崩落水没から生き延びる方法
押し殺して泣くエリアだが、悠長に感傷に浸る暇はない。
鋼は心の中でセイミと、声に出してエリアと状況を話し合い、できることを探っていく。
まずエリアの魔術だが、二重の意味で使用は不可能であった。
一点は、残り魔力の問題。
とてもではないが、三発目を放つだけの魔力は残っていなかった。
そもそも、立て続けに二度の魔術を放ったことさえ初めてらしい。
二点目は、詠唱時間。
時間がないため詳しい説明は省かれたが、エリアの扱う魔術は詠唱時間を『1時間未満』『1時間以上』『12時間以上』の三択しかできないらしい。
1時間未満の詠唱では、無詠唱並の威力しか発揮されない。
その威力では、瓦礫を一つ動かすことさえできず、現状では役に立たないとされた。
となると頼れるのは鋼の能力だけとなるわけだが。
鋼が扱えるのは、基本的に『鋼の発する行為の前借り』と『鋼の受ける結果の前借り』となる。
鋼自身にこの状況を打破し、無事に脱出する力はない。
それでも、何か手立てがあるはずだ。
徐々に高さを増す水面というリミットが口元まで迫る中、必死に生きる道を模索する。
『へ?
いや、流石にそれは……うーん』
『あり、なのかしら……?
ルールだけ見れば、確かに無しとは言えないんだけど……』
『ハガネの所有物や運命共同体であれば、ハガネが行ったと言えなくもないんだわ。
だけどそれは、さすがにちょっと無理な気もするんだけど』
『なるほど、それだったら、ユニカと同じだし、いいような気も……うーん、でもねぇ』
『え、ええ?
全部うまくいってレベル上がったら、すり抜けおっけーなの!?
もうっ、ハガネったらあたしが居ないと何にもできないんだからー!
仕方ないわね、特別にこのセイミ様が許可してあげちゃうわ!』
必死に模索した生きる道、その中程にあった『妖精の説得』という関門を抜け。
わずかに唇に触れる水を一舐めし、次なる関門を抜けるために鋼は口を開いた。
「エリアくん。
生き延びるために、ぼくと契約をして下さいよ」
「契約内容を言いたまえ」
「ぼくの奴隷になって下さい」
「……は、はああ!?」
鋼の肩にしがみついたまま、驚きとともに大声をあげるエリア。
だが鋼は真顔であり、至って真面目だ。
「そうすれば、ユニカ―――ぼくの妹と同じように、ぼくの能力のおよぶ範囲にエリアくんが含まれます」
「だっ、な、馬鹿にしてるのかねっ!
ボクは、ラプトゥル族が蔑まれ不当に奴隷にされる現状を打ち破るために魔術師となったのだぞ!
そんな要求、いかにキミが恩人と言えども飲めぬのだぞ!」
エリアが魔術師となった理由。世界最強の魔術師を志す理由。
図らずもそれを知ることになった鋼は、その芯の在り方に頷いた。
「奴隷と言っても不当な扱いはしません、なんならユニカと同じように家族となっても構いません。
エリアくんが魔術師を目指す邪魔もしないし協力しま、っ、んく、しますよ」
揺れる水面が、鋼の言葉を一瞬遮る。
口に入った水を噴き、あるいは飲みつつ。あえぐように上を向き、鋼が続ける。
「柏の掟 第九条『望みと誇りを共に有するべし』」
水面から顔を出すため、必死に上を向いて首を伸ばす鋼。
その動きに引っ張られ、腹部からまた血が水中に広がっていくがエリアは気づかない。
「なに?」
「母の教えです。
―――種族としての誇りを持ち、志を持って魔術師を極めんとするエリアくんが、すごいと思いました。
その決意と志が本当に素晴らしいと思ったから、眩しいと思ったから、ぼくは取り込み中のきみの元へ、肉を返してもらいにきました」
「……」
鋼は、助けに来たとは言わない。
だが、その言葉の意味は。鋼がエリアの言葉に、その志の気高さに感じた賞賛は伝わった。
エリアの夢を聞いて、誰もが馬鹿にし、笑った。
あるいは、所詮は頭の悪いラプトゥル族だと、子供の見る夢だと蔑んだ。
そんな、誰も取り合わなかったエリアの夢を、鋼はすごいと言う。素晴らしい、眩しいと言う。
少し会話しただけの自分を、命を賭けて助けに来るほどに。
先程とは別の意味で、涙がこぼれた。
声は、嗚咽は不思議と出なかったが。ただただ、涙が流れて止まらなかった。
それを気づかれぬように、鋼からくしゃくしゃに泣き崩れた顔を背けた。
「奴隷契約、というから聞こえが悪かったですね。すみません。
生き延びて、エリアくんが世界最強を目指す。その運命を共にするため、契約を結んで下さい」
重ねて願う鋼。
懸命に首を伸ばし上を向く鋼だったが、間もなくその顔も水に覆われるだろう。
そうなれば、身動きの取れない鋼は―――
「―――契約をすれば、ここから脱出して生き延びられる、のだな?」
「わかりません。
ひょっとしたら、完全に天井が崩れ落ちて、死ぬかもしれません。
―――むしろエリアくん一人であれば、ぼくの頭を踏み越え、瓦礫を越えて、今のまま脱出した方が生き延びられるかもしれません」
鋼の身体は瓦礫に埋もれて貫かれ押し潰され、動かせるのはエリアを抱えていた左腕一本と首から上くらいだ。
だが、エリアは違う。
鋼に守られ抱えられていたからこそ、致命的な傷もないし動けないほどの状況にもない。
鋼を見捨てて一人で逃げれば、生き延びられる可能性はあるのだ。
「馬鹿にするな!
ボクは誇り高きラプトゥル王族の末裔、エリア【ウット】ハーサデンだ。
助ける手立ても試さずに恩人を見捨てて逃げるぐらいならば、自ら舌を噛む!」
大声で、自らの決意を、名を名乗り。
「いいだろう、キミの言葉を信じ、奴隷でも家族でもなってやるのだぞ。
さあ契約したまえ、そして見事この窮地を脱してみたまえ!」
エリアの夢を聞いて、誰もが馬鹿にし、笑った。
あるいは、所詮は頭の悪いラプトゥル族だと、子供の見る夢だと蔑んだ。
そんな、誰も取り合わなかったエリアの夢を、鋼はすごいと言う。素晴らしい、眩しいと言う。
少し会話しただけの自分を、命を賭けて助けに来るほどに。
先程とは別の意味で、涙がこぼれた。
声は、嗚咽は不思議と出なかったが。ただただ、涙が流れて止まらなかった。
それを気づかれぬように、鋼からくしゃくしゃに泣き崩れた顔を背けた。
『うわぁ、そんな顔でこっち向かれるとか、すっごい気まずいわ気まずいわ』
エリアが顔を向けたすぐ目の前にセイミが居て、エリアに聞こえない声で(そして鋼には聞こえる声で)ぼやいていた。
「あのラプトゥル族、ハガネさみゃに抱き着いて泣いてるとかずる……許せみゃせんわ!」
「それもですがぁ、早く、早く契約して下さいぃ!」
ギルニャオ宅にあるテレビもまた、エリアの顔を映しており。
誰にも見られていないはずのエリアの泣き顔は、実は結構色んな人に見られていた。
後日。
それを知って、エリアは恥ずか死んだ。




