弟なのかしら。
食堂に到着すると、なんともあま~い香りが漂ってきた。
「お疲れでしょうから、まずは甘いパンケーキなどいかがかと思いまして」
柔和な笑みを浮かべた執事がそう言って椅子を引いてくれる。
パンケーキ!
美味しそうぉ。
「ありがとう。でも公爵様がいらっしゃる前に、食べてしまってもいいのかしら?」
「構いません。先ほどお目覚めになられたばかりで、今しばらく時間が掛かりそうですから」
「あいつは寝起きが悪いんだ」
「左様でございます。公爵様はお目覚めになられて、三〇分ほどはぼぉっとしておりますから」
低血圧なのね。
それなら先に食べさせて貰らおうっと。
それを見越してこのパンケーキなんだろうな。
少し小さめで、クリームやフルーツのボリュームも少なめ。
「いただきます」
パンケーキにフォークを入れると、それだけでふわっふわなのが分かる。
「んん~、美味しい」
「それはようございました」
甘いんだけど、くどくない。
生クリームがくどいと、少量でも胃にずしっとくるのよね。
でもそれがないから、パンケーキを完食したあとでもまだ食べられそう。
という訳で完食。
「美味しかった」
ふと、グレン卿がこっち見てるのに気づいた。
こっち見て、笑ってる?
はっ!? も、もしかして私、がっついちゃってた?
はしたなかった?
いや、まさか!
ほっぺたに生クリームついちゃってるぅ!?
慌ててナフキンで口元、頬っぺたも拭いてみたけどクリームはついてない。
「グレン卿……えぇっと、なにか?」
「……ん?」
「いや、グレン卿、笑ってるし」
「俺が? そんなはずはない」
えー……自覚なしぃー?
「グレン様、にやついておられましたよ」
「そう! にやついてたのっ。ん? にやついて?」
執事の言葉をオウム返ししちゃった。
笑ってるのもニヤつくのも同じ、よね?
「に、にやついてない」
「いえ、にやついておりました」
「ちがっ」
「パンケーキを用意するようにと仰ったのは、グレン様なのですよルシアナ様」
え、グレン卿がパンケーキを?
食べたかったの?
「待たせたな」
バンっという音と一緒に入って来たのが、グレーの髪の背の高い男の人。
ピーンと跳ねた髪は寝ぐせですか?
もしかしてこの人が公爵様?
目線をグレン卿に向けると、こちらの意図が分かったのか頷いた。
三〇代半ば?
半ば?
え、どうみても二〇代半ばに見えるんだけど。
「あー、腹減った。ジャスワン、飯」
「はい、公爵様」
腹減った? 飯?
公爵様が、そんな口調?
あ、グレン卿のあのぶっきらぼうで少し乱暴な言葉遣いって、公爵様譲りなのね。
「リュグライド公爵様、このたびは突然の訪問をお許しくださり、ありがとうございます」
「ん? んー、おいグレン、誰だこの可愛い子は」
えぇー。もしかしてグレン卿が勝手に私を連れて来たってオチなの?
そのグレン卿は表情ひとつ変えずに公爵を見てる。
「わざとだろ」
ん? わざと?
「……お前、少しは付き合えよ」
「断る。ルシアナ、この男はこういう奴だ」
「えぇー……」
「うぅーん、なかなかいい反応だ。ようこそ、ルシアナ嬢。飯の後にロウニュウト城塞について話し合いたいが、いいかな?」
ロウニュウト城塞。あ、別荘のことね。
こっちでは城塞って言われてたのか。
つまりそういう意味合いでここでは使われていたってことね。
そりゃ公爵様が買い取りたいはず。
「分かりました。ただ私もお城には一度も行ったことがないので、実際にこの目で見てみたいのですが」
「そう聞いている。明日、ロウニュウト城塞へ行く」
「明日、ですか?」
でもここから別荘まで、数日かかるんじゃ?
口ぶりだと、公爵様も一緒のようだし……。大丈夫なのかしら。