第24話 兼務はつらいよ その5
境界線の影
◆ 「指令、極東へ」
北米本部の作戦室。
サイバー空間での戦闘が終結し、
ゴンタからの報告が静かになった。
ゴンタ
「フェン。ジョーカーの本体位置を特定したよ。
日本海――舞鶴沖だね。
領海外まで、あと二十キロ」
フェンは一瞬だけ目を閉じ、
次の瞬間には端末を操作しようとした。
しかし、その手をゴンタの声が制した。
ゴンタ
「フェン。
高嶋専務とエヴァに連絡をして。
この状況は、極東本部を動かすのが良いよ」
フェン
「……高嶋専務とエヴァ?
エヴァは北米本部の秘書よ。
現地対応は――」
ゴンタ
「エヴァならできるよ。
あの人は“ただの秘書”じゃない。
現場での判断力も、動きも、僕が保証するから」
フェンは驚いたようにディスプレイに映るゴンタを見た。
エヴァの本当の能力を知らないフェンにとって、
ゴンタの言葉は意外だった。
フェン
「……わかったわ。
じゃあ高嶋専務に連絡して、エヴァを極東本部へ回してもらう」
ゴンタ
「それと――大門さんを指名してね。
極東本部の保安チーフだよ。
ジョーカーを止められるのは、あの人しかいない」
フェン
「オオカドさん……?
そんなに優秀なの?」
ゴンタ
「“現場の鬼”だよ。
ジョーカーの逃走艇を止めるなら、
あの人の判断が必要だ」
フェン
「……わかった。
高嶋専務とエヴァ、大門さんを呼び出す」
フェンが、エイデンに目で合図を送る。
エイデン
「わかりました。専務とエヴァを接続します」
通信が開くと、
高嶋専務の低い声と、エヴァの静かな呼吸が重なった。
フェン
「高嶋専務。ジョーカーが日本の海上にいます。
領海外に出る前に確保が必要です。
海上保安庁と大門さんを至急、現場へ送って下さい」
高嶋
「状況は理解した。
海上保安庁に通報し、
極東本部保安部を即時起動する。
大門には私から直接指示を出す」
フェン
「エヴァ。あなたには現地でのサポートをお願いしたいの。
ジョーカー艇に乗り込み、
顧客データの所在を確認して」
エヴァ
「承知しました、フェン様」
フェンは、エヴァの“本当の能力”を知らない。
ただ、ゴンタが「エヴァならできる」と言ったから信じた。
それだけだった。
エヴァ
「承知しました、フェン様。
――“地点移動”、発動します」
その声は、いつもの秘書の声ではなかった。
静かで、深く、どこか異質な響きを帯びていた。
フェン
「……行けるの?」
エヴァ
「はい。極東本部には、
私の“くノ一秘書”たちが待機しています。
彼女たちがマークした座標へなら、
私の能力で“跳べます”。」
高嶋専務
「エヴァ、極東本部で大門と合流しろ。
ジョーカーの逃走艇は高速だ。
ヘリで追いつくには時間との勝負になる」
エヴァ
「わかりました。
フェン様、必ずデータを取り戻します」
通信が切れると同時に、
エヴァの姿が淡い光に包まれ――
次の瞬間、消えた。
通信が切れると、
フェンは小さく息を吐いた。
フェン
「……頼んだわ、みんな」
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◆ 「沈みゆく陽の下で」
〜ジョーカー視点〜
日本海・舞鶴沖。
夕陽が海面を赤く染める中、
一隻の豪華クルーザーが静かに揺れていた。
船内のキャビンで、
ジョーカーは複数のモニターを睨みつけていた。
ジョーカー
「……何だ、このノイズは。
私の軍団が押し返されている?」
部下
「センチネルの防御が強化されています。
Paradox Logistics社の北米総本部で何かが――」
ジョーカー
「フェン・ワイルドか……!」
彼は歯噛みした。
クロウリーを失脚させたあの女。
顧客を説得し、センチネル導入を急速に進めているという報告は
すでに重役たちから届いていた。
重役(記録映像)
『フェン・ワイルド総本部長が顧客を次々と説得し、
センチネルの導入が急速に進んでいます』
ジョーカー
「フェン・ワイルド……
あの女は危険だ。
私の“影のビジネス”を潰しに来ている」
彼は椅子に深く腰を沈めた。
もとは地方の片隅にある
小さな事務機器販売会社。
コピー機とFAXを売るだけの会社だった。
それをここまで大きくしたのは、
他でもない自分だ。
• 顧客データの価値にいち早く気づき
• 裏の取引で資金を集め
• 某国の情報機関と手を組み
• 会社を世界規模のデータ企業へ押し上げた
しかし、
その裏取引はFBIに察知されつつあった。
ジョーカー
「FBIの捜査網から逃れるには……
日本領海が最適だった。
ここなら、取引も続けられる」
その時、
船のセンサーが警告音を鳴らした。
部下
「高速接近物あり!
