21:呪いの効果が
「ではこちらの物件は、白薔薇の殿方が金貨12.500枚での落札となります」
オークション会場ではみなさんに、それぞれ異なる花を胸に刺して頂いた。
この時点では、私もいったい誰が落札者なのかは分からない。
落札してくださった方には別室に移動して貰い、他の方にはご挨拶をし、お土産をお持ちいただいて帰って頂く。
もちろん、他に売却予定の別荘の事を伝えて。
それとは別に、ある方にも残って頂いた。
最後までロジックの絵を、ずっと眺めていらした方に。
まずは白薔薇の殿方っと。
「まずは御落札、ありがとうございます」
「いやいや、素晴らしい買い物をさせて頂いたよルシアナ令嬢」
そう言って仮面を外す。
「まぁ、シュトアック侯爵様でしたか」
「おや、仮面を外すまで、お気づきではなかったですかな?」
「ふふ。その為の仮面でもありますので。それに侯爵様、以前お見掛けした時と、髪型をお変えになられていますよね?」
「はっはっは。どうせならと思ってね」
ほらぁ、髪型でも区別できないように、気合いてれるじゃなぁい。
確かにねぇ、何人かは髪型で「きっとあの方だ」と分かるぐらいの人もいたのよ。
でもシュトアック侯爵は分からなかったわ。
「侯爵様、こちらは土地、そして建物な内装品の権利書になります。いくつかは鑑定書もございますので、ご確認ください」
美術品には鑑定書がついたものもいくつかある。そのせいで書類の数が多い。
それらを全て確認して頂くと、あとはサインをして貰うだけに。
「それとこちらなのですが……」
と、追加の書類をもう一枚出す。
「あぁ、分かっているよ。この屋敷で働いている使用人を、そのまま雇用してくれというものだろう」
「はい。どうか、よろしくお願いいたします」
「もちろんだとも。わざわざ新しく雇用する方が、面倒だからね。それにこの人数だと、必要最小限といったところか。問題はない」
「ありがとうございます」
これで彼らを路頭に迷わせることもない。よかったわ。
もろもろのサインを頂いた後、ついにお金の話に──
「金のほうはカイチェスター家の銀行口座に振り込むべきかな? それとも屋敷のほうに?」
「いいえ、お金は頂きません」
「……は?」
侯爵が驚いた顔をする。
もとより、落札したお相手によってお金を頂くかどうかは決めていたの。
そしてシュトアック侯爵からは──頂かない。
「正確には、我が家がシュトアック侯爵様よりお借りしている金子。その代わりだとお考え下さい」
「ふむ、なるほど。いや、もしやその為に別荘を売りに出しているのではとは思っていたのだ」
「これまで多大なご支援を頂き、まことにありがとうございます。金子でお返し出来ないこと、お詫び申し上げます」
「いやいや。この別荘の代金は、私がカイチェスター侯爵にお貸しした金額より、僅かだが多いはずだ。差額は──」
「いいえ。ご迷惑をお掛けした分だと思って、そのままお受け取りください」
ここは誠意を見せるべきところ。今後も父や、いつか爵位を受け継ぐクリフとも、いいお付き合いをして頂きたいもの。
暫くお互いに「差額を払う」「いりません」と譲らず、でもこれは社交辞令。
シュトアック侯爵が最後は折れた。
ふぅ、これで借金が一つ消えたわ。
さて次ね。
侯爵を見送った後、お待たせしているもうひとりの方の下へと急ぐ。
けれど、その前に廊下でぽつーんと佇む人影を見た。
つま先から頭の上まで真っ黒。仮面の色まで真っ黒。
「真っ黒くろすけさん、どうなさったのですか?」
ちなみに胸ポケットに刺した花は、赤紫色のアスターという花。
残念ながら黒い花はなかったから、きっと仕方なく選んだのね。
「まっくろ……ん?」
「あぁ、気になさらないで」
真っ黒くろすけなんて、この世界の人が知ってる訳ないもの。
「どうかなさったのですか、グレ──アスターさん」
「アスター?」
「あら、そのお花の名前、ご存じじゃなかったのですか?」
グレン卿がこくりと頷く。
適当に選んだみたいね。
「その花は、うちの庭師が私の瞳の色と同じだからって、好んで育てているんです」
「あぁ、同じだ」
「アスターさんの瞳と同じ色の花は、ありませんものね」
黄色の花はいくらでもあるけど、ファンタジーなこの世界でもさすがに金色はなかった。
「それで、どうなさったんですか?」
「あ、あぁ……」
なんだろう?
グレン卿は考えるようなそぶりを見せたあと、私の方に向かって歩いて来た。
目の前で立ち止まる。
うぅん。私、背は低い方じゃないんだけど、彼が凄く長身なせいで壁に見えてしまう。
真っ黒い壁。
「ロウニュ……」
「ロウ? あぁ、もしかして北部の別荘ですか? あのお城みたいな」
グレン卿が頷く。
もしかして今日参加したのは、この別荘が目的ではなくあの北部の?
「一応、売却予定にしておりますが……」
でもあの別荘は、ベンジャミン皇子が第三皇子に話しをしてくれるって仰ってたし。
どうしよう……。
「もちろん俺が買う訳じゃない。俺の知り合い……いや、世話になっているリュグライド公爵だ」
「リュグライド公爵? それなら!」
ベンジャミン皇子も仰っていた。第三皇子の後継人であるリュグライド公爵が興味を持つだろうからって。
そっか。グレン卿も公爵様とは顔見知りなのね。
「実はベンジャミン皇子が、弟君を介してリュグライド公爵に話しをしてくださることになっていたの。でもあなたからも勧めてくださるなら、きっとあのお城も売れると思うし」
「やつ……皇子が? そう、か……」
「ん、どうかしたの?」
仮面のせいでまったく表情が分からないけど、声色からして少し不機嫌かも?
「いや。公爵には俺から伝えてやる」
「本当!? 北部の別荘なんて、きっと他の方だと入札すらしてくれないと思っていたから助かるわ」
「一度も、行ったことがないらしいな」
「えぇ。だって北部は遠いもの」
ここから馬車で半月近くは掛かるという。
遠いし、寒いし、それに──
「魔獣も多いんでしょ?」
その言葉にグレン卿が頷く。
いくら別荘があるといっても、気軽に行ける場所ではない。
でも、ベンジャミン皇子と婚約破棄をしたあと、傷ついた心を癒すのにいい場所かもしれない。
極寒の地が、まさに……ね。ふふ。
「あ、公爵様にお手紙を書きたいのだけれど」
「ベンジャミン、殿下のパーティーの時にでも預かろう」
「ではその時に。それじゃあ私は、お待たせしている方がもうひとりいらっしゃるの。ごめんなさい」
「あ、あぁ。引き止めて悪かった」
そこは全然気にしてないから。むしろ公爵にあのお城を紹介してくれるっていうなら、とっても有難い。
あそこじゃ買いたいっていう人もそうそういないだろうし、いてもご案内するのだって難しいもの。
「グ、アスター卿、今日はお越しくださってありがとうございます」
優雅にお辞儀をすると、珍しく彼も貴族然とした会釈を返してくれた。
背が高く、仮面を着けていてもカッコよさが滲み出ている彼には、こうした貴族っぽい仕草も良く似合い。
今度のパーティーで、いったい何人のご令嬢たちに囲まれるのか数えちゃおうっと。
「大変お待たせしたうえに、ご足労頂きありがとうございます」
「……あぁ」
向かいの席に座るのは、エギュエット男爵様。
この方にお見せしたい品があり、本邸までご一緒して頂いている。
ちょっと不機嫌そうなのは、ロジックの絵画を手に入れられなかったからだろう。
「男爵様は、帝国貴族きっての絵画好きだと父からも伺っております」
「私もそう自負している」
なのにロジックの絵を手に入れられなくて、拗ねているというところかしらね。
確かに男爵にとって、あの絵はどうしても手に入れたい品だっただろう。
だけど邸宅込みで購入できるほど、男爵の私産は潤っていない。
まぁ、その原因の一端が我が家にあるのだけれど。
