第九話:国境の風と南への道
竹壁の隙間から差し込む朝の光で目が覚めた。仮初めの小屋の空気はまだ湿り気を帯び、煙の匂いと濡れた土の香りが完全には消え去っていなかった。息を吸い込むたびに肩に激痛が走る――だが、その痛みこそが俺が生きている証拠だった。
そして今の俺たちにとって、それは何よりも十分なことだった。
屋外からは朝の羽虫の羽音がかすかに聞こえ、竹壁を吹き抜ける風の音と混ざり合っていた。遠くから水のせせらぎが聞こえる。昨夜の雨の後に残った小川だろう。昨夜の惨劇が嘘のように、世界は穏やかに満ちていた。どこか見知らぬ場所に放り出されたような錯覚を覚える。
部屋の隅にある炉の火は小さく灯り続け、消えそうになりながらも温もりを保っていた。炉の傍らに座るミラの顔には疲労の色が濃かったが、その瞳は相変わらず警戒の光を失っていなかった。
彼女は口を開いたが、すぐにはこちらを振り返らなかった。
「目が覚めたか」
淡々とした声だったが、そこにはかすかな安堵の響きが含まれていた。
俺は肩の痛みに呻きを噛み殺しながら、身体を起こそうとした。
「馬に蹴られたような気分だ」俺は短く呟いた。
ミラはくすりと小さく笑いを漏らすように、ちらりとこちらを見た。「冗談を叩く余裕があるなら重たい話じゃないな」
「冗談でも言ってないと、また気を失いそうだからな」軽く答える。
ミラは小さく首を振り、床の水差しを取って盃に水を注いだ。「じっとしていろ。肩の傷は甘く見ない方がいい」
俺は肩に巻き付けられた布の包帯を見つめた。「ただの擦り傷だ。これより酷い目には何度も遭ってきた」
彼女は俺をじっと見つめた後、視線を部屋の隅へと向けた。
俺もつられて視線を巡らせる――そこには、使い古された布の山の上でルナ姫が横たわっていた。頬にわずかな灰を残したまま、安らかな寝息を立てている。あの長い夜を越えて彼女が穏やかに呼吸している姿を見るだけで、胸のつかえが下りていくようだった。
「夕べ、一度目を覚ましたぞ」ミラが言った。「お前の居場所を訊いて、またすぐに寝落ちたがな」
「姫様に変わりはないか?」俺は尋ねた。
「疲労が溜まっているだけだ。少し熱っぽいが、すぐに良くなる」彼女の声は柔らかさを帯びていた。
俺は頷いた。「そうか……良かった」
……
「アブディ……?」
幼い声に、俺は素早く振り返った。ルナ姫が目を覚ましていた。瞳は半分しか開いておらず、髪は乱れている。
「アブディ、痛いの……?」彼女は俺の肩を見つめながら、小さく問いかけてきた。
俺はかすかに微笑んだ。「少しね。でも、アブディはもっと痛い思いをしたことがあるから大丈夫ですよ」
「わたしを……助けてくれたから?」
俺は一瞬だけ言葉を詰まらせてから答えた。「ええ。でもいいんです。アブディが自分で姫様を助けると決めたんだから」
「でも……痛そうでしょ……」
俺は自分の膝をポンポンと優しく叩いた。「アブディの到着が遅れる方が、もっと痛かったはずですよ」
ルナ姫はしばらく沈黙していたが、やがてゆっくりと身を寄せてきた。小さな身体が俺の胸に預けられ、小さな手が俺の服をぎゅっと掴んだ。その肩が微かに震えているのが伝わってくる――恐怖、安堵、そして疲労が入り交じった震えだ。小さなくしