第29話 昇進したら闇の王に慕われました その3
◆福利厚生も請け負います
ハリスの相談(パロアルト本社・監査役執務室)
パロアルト本社の監査部フロアは、午後の柔らかな光に包まれていた。
フェンは監査役執務室で、翌週のGAO赴任に向けた資料を静かに整理していた。
そのとき、端末が小さく震える。
《Incoming Call:Harris(North America HQ / Tech Div. Director)》
(着信:ハリス(北米総本部/技術部門部長)
フェンは少し驚いた。
北米総本部の技術部長が、直接ビデオ会議を繋いでくるのは珍しい。
「……はい、フェン・です」
画面が開くと、ハリスは深いクマを作り、
背景にはニューヨークの北米総本部の技術フロアが映っていた。
技術室の青白い照明。
スタッフの姿はなく、静まり返っている。
「総本部長……お忙しい時に申し訳ありません」
フェンは落ち着いた声で応じた。
「構いません。そちらも忙しいでしょう。
何か緊急の問題ですか」
ハリスは苦笑し、額を押さえた。
「ええ……正直に言うと、些細なことですが.....
技術部のスタッフから、不平不満がでています」
フェンは姿勢を正した。
「詳しく聞かせてください」
ハリスは深く息を吐き、
画面越しに静かに語り始めた。
「セキュリティが厳しすぎて、外部デリバリーが入れません。
食事もコーヒーも、全部自前で用意するしかないのです。
でも、プロジェクトが立て込んでいて、
休憩を取る余裕すらないんです。
スタッフは三日連続で仮眠室に泊まり込みです」
フェンは眉を寄せた。
「それは……確かに厳しい状況ですね」
「本当は、こんなことで総本部長に相談するのは筋違いだと分かっています。
でも、スタッフの士気が落ちてしまって。
何か、改善策があればと……」
フェンは少し考え、
横で控えていたゴンタに視線を向けた。
「ゴンタ。何か良い案はない?」
ゴンタは画面に向かって、ぱっと笑顔を見せた。
「フェン、僕に任せなさい」
ハリスは驚いたように目を瞬かせた。
「ゴンタ……君が何かできるのか?」
「できるよ。
僕はフェンの監査補佐だから、社内の移動は自由です。
技術部の皆さんに、温かいコーヒーや料理に着替え、なんでもお届けしますよ」
フェンは即座に制止した。
「ゴンタ、あなたは監査補佐であって、デリバリー要員じゃないわよ」
「ちっちっちっ」
ゴンタは、目の前で指を振りながら、偉そうに言う。
「先日の決算会議の時に、全社にコーヒーを届けたね。
エイデンのアルゴリズムを参考にしたあれ。
あれを使えば、いつでも、どこでも、何度でも、なんでも運んであげられるよ」
「話が飛躍しています」
しかし、画面の向こうのハリスは
すでに感動していた。
「総本部長……!
もし可能なら、本当に助かります。
スタッフが、久しぶりに笑顔になれる」
フェンは静かに息をつき、
ゴンタを見つめた。
「……ゴンタ。あなたが無理をしない範囲でなら、許可します」
ゴンタは胸に手を当て、誇らしげに言った。
「フェン、僕は無理はしない。ちゃんと考えているよ。
皆さんが喜んでくれるなら……」
ゴンタがしおらしくお辞儀をする。
フェンは小さく呟いた。
「……ちょっと、悪いこと考えてる顔ね」
ハリスは深々と頭を下げた。
「総本部長、ゴンタ、本当にありがとうございます。
技術部を救ってくださった」
フェンは首を振った。
「救ったのは私ではありません。
ゴンタが、皆さんの力になりたいと言っただけです」
ゴンタは画面に向かって明るく笑った。
「ハリスさん、必要な品物のリストを送って。
すぐに準備するよ」
ハリスはその笑顔に、
久しぶりに安堵の表情を見せた。
「……ありがとう。
ゴンタ.....さん、
本当に、ありがとう」
通話が切れた後、
フェンはゴンタに向き直った。
「....ゴンタ。
絶対に、変なことはしないよね」
ゴンタはしおらしく答える。
「嫌だなあ。フェンのために、清く、正しく、美しく、だよ」
フェンは気づいていなかった。
このビデオ会議が、後に“缶バッジ騒動”へと発展することを。




