崩落水没から生き延びる方法は鋼の手から大魔術を放つこと
鋼が印をした可能性行使証から、暖かな契約の光が溢れ、鋼とエリアを包みこんだ。
借金の能力を用いて借り受けたのは『ミルニャの契約能力による、鋼とエリアの契約』である。
奴隷契約ではない。鋼の能力の範囲に含むための、家族契約ともいうべきものだ。
二人を包んだ光は、ゆっくりと染み込むように二人の中へ溶け込んでいく。
ここに契約は交わされ、二人は共に生き抜き、共に目指す存在となった。
突然見えるようになった妖精の姿に驚く暇などない。突然聞こえるようになった妖精の声と鋼とのテレパシーに躊躇する暇もない。
すでに水没した鋼に、自由に動けるエリアが口移しで二度目の酸素を供給する。
さすがの鋼も、呼吸をしなければ死ぬ。多分死ぬはずだ。
残る工程はたった二つ。酸素の供給が済み次第、素早く次の能力行使に移った。
次なる能力は、口約束による『情報』の取得。
口に出されぬ口約束によって行使された力が、ハガネに必要な情報を与えた。
その情報を元に、さらに次の、すなわち最後の能力行使を始める。
(ゆくのだぞ)
(お願いしますよ)
首以外で、唯一動く鋼の左腕。
先ほど得た情報に従い、手首を捻って手のひらを一方へ向ける。
手がぶれないように、あるいはイメージを合わせるために、エリアが後ろから支えるように手のひらを添えて。
(妖精さん。先ほどお話した、二つ目の口約束を借り受けますよ)
(セイミなんだわ。
了解、可能性の行使を許可するわ)
口約束に、サインや行使証は必要ない。
水中に没して、もはや口から声を出すことさえ叶わぬが。口約束の審査は問題なくクリアされた。
(ボクが協力するのだから、絶対に成功させてみせたまえ)
三度、唇を重ねて、酸素と共にエリアの信頼と決意を受け取る。
わずかに顔を動かして頷いて見せ
(いきますよ。魔術、発動)
魔力のうねりも、魔術名を叫ぶこともなく。もちろん、一時間におよぶ詠唱を行うこともなく。
静かに、あっさりと。鋼の手のひらの先より、口約束によって前借りされた魔術が解き放たれた。
『鋼の手のひらの前から、エリアの魔術が放たれること』
館の地下で三度放たれた魔術。
その三度目の魔術は、できる限り建物を傷つけぬよう加減された先の二発とは異なり、瓦礫も水も壁も全てを貫き消し飛ばす一撃であった。
事前に得ていた情報通り、地上部の館をこれ以上壊すことなく、また他の人間を誰一人傷つけることなく。
街の広範囲に、地震という形で少なくない被害と不安を与えながら。
水も瓦礫も、地下室の壁も生き延びていた魔物も貫いて街の地下を長く深く抉った。
魔術を下方に放たなかったのは、生き延びるという一点においては正解であった。
もしも下や斜めに穴が穿たれていれば、その穴に向かって多量の瓦礫と水が流れ込むことになっていただろう。
そうすれば鋼とエリアはその瓦礫に押し潰されていたに違いない。
魔術を水平に放ったからこそ、地上部の家を破壊することなく、残った瓦礫が一斉に流れ落ちることもなく。部屋を満たす水だけが速やかに流れて水位が下がった。
多少で済まぬ重い怪我こそあったが、命だけは無事に、鋼とエリアは生きて再び日の目を見ることができたのだった。
そもそも地下室に降り注いだ瓦礫と水は、エリアの魔術で壊されたダルナスの館の残骸ではなく、ダルナスが動かした証拠隠滅のための仕掛けである。
後からそれを知ったエリアは、脱力したように膝をつき、やりきれない想いで地面を殴った。
そんなことをしても、鋼との契約がなかったことにはならないのだが。
そんなことをしなくても、鋼は最初からエリアを恨んでなどいなかったのだが。
二人を亡き者にしようとした当のダルナスは、仕掛けを動かした直後にナナンダに取り押さえられ、既にお縄についた後であった。
地下設備の大半は仕掛けにより破壊されたものの、鋼とエリアの証言、テレビと水晶玉からの映像、一部掘り起こされた残骸などにより十分な証拠も得られた。
これにより、ダズレニアはまた一歩平和で健全な街に近づいたと言えるだろう。
今度もまた、結果としては、借金勇者の手によって。
そうして、ダルナスの館での一連の騒動から二日が過ぎた。
鋼の傷もユニカの治癒魔術であっさりと癒え、大量の肉食により体力も回復し。
脱出のために借り受けた数々も、街を歩いたりエリアの協力で完済。
今日は、事の顛末報告のために、館の一同とエリアがダルナスによって集められていた。
「信じられんのだぞ、この魔道具を魔法で作り出したというのか」
「事実にゃのですわ。これに映ったエリアくんを見て、ハガネさみゃはダルニャス卿の館へ向かったのですわ」
「肉を返してもらいにいっただけですよ。
結局は目の前で全て取り上げられて、また食いそびれるという苦行を味わわされるばかりでしたが」
「……ちゃんと借りは返すからして、安心したまえ。
あとあの魔物の肉はボクのせいではないのだよ」
「せめて一口食べたかったですよ……」
嘆息する鋼から出来るだけ目を反らすエリア。