男爵家には、我が家所有の鉱山で手に入った鉱石の加工を専門に請け負って貰っている。
だけど崩落続きで採掘量が激減しているから、男爵家に回せる仕事量もおのずと減っる訳で。
呪いを解除したものの、その効果が現れるのがいつになるか。
本邸へと到着し、すぐさま男爵を応接間へとお通しした。
そこにはお父さまが待っていて、気のせいか、なんだか機嫌がいいように見える。
何かあったのかな? あとで聞いてみよう。
「おぉ、エギュエット男爵ですか。やはりルシアナはあなたを選んだようですな」
「私を、選ぶ? いったい何を見せたいというのでしょうかな?」
見せたい物。それには紫色の布を被せてある。
その布を捲って、男爵に見て貰った。
「こ、これは!? ロジックの絵……しかもこれは、彼が生涯でただ一人愛した女性を描いたものでは!?」
「おぉ。男爵は一目見てそれと分かりましたか? いやぁ、わたしなどは絵画の知識がないもので、巧いなぁという感想しか出ませんよ。はっはっは」
右に同じく。
この絵は、街にある共同井戸で水を汲む女性が描かれている。
生命力にあふれた、とても綺麗な人だとは思う。
素人目には「とても巧い絵」と思う程度。
「鑑定をしましたら、贋作ではなくロジックのオリジナルだったもので。こちらも画廊の主人に、鑑定書を発行して頂きました」
鑑定書を男爵に手渡すと、彼は絵と鑑定書とを何度も何度も見比べた。
その顔は喜びに満ちている。
「こ、この絵はどこで手に入れたものなのですか?」
「あぁ、実はあの別荘の贋作とこの絵はセットで買われたものなのですよ。わたしではく、父がね」
「侯爵のお父上ですか?」
「えぇ。わたしの父が地方へ行った際、屋敷に飾る絵の一枚でも買おうかと画廊に立ち寄ったそうで」
そこで店主が執拗にゴッゴの絵画を勧めてきた。
あまりにしつこいから、逆に怪しいと思ったらしく。すると画廊の主人が、この『愛しき乙女の日常』も付ける、と言ってきたそうな。
「かれこれ五十年と少し前の話だそうで」
「なんと! ロジック画家が、まだ存命だった時代では?」
お父さまが頷く。
そう。まだロジックの素晴らしさが世に知らされる前に、おじい様は彼の絵を手にしていた。
ひとつは贋作で、もう一つか彼のオリジナルを。
「この絵を、是非男爵にお譲りしたい」
お父さまはそう言って、男爵の手を握った。
「この数年、男爵にはご迷惑をお掛けした。その償いとして、また……あなたからお借りしている金子の代りに受け取って頂けないだろうか?」
「侯爵にお貸している金額は、そうたいしたものではありませんっ。このロジック画家の絵は、今世紀最大の発見と言えるような品ですよ!?」
「いやぁ、絵のことはさっぱり分からないわたしには、ただの上手な絵ですよ。はっはっは。それに男爵」
ここでお父さまが机の上に置いてあった紙を持ち出した。
「これから忙しくなるでしょう。そのことも含めて、ぜひ、これからもわたしに力をお貸しいただきたい」
そう言ってお父さまは笑った。
男爵が紙を見つめ、そして驚いたように顔を上げる。
何が書かれているのかしら?
「侯爵様、やりましたね!」
「あぁ、数年ぶりに黒字に転じるかもしれないですぞ」
黒字? 鉱山でなにかあったのかしら。
内容を見ようと顔を覗かせると、男爵が満面の笑みを浮かべてこう言った。
「新しい鉱脈が見つかったそうですよ、ルシアナ嬢」
それは、呪いの効果が完全になくなったことを意味する言葉だった。




