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大量の焼き肉を処理する方法

 エリアの放った魔術は、渦巻く真空の刃だった。

 それは言うなれば、不可視の刃の大竜巻とも呼ぶべき代物であり。

 回避はおろか、反応する間さえ与えずに炎のイノシシ―――ブレイボアを飲み込んだ。


 炎を掻き消しその巨体を小さき肉片となるまで切り刻み、なお突き抜ける余波が塞がれた入口を突き破り再び館へと抜けていく。

 轟く轟音、揺るがす激震。絶大なる破壊の力は縦横に暴れ狂い、暴虐の限りを尽くした。


「ふ、ふは……やったのだぞ、ボクは世界最強の、魔術師なのだぞ……!」


 鋼に抱えられたまま、荒い息とともに喜びの声を挙げるエリア。

 そんなエリアの身体を壁に寄り掛かるようにそっと座らせると、鋼もまた嬉しそうに口を開いた。


「素晴らしいですよ、エリアくん。

 欲を言えばもう少し大きめに切り分けていただきたかったのですが、ともあれいただきますよ」

「食うのかよ!?」

『食べるわけ!?』


 当然ですよ、何を言ってるんですかとばかりに小首を傾げつつ。

 鋼は切り分けられたブレイボア(焼き肉)に近寄り―――


 突然、部屋の中央から天井が崩れ、大量の水と瓦礫が降り注ぐ!


「!?」


 一瞬で部屋を埋め尽くす、圧倒的な質量。

 それが歩き出した鋼に、その前後のブレイボアの残骸(焼き肉)とエリアに。等しく襲いかかる。



 何か、しなければ。

 いや、でも魔術は

 動く?

 体勢が

 そもそも、すでに体力が

 あれ、これは


 死―――



 エリアの脳裏を、その『終わり』がぎり。

 眼前の脅威が、その終わりを実体化せんと迫り―――


 衝撃、強い衝撃、かき回される衝動、衝撃、衝撃。



 その何もかも塗り潰し壊し去る暴虐の中にあって、


(あ―――)


 炎のイノシシとの戦いの中にも感じていた、強い充足と安心感。

 何も見えず聞こえずとも、守られているという事実を感じ取ることができて。


 エリアは、奇妙な安らぎの中で意識を失った。




(これは……まずい状況ですよ)

『本当なんだわ』


 胸中で嘆息する鋼に応じ、頭の横に浮いていたセイミが相槌を返す。

 いつもは鋼の肩や頭に乗っているが、今は自前の羽根《魔力》で宙に浮いていた。


(せっかくエリアくんに調理いただいた焼き肉が―――)

『それはもういいから、真面目にしなさいよね』


 そっと、軽く触れる程度に鋼のこめかみに触れるセイミ。

 珍しく少し苦笑すると、身体は動かさず声に出さぬまま頷いた。


(ぼくは焼き肉に対して心から真剣に考えているのですが、たまには妖精さんの頼みを聞いて焼き肉のことはしばらく我慢するとしますよ)

『あたしの名前はセイミなんだけれど、もっと重要な場面でこそ頼みを聞いて欲しいんだわ。

 すり抜けとかお酒とか』


 少しだけ軽口を返すセイミに、目線だけで少し笑い。

 鋼は青白い顔で、一つ息を吐いた。


 今の鋼の顔色は、青白い。

 それは、この世界にやってきた直後の、栄養失調じみた不健康な白さとは異なり。

 多量の血を失い体温も奪われ、生命が枯渇しかけた者の、命の通わぬ白さであった。


 それはそうだろう。

 なにせ、水かさはそろそろ鋼の肩まで達し。

 崩れ落ちた瓦礫に片足を潰され、含まれていた鉄筋に腹部を貫かれ、その両方の傷からおびただしい量の血液を水中へと流出させているのだから。

 片足が潰されているため動くこともできず、そもそも動けるだけの隙間もなく。瓦礫に押し潰されて圧死しなかっただけでも上々。

 片方の肩に助けたエリアの上体を担ぎ、瓦礫の一部と化したかの如く動かず。鋼はただ静かに、セイミと音のない会話を交わす。

 口を開いたら、血を吐いてしまいそうだから。


『あたしが自在にすり抜けできれば、ハガネの傷を塞げたのに……』

(それは言わなくていいですよ。

 妖精さんの手当では、出血を止めるどころか傷口を抉られそうですから)

『心外だわ、心外なんだわ!

……手当なんてしたことないけど』


 経験の有無をさておいても、道具もなく腹部を貫かれたままの状態では、できる手当などたかが知れているだろう。

 それでも、何かをしたかったし、己の無力が悔しかった。


 部屋の中央付近からは今も大量の水が注ぎこまれているのだろう。

 降り注ぐ水音はやまず、大きな部屋ではあったが今も少しずつ水かさは増している。


(いい加減、脱出の手立てを考えますよ)

『ええ、そうね。

 まず現状だと、ハガネの治療は難しいわ』

(瓦礫が突き刺さってるからでしょうか?)

『そうなんだわ。

 傷を治した瞬間に、もう一度お腹に穴が開くんだわ。足も押し潰されてるらしいから、多分同じなんだわ』


 瓦礫がある限り、例え鋼の傷を癒したところで、またすぐに同じ状態になるだけだ。

 今必要なのは、この状況からの脱却である。


(では、この瓦礫の除去は?)

