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皮肉屋監査官 Fen (フェン)と異能の相棒  作者: Silvertiger
第12話 遊んでいたら叱られました その3

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第12話 遊んでいたら叱られました その3

◆ 専務の間にて ― それでも折れない心


 フェンが監査役室のガラス扉を閉めると、

 エヴァは静かに言った。


「……専務に、ゴンタ様との契約を報告する必要があります」


 フェンは頷いた。


「ええ。どうせ、あの人は“気に入らない”と言うでしょうけど」


 エヴァは一瞬だけ目を伏せた。


「……覚悟は、よろしいのですね」


 フェンは微笑んだ。


「覚悟なんて、大げさよ。ただ、譲れないだけ」


 その言葉に、エヴァの胸がわずかに震えた。



 ◆専務室 ― 重圧の空気


 専務室の扉が開くと、空気が変わった。


 重い。


 湿度を含んだような、圧迫感のある空気。


(……ゴンタが“湿気っぽい”と言った理由がわかるわね)


 フェンは心の中で苦笑した。


 専務は椅子に深く腰掛け、

 二人を見下ろすように視線を向けた。


「来たか。ゴンタの件だな」


 エヴァが一歩前に出て報告する。


「はい。ゴンタ様は個人事業主として登録し、

 会社と正式に契約を結ぶことに同意されました」


 専務の眉がぴくりと動いた。


「……個人事業主、だと?」


 フェンは静かに言葉を継いだ。


「ええ。彼に最も適した形です。

 自由を奪わず、会社としてもコンプライアンスを守れる。

 双方にとって最善の選択です」


 専務は机を指で叩いた。


「私は“従属契約”を求めたはずだが?」


 フェンは一歩も引かない。


「それは不可能です。彼は“縛られる”存在ではありません」


 専務の目が細くなる。


「フェン・ワイルド。お前を監査役にまで引き上げたのは誰だ?」


 フェンは静かに答えた。


「あなたです。その恩は忘れていません」


「ならば従え」


「……いいえ」


 専務の空気が一瞬で冷えた。


「……何?」


 フェンはまっすぐに専務を見た。


「ゴンタを利用するために、私を使うつもりなら――

 私は辞めます」


 エヴァの呼吸が止まった。


 専務はしばらく沈黙し、

 やがて低く笑った。


「……辞める、だと。お前がか?」


「ええ。私が辞めれば、監査部は混乱します。

 あなたも困るでしょう」


 専務は目を閉じ、しばらく考え――


「……好きにしろ」


 その言葉は、敗北ではなく、

“次の一手を考える者の声”だった。


 エヴァは驚愕した。


(専務が……フェン様の意向を、認めた……?)


 フェンは静かに頭を下げた。


「ありがとうございます。では、これで失礼します」


 颯爽と専務室を出ていくフェン。


 その背中は、いつもよりずっと強く見えた。



 ◆専務とエヴァ ― 影の会話


 扉が閉まると、専務は小さく鼻で笑った。


「……エヴァ。お前の“呪い”は効かなかったようだな」


 エヴァは静かに答えた。


「……申し訳ございません。

 ゴンタ様は……想定以上の存在です」


 専務は目を細めた。


「あの男は、ただの“異能者”ではない。

 あれは……“鍵”だ」


 エヴァは息を呑んだ。


「鍵……?」


 専務は立ち上がり、窓の外を見た。


「フェンに伝えろ。次の監査案件だ。

“北米支社のデータ消失事件”――

 あれを解決しろと」


 エヴァは目を見開いた。


「……あれは、通常の監査では不可能です。

 内部犯行でもなく、外部侵入の痕跡もない……

“存在しないはずのデータ”が消えた事件……」


 専務は静かに言った。


「だからこそ、フェンにやらせる。

 そして――ゴンタが必要になる」


 エヴァは悟った。


(専務は……いずれフェン様もゴンタ様も、自分の膝下に置くつもり……)


 専務は微笑んだ。


「さあ、行け。フェンに伝えろ。“これは、お前にしかできない”とな」


 エヴァは深く頭を下げ、専務室を後にした。



 ◆ フェン、監査部へ戻る


 フェンが監査部に戻ると、ケンジとエミが心配そうに駆け寄った。


「フェンさん! 大丈夫でしたか!?」


 フェンは微笑んだ。


「ええ。ちょっと疲れただけよ」


 その笑顔は、専務室で見せた強さとは違う、柔らかいものだった。


 エヴァが静かに近づき、フェンに報告する。


「……フェン様。専務から、新しい監査案件がございます」


 フェンは目を細めた。


「……また厄介なものね」


 エヴァは小さく頷いた。


「はい。ですが……フェン様なら、きっと」


 その言葉には、これまでになかった“温度”が宿っていた。


 フェンは微笑んだ。


「ありがとう、エヴァ。……ゴンタにも手伝ってもらわないとね」


 エヴァはその言葉に、胸の奥が温かくなるのを感じた。


  ◆秘書課長の沈黙 ― 契約の鎖と微かな光

  