ヘリです!」
ジョーカー
「……来たか。
フェン・ワイルドが極東本部を動かしたな」
彼はゆっくりと拳銃を手に取った。
ジョーカー
「だが、私はまだ終わらない。
この会社をここまで育てたのは、この私だ。
フェン・ワイルド……
お前に消されるわけにはいかない」
夕陽の中、
ジョーカーは静かに口角を上げた。
—
◆ 「極東本部・作戦開始」
京都・Paradox Logistics社 極東本部。
屋上ヘリポートに黒い影が現れた。
エヴァだ。
すでに待機していたのは、
黒装束の“くノ一秘書”たち。
そして――
大門 剛志
元・海上保安庁特殊警備隊(SST)
現在は Paradox Logistics 極東本部の保安チーフ
「来たか、エヴァ・グリーン。
高嶋専務から聞いている。
ジョーカーを追うぞ」
エヴァ
「はい。
大門さん、ヘリの準備は?」
大門はサングラスを指で押し上げ、
ヘリポートに駐機しているヘリを指さす。
大門
「川崎 BK117D-3。
燃料満タン、航続距離は六百キロ超。
舞鶴沖まで二十分、
そこから一時間ホバリングしても帰ってこられる。
――逃がさん」
エヴァ
「では、行きましょう。
ジョーカーが領海外に出る前に」
大門
「乗れ。
総本部長の命令だ。
必ず終わらせる」
BK117D-3 のローターが回転を上げ、
沈みゆく陽に照らされた京都を離れていった。
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◆ 「日本海、境界線の影 ― 追跡開始」
高嶋専務からインカムに連絡が入る。
高嶋専務
「大門、ジョーカーは舞鶴沖を北上中。
領海外まで残り二十キロだ」
大門
「間に合う。このヘリならな」
BK117D-3 は都市ビルの屋上から垂直に浮かび上がり、
そのまま 278 km/h の巡航速度へ一気に加速した。
京都から舞鶴沖まで――わずか二十分。
機内のモニターに、海上の赤い航跡が映る。
Technohull Omega 47。
ジョーカーが乗る、全長十四メートルの高速クルーザー。
最高速 70ノット(130 km/h)。
キャビンには通信設備と簡易サーバーラックまで積まれている。
エイデン(通信)
「ジョーカー艇、領海外まで残り十五キロ!
速度は六十五ノットに上昇!」
大門
「逃がすかよ」
BK117D-3 は海上に出ると高度を下げ、
白波を切り裂くジョーカー艇の進路へ斜めに割り込む軌道を取った。
速度差は歴然――
ヘリは四分で追いつく。
海面すれすれのホバリングに移行し、
ローターの風が海面を叩く。
大門
「ここで押さえる。海保が来るまで持たせるぞ」
エイデン(通信)
「舞鶴海保、二十五分で到着予定」
大門
「エヴァ、ダイブ準備は?」
エヴァ
「高度、あと三十……二十……
大門さん、行けます」
大門は短く頷いた。
夕陽が海面を照らし、
Technohull Omega 47 の黒い船体が赤く反射した。
その瞬間――
追撃戦が、静かに幕を開ける。
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◆ 「日本海、境界線の影 ― 交戦開始」
BK117D-3 は海面すれすれを滑るように進み、
Technohull Omega 47 の黒い船体を視界に捉えた。
大門
「……見えた。あれがジョーカーの艇だ」
エヴァ
「高度、安定しています。
大門さん、あと三十秒でダイブ可能高度です」
その瞬間だった。
ジョーカー艇の船尾ハッチがガタンと開き、
黒い影が数名姿を現した。
海風と波に揺れる甲板。
そして――
自動小銃の銃口が、ヘリに向けられた。
操縦士
「大門さん! ジョーカー艇が武装を展開――!」
乾いた連射音が海上に響き、
曳光弾がヘリの腹部をかすめて飛び散った。
エヴァ
「射撃!?」
大門は即座に操縦士へ叫ぶ。
大門
「回避だッ! 左へ振れ!」
BK117D-3 は急角度で横滑りし、
ローターの風が海面を叩いて白い飛沫が舞い上がる。
自動小銃の弾丸が海面に突き刺さり、
光の筋を描いて消えていった。
操縦士
「被弾軽微! 装甲は持ちこたえています!」
BK117D-3 の機体は、
警察・消防仕様の耐弾構造を持つ。
小銃弾程度なら、
ローターや燃料系統に当たらない限り致命傷にはならない。
だが――
ジョーカー艇の射撃は止まらない。
大門
「エヴァ、ダイブは中止だ。
このままじゃ蜂の巣だぞ」
エヴァは静かに首を振った。
エヴァ
「いいえ。
“今だからこそ”行けます」
大門
「何を――」
エヴァの瞳が淡く光った。
極東本部の“くノ一秘書”がマークした座標が、
彼女の視界に浮かび上がる。
エヴァ
「射撃の反動で、ジョーカー艇の姿勢が乱れています。
その一瞬――
そこが、私の“跳べる”隙です」
大門
「……やる気か」
エヴァ
「はい。
フェン様の命令です。
顧客データを取り戻します」
BK117D-3 が再び高度を下げ、
ジョーカー艇の真横へ滑り込む。
銃撃は続くが、
大門の指示でヘリは絶妙な角度で揺れ、
弾を外し続ける。
大門
「エヴァ――今だ!」
エヴァ
「行きます」
エヴァの姿が、夕暮れの海風に溶けるように消えた。
次の瞬間、
Technohull の船尾デッキに、
エヴァが静かに着地していた。
---
ジョーカーの部下が驚愕して振り返る。
部下A
「なっ……どこから現れた!?」
エヴァ
「失礼します。
ここから先は、私がお相手します」
彼女は一歩踏み出しただけで、
部下たちの視界から“消えた”。
次の瞬間、
銃を構えた腕が軽く弾かれ、
別の部下は足元を払われて海面へ転がりそうになる。
エヴァの動きは静かで、
まるで風が通り抜けたようだった。
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BK117D-3 はジョーカー艇の真横に並び、
大門がヘリのドアから身を乗り出した。
大門
「おい、ジョーカー!