『これだけの瓦礫を動かすとなると、ちょっと返済の見通しが立たないと思うんだわ。

 お腹の瓦礫や足の瓦礫を動かすためにも、結局は周りの瓦礫をどかして動かせるスペースを確保しないといけないから、ちょっと……力を使えないわ』


 鋼の能力は、あくまで借金(未来の前借り)である。

 今この部屋を埋め尽くす瓦礫をどこかに動かすというのは、鋼の力でできる範囲を超えている。

 少なくとも、妖精が『鋼に出来る』と認定できない限りは、能力は使えない。

 現在この空間を満たす瓦礫と水の全てを鋼に取り除けるかを問われれば、無理だろうと答えざるを得なかった。


 ちなみに、セイミ的に『え、それってアリなわけ? いやルール上は間違ってないけど、なんか納得いかないわ』という内容の前借りについては、一度限りという決まりが存在しているが、とりあえず今回は関係ない。

 鋼に、明らかにできないことを、前借りすることは出来なかった。


(では、エリアくんの魔術で消し飛ばすのが一番なようですよ)

『そうね、あたしもそう思うんだわ。

 問題は……』

(魔力の残量、ですか)


 未だ、鋼の肩に担がれて眠るエリア。

 その顔色は、鋼とは別の意味で悪い。


 二度に渡る強大な魔術の行使による、魔力の枯渇。

 鋼にはよく分からないが、以前ユニカから聞いたところによるとかなりきついらしい。


 だが、少しずつとは言え水かさは増し続けている。

 猶予はない。


(しかたない、起こしますよ。

 妖精さん、お願いできますか?)

『あたしの名前はセイミなんだわ』


 お決まりの返しをしつつ、エリアの肩を揺り動かす。

 それで反応がないと、鼻をつまみ頬を張り、わりと容赦なくエリアを攻撃する。

 非力なりに一生懸命な攻撃が効いたか、エリアは顔をしかめてゆっくりと頭を振ると


「おはようございますよ」

「!?」


 すぐそばで囁かれた鋼の挨拶に驚き飛び起きた。


「ななな、なんっ、なんなんだねキミは!」

「柏 鋼でございますよ」

「貸しは端金……!?

 違うんだぞ、ボクには借金はないからして放したまえ!」


 それはセリフではなく名前です、と心の中で突っ込みつつ。

 エリアからは姿の見えないセイミが、エリアの頭を掴んで部屋の中の様子をぐりっと見せる。


「あいたっ!

 む……これは?

 そうだ。ボク達は巨大な魔物と戦い、それを倒して―――」

「はい。香ばしく焼けた……いえ、肉は我慢しますが。

 ともかく、天井が抜けてご覧の有り様となりましたよ」


 エリアの眼前に広がる、瓦礫に埋め尽くされた部屋。

 隙間なく降り注いだ瓦礫を覆い隠していくかのように、ゆっくりと高さを増していく水面。


 鋼の言葉を受け、注がれ続ける水音の中、数秒沈黙すると。

 エリアは、酷く真剣な表情で、鋼を振り返った。


「……つまり。

 ボクの魔術が強すぎて、天井を破壊し、瓦礫に埋もれてこんな状態になった……ということか?」

「……」


 鋼は答えない。

 言えないからか、分からないからか。鋼は黙して語らない。

 その沈黙を、当然の如く、肯定と受け取って。


「やはり……そうなんだな、ボクのせい、なんだな」


 強張った表情のまま、けれどどこか魂が抜けたようにエリアは呆然と呟いた。


 その表情が、ゆっくりと崩れていく。

 悔しげに、苦しげに。

 泣きそうに、いや、瞳から涙をこぼしながら。


「すまない、すまないっ!

 キミは危険を冒してボクを助けに来てくれたというのに、こんなことに巻き込んでしまって」


「違いますよ」


 その慟哭を、鋼が静かに遮る。

 血の気の薄い顔で、それでも笑みを向け。

 鋼にとっては、当たり前で、絶対に譲れないことを静かに告げる。


「違いますよ。

 ぼくはエリアくんに、肉を返してもらいに来ただけなのですよ」

「だが!

 キミが来なければ、キミが居なければ、二度目の魔術は完成せず、ボクは死んでいたのだぞ!」


 確かに、魔物を倒したのはエリアである。

 だがエリアは特殊な魔術師であり、どうしても一時間以上の詠唱を必要とする。

 いくら体力に優れたラプトゥル族とは言え、すでに一時間の戦闘を行った後での連戦は厳しい。

 エリア自身、鋼がいなければ詠唱完了を待たずに倒されていたことは理解している。


「結果がどうあれ、経緯がどうあれ。

 ぼくは、エリアくんから、肉を返してもらいたい。そのために、エリアくんを訪ねました。

―――ただ、それだけなのですよ」


 それだけなはずがあるか。

 人知れず誘拐され、どことも知れぬ場所で凶暴な動物をけしかけられ。

 あまつさえ、巨大な魔物にまで襲われたのを、助けてくれたのだ。


「……すま、すまな、い……」


 どうやって自分の居場所を知ったのか、なぜ自分の窮状を知っていたのかは分からない。

 だが、エリアは、鋼に助けられた。

 この肉狂いの、ちょっと怖いと思っていた貧乏人らしきワーカーに、命を救われたのだ。


「……ぐっ…う、ぁり、がとう……」


 涙は止まらず、エリアは嗚咽をかみ殺すように歯を食いしばり言葉を漏らした。

 そんな様を、鋼とセイミはどこか優しく見守るのであった。


「ああ、エリアくん。

 あの巨大なイノシシ肉を食べそこねたので、お返しはあれより大きな肉でお願いしますよ」

「!?」



メタルマジロ < ブレイボア < ???



「……どらごん?」



次回『鋼がステーキを得る方法はエリアがドラゴンを倒すこと』



「嘘だ、嘘だと言ってくれたまえ!」




「嘘です」

「嘘なのかよ!?」

『嘘なんだわ!?』


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