 静かな朝、誰にも見えない影


 秘書課長室の朝は、いつも静かだ。


 だがその静けさは、安らぎではなく“緊張の膜”のようなものだった。


 エヴァは机に置かれた一枚の紙を見つめていた。


 それは、専務との“契約書”――


 魔術的拘束を伴う、絶対服従の証。


 紙は古びているのに、どこか生き物のように脈打っている。


 触れれば、冷たい鎖が心臓に巻きつくような感覚が走る。


(……今日も、私は命令を遂行する)


 それが彼女の“存在理由”だった。


 少なくとも、フェンと出会うまでは。



 ◆前任監査役の“遺産”


 フェンが監査役に就任する前、

 エヴァは前任者(現在の専務)の“監査”を補佐していた。


 だがその監査は、帳簿や資産の確認ではない。


 ――“異常な資産”の処分。


 前任監査役は、会社の裏でとんでもないものを集めていた。


 呪具、異界の欠片、封印された契約書、

 そして“存在してはならないデータ”。


 エヴァはそれらを、自分の“能力”で処理してきた。


 能力の正体は、誰にも言えない。


 自分が人間なのかどうかも、彼女自身わからない。


 ただひとつ確かなのは――


 専務の契約魔法がなければ、

 エヴァは“もっと別の存在”として生きていたということ。


(……私は、何者だったのかしら)


 その答えは、契約の鎖に封じられている。



 ◆フェンという“例外”


 フェンが監査役に就任した日。


 エヴァは初めて、契約の鎖が“わずかに緩む”のを感じた。


(この人は……前任者とは違う)


 フェンは、権力に媚びず、恐れず、

 そして誰よりも“正しい”。


 専務の命令で監視し、情報を集め、

 時に誘導しなければならない立場なのに――


 フェンの前では、エヴァはなぜか“嘘をつきにくい”。


(……どうして、私はこの人の前で揺らぐの)


 契約の鎖が、微かに軋む音がした。



 ◆ゴンタという“異物”


 そして――ゴンタが現れた。


 最初に彼を見た瞬間、エヴァは思わず息を呑んだ。


(……この匂いは……)


 魔術でも呪いでもない。


 もっと根源的な、“世界の外側”の気配。


 ゴンタがフェンのそばに立つと、

 契約の鎖がわずかに震えた。


(……この人は、契約を乱す)


 専務の命令は明確だった。


 ――ゴンタを従わせろ。


 ――フェンを通じて支配下に置け。


 だが、ゴンタの存在は、エヴァの中の“何か”を揺さぶった。


 彼が笑うたび、契約の鎖が緩む。


 彼がフェンを守るたび、専務の支配が弱まる。


(……どうして? あなたは何者なの?)


 答えは、ゴンタ自身も知らないのだろう。



 ◆専務の命令と、揺らぐ心


「ゴンタを従わせろ」


「フェンを管理下に置け」


「監査部を掌握しろ」


 専務の命令は、エヴァの胸に重く沈む。


 命令に逆らえば、契約の鎖が心臓を締め付ける。


 だが――


 フェンが専務に立ち向かったあの日。

「辞めます」と言い切ったあの瞬間。


 エヴァの胸の奥で、

 何かが“はっきりと音を立てて”揺れた。


(……この人は、私が守らなければ)


 専務の命令ではなく。


 契約の鎖でもなく。


 ただ、エヴァ自身の意思として。



 ◆ゴンタの“無邪気な一言”


 ある日の帰り際。


 フェンが席を立ったあと、ゴンタがふとエヴァに言った。


「エヴァってさ、なんか……鎖の音がするよね」


 エヴァは一瞬、呼吸を忘れた。


「……鎖?」


「うん。フェンの前だと、ちょっとだけ静かになるけど」


 エヴァは言葉を失った。


(……見えているの? 私の“契約”が?)