止まれ!」
返ってきたのは、
船首からの激しい銃撃だった。
操縦士
「大門さん、右舷の船外機の冷却水取り込み口が露出しています!
下部ユニットも丸見えです」
大門
「よし……スラッグ弾に切り替える。
“止める”んじゃない、
“走れなくする”だけでいいな」
ジョーカー艇の銃撃が続く中、
BK117D-3 は海面すれすれまで降下した。
操縦士
「大門さん、これ以上は危険です!」
大門はサングラスを押し上げ、
ショットガンの弾を確認する。
大門
「心配すんな。
俺は昔、海保の特殊警備隊にいたんだ。
船の“急所”は全部知ってる」
操縦士
「急所……?」
大門
「冷却水取り込み口だ。
あそこは外板が薄い。
スラッグなら貫通する」
彼はショットガンを構え、
ヘリをジョーカー艇の右舷へ寄せるよう指示した。
大門
「距離、十五。
角度、下げろ……
よし、ここだ」
ジョーカー艇の船尾にある船外機カバーが見える。
大門
「逃げ足の速い船ほど、弱点はデカいんだよ」
ドンッ!
スラッグ弾が金属を叩き割り、
破片と海水が内部へ吸い込まれる。
操縦士
「命中! 出力が落ちています!」
大門
「もう一発だ」
ドンッ!
二発目がセンサー部を直撃し、
ジョーカー艇のエンジン音が不安定に揺れた。
操縦士
「速度低下!
ジョーカー艇、最高速が出ません!」
大門
「よし。
これで“逃げ切り”は不可能だ」
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エヴァはキャビン奥へ進み、
サーバーラックの前で震えるジョーカーを見つけた。
ジョーカー
「来るな……来るな……!
これは私のデータだ……!」
エヴァ
「いいえ。
これは“顧客のもの”です」
ジョーカーが拳銃を構える。
だが、エヴァはすでにその手首を制していた。
ジョーカー
「ひっ……!」
エヴァ
「拘束します」
彼女は手際よく拘束具をかけ、
端末を取り出した。
フェンから送られた“極秘回収プログラム”が起動する。
エヴァ
「……開始します」
サーバー内部の顧客データが
エヴァの端末へ安全に転送されていく。
そして――
エヴァ
「“完全消去”」
彼女が指先で操作すると、
ジョーカーのサーバー内のデータは
復元不能な形で消去された。
ジョーカー
「やめろ……!
それは私の……!」
エヴァ
「あなたのものではありません。
顧客に返還すべきものです」
---
BK117D-3 が上空でホバリングし、
海保の巡視艇が警告灯を点滅させながら接近してきた。
操縦士
「舞鶴海保、到着!」
大門
「よし、エヴァ。
ジョーカーをデッキに残して離脱しろ。
海保が引き取る」
エヴァ
「了解しました」
彼女は拘束したジョーカーや彼の部下を船尾デッキに座らせ、
海保隊員がロープで降下してくるのを確認した。
海保隊員
「Paradox Logistics 極東本部の方ですね!
容疑者、確保します!」
ジョーカー
「私は……終わりなのか……」
大門(上空から)
「終わりじゃねぇよ。
“始まり”だ。
お前が背負うべき責任のな」
海保隊員がジョーカーを連行し、
巡視艇へ移送する。
エヴァは静かにヘリへ戻る。
大門が頷いた。
大門
「データは?」
エヴァ
「フェン様の端末へ、暗号化して送信済みです。
ジョーカーのサーバーからは完全に消去しました」
大門
「よし。
フェン総本部長に報告だ」
BK117D-3 は上昇し、
日没前の日本海を離れていった。
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