ギルニャオが難しい顔をしているため、本題前の軽いトークとしてエリアへの経緯の説明がなされていた。
鋼の能力とギルニャオ一家との関係性についてはところどころぼかしつつも説明が終わり、今は当日の出来事が時間に沿って説明されている。
状況説明中、地下での戦いに話が及んだところで。
「……そう言えば、あの巨大なイノシシより大きな肉となると、何があるでしょうか?」
「!?」
会話をぶった切る鋼の質問に、どこか楽しげにナナンダが答えた。
「ブレイボアより大物で、かつ食用に適して美味となりますと―――そうですな。
いくつかのドラゴンに古代種など強大な獣が少々、あとは海王類といったところでしょうか」
「!?!?」
エリア、蒼白。
「はっ、早くボクは、メタルマジロの肉を探しに行かないとなあ!」
引きつった顔で、白々しく声を張り上げるエリア。
言外に、必死なまでに『ボクが約束したのはメタルマジロの肉だ』と言い張っている。
それを聞いてか聞かずか、鋼は三杯目の紅茶をお代わりし、メイリアが鋼用の冷ましたお茶をカップに注いだ。
ここまで鋼、肉の事しか話していない。
肉の事しか話していない鋼の事はさておき。
この場の全員が鋼と契約しているため、地下での状況は主にセイミから解説された。
『今回脱出のためにハガネが借りたものは、行使証と口約束をあわせて三つなんだわ。
一つ。ハガネとエリアの契約。
一つ。魔術を放っても誰も巻き込まず傷つけない方向についての情報。
そして最後が、鋼の手のひらの前方から放たれる、大魔術なんだわ』
契約については、エリアの魔術を鋼が借りられるようにするための措置だ。
『鋼の手のひらの前方から放たれる』という事象の前借りではあるが、鋼自身が魔術を放つわけでも、受けるわけでもない。
これをクリアするために、魔術の発動者を身内としたのだ。
二人が交わした『契約』とは、ミルニャによる能力行使を前借りしたものである。
ミルニャ、鋼の役に立てると嬉々としていたが、エリアが鋼の兄弟となったことを知ってテンションだださがりだった。
情報については、そのまんまである。
いくら自分たちが生き延びるためとは言え、それで他人の命を奪うのは寝覚めが悪い。
この情報を得ることで、強大な魔術を放つ準備が整った。
なお、返済方法については、魔術で出来た穴の中を後日セイミが地面をすり抜けて飛び、穴の中に人がいないことを確認した。
情報の扱いは非常に難しく、借り受けられるかの審査については、ややグレーであった。
だがしかし、セイミお姉さんが居ないと何もできない鋼のために、優しいお姉さんが特別に審査を通してくれたので借り受けることができた。
けして、審査において賄賂や裏取引があったわけではない。審査者はいつだって公平正大で清廉潔白な才色兼備である。
今回の能力行使の結果、上昇したレベルによって万物すり抜けの能力を得たことも、鋼から優しいセイミお姉さんへの感謝であり、たまたまである。
何度でも言おう。断じて、裏取引ではない。セイミさん、すり抜けおめでとうございます、というだけの話であった。
審査の闇はさておき。
契約と情報をもって、鋼は魔術を借り受けた。
この一撃で、鋼とエリアは無事に生き延びることが出来たのだ。
「―――改めて、いや何度でも言おう。
ありがとうハガネ兄。ボクを、助けに来てくれて」
「ですから、肉を返してもらうだけですよ」
「分かっている。それでも、ありがとうだ」
「……どういたしまして」
深々と頭を下げるエリアに、渋々頷く鋼。
その手の空になった器にメイリアがそっとお代わりを注いだ。
「ありがとうございます、メイリアさん」
「もったいないお言葉です」
「もったいなくなんてないですよ。
あなたの料理もお茶も、全てが礼を尽くすに相応しい素晴らしさですよ」
相変わらず、食関連にのみ饒舌な鋼である。
お礼を言われたメイリアは嬉しそうに微笑んだが、その背景の主は非常に不満そうだ。
そんなミルニャの意を汲んだかの如く、エリアが笑顔でぶち込んだ。
「ハガネ兄はカッコいいのだな!
まるで街で噂になった借金勇者のようだ!」
「ぶうっ」
「あ、来たばかりのハガネ兄は知らないのだな?
借金勇者は今をときめくヒーローだからして、ハガネ兄もきちんとその偉業と決めゼリフを学習しておきたまえ!」
「ごはぁっ」
「こほんっ。『貸しは、端金だ!』」
「げぼはぁぁっ」
エリア の 三回攻撃 !!
鋼 は 心 に 60588 のダメージを受けた !!
「お、お兄様ぁ、しっかり、しっかりして下さいぃっ」
「ハガネさみゃ、ハガネさみゃっ! すりすりすりすり」
血を吐いて伏した鋼を、治癒の魔術とほおずりで必死に引き留める少女達。
その騒動に、自分のしでかした事に気付いていない新入りは、きょとんとした顔で首を傾げた。
「ん?
どうしたのだ、ハガネ兄は?」
『ハガネを気遣ってギルニャオ家との騒動をぼかしたせいで、かえって酷い目にあったわけね。
さすがはハガネだわ、ハガネだわ』
次回、第三条エピローグ。
まさかの大団円です。
【★ ネタバレ次回予告 ★】
鋼が……
(タメ)
××をします!