 ゴンタは首をかしげ、いつもの無邪気な笑顔を見せた。


「大丈夫だよ。その鎖、いつか外れるよ」


 その瞬間、エヴァの胸の奥で、

 契約の鎖が“かすかにひび割れた”。



 ◆エヴァの決意


 夜の秘書課長室。


 契約書が机の上で脈打っている。


 エヴァは静かに手を置いた。


(……私は、専務の道具ではない)


 フェンのために。


 ゴンタのために。


 そして――自分自身のために。


(いつか、この鎖を断ち切る)


 その決意は、契約魔法の奥深くに潜む“何か”を震わせた。


 そしてエヴァは、初めて自分の意思で微笑んだ。



 ◆ 幕間 ― 影の目覚め


 二年前の夜、ニューヨーク、マンハッタンにある北米総本部は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。


 人気のない各階のフロアは、非常灯を残し灯りは落ちている。


 ただ一つ――


 サーバールームの奥だけが、青白い光を放っていた。


 誰もいないはずの部屋で、

 モニターがひとりでに点滅する。


 ログが流れる。


 しかし、その文字列は途中で“喰われる”ように消えていく。


 まるで、何かが――


 データそのものを飲み込んでいるかのように。


《ERROR:UNKNOWN ENTITY DETECTED》

《TRACE FAILED》

《SHADOW SIGNATURE CONFIRMED》


 画面に浮かんだのは、

 本来存在しないはずの識別コード。


 ――オブリビオン OBLIVION(影喰い)


 その瞬間、ビル全体の照明が一瞬だけ揺らいだ。


 まるで“何か”が目を覚ましたかのように。


 ――影が、動き始めた。


 そしてその影は、

 ゴンタと、フェンと、エヴァを

 確実に巻き込もうとしていた。



エピローグ ゲートは泣いている


 監査部に一本の電話が入った。


「……はい、監査部です。

 え? 入館ゲートが……?

“開閉を繰り返して業務に支障”?

 ……はあ?」


 電話を受けたケンジの顔がみるみる青ざめていく。


 エミが心配そうに覗き込む。


「どうしたんですか、ケンジ先輩」


「……ゴンタさんが、ゲートで……遊んでるらしい……」


 監査部全員「やっぱりか……!」



 ◆入館ゲート前は地獄絵図


 入館ゲート前では、

 ピンポーン! ガチャッ!

 ピンポーン! ガチャッ!

 ピンポーン! ガチャッ!

 と、一定のリズムでゲートが開閉を繰り返していた。


 ゴンタは楽しそうにパスをタッチし続けている。


「すごいねこれ!

 タッチすると“ピンポーン”って鳴るんだよ!

 ほら、また鳴った!」


 ガードマンA「……あの、やめていただけますか……?」


 ガードマンB「センサーが……壊れ……いや、壊れてはないけど……

 精神が……」


 ゴンタ「え、壊れてないなら大丈夫でしょ?」


 ガードマン達「大丈夫じゃないです!!」



 ◆救援に駆けつける美人秘書コンビ


 そこへ、エヴァとエマが早足で現れた。


 エヴァは一瞬で状況を把握し、

 深く、丁寧に頭を下げた。


「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。

 こちらの者が……はしゃいでしまったようで」


 エマも続けて頭を下げる。


「本当にすみません……!」


 ガードマン達は一瞬で顔を赤くし、背筋を伸ばした。


 ガードマンA「い、いえ!

 エヴァさんに謝られたら……その……!」


 ガードマンB「むしろこちらこそ……!

 いつもお疲れ様です……!」


 エヴァ「ありがとうございます。すぐに連れ戻しますので」


 ガードマン達「は、はいっ!!」


(※ガードマン達、完全に骨抜き)



 ◆ゴンタ、連行される


 エマがゴンタの腕を掴む。


「ゴンタさん! ダメですよこんなことしたら!」


「えー? だって楽しいのに」


 エヴァは微笑みを浮かべたまま、

 しかし目だけが笑っていない。


「ゴンタ様。フェン様がお待ちです」


 ゴンタ:

「……あ、やばい?」


 エヴァ:

「はい。“かなり”やばいです」



 ◆フェンのもとへ


 監査部に戻ると、フェンは腕を組んで待っていた。


「……ゴンタ」


 その声は静かだった。


 静かすぎて、逆に怖い。


 ゴンタはにこにこしながら手を振る。


「フェン、ただいまー。

 ゲート、すごく楽しかったよ!」


 ゴンッ!

 フェンの拳がゴンタの頭に落ちた。


「楽しいとかじゃないのよ!!

 ゲートは遊び道具じゃないの!!

 ガードマンさん達に迷惑かけてどうするの!!」


 ゴンタは頭を押さえながら、

 しかし全く反省していない顔で言った。


「でもフェン、怒ってる顔も可愛いよ」


 ゴンッ!!


「褒めてもダメ!!」


 監査部は笑いを堪えきれず、

 フロア全体が温かい笑いに包まれた。


 ゴンタは頭をさすりながら、

 それでも嬉しそうに笑っていた。


「フェンに叱られるの、なんか好きなんだよね」


「……もう帰りなさい!!」


 


あとがき


お読み頂きありがとうございました。

次話、「契約したらニューヨークに派遣されました」を

よろしくお願いします。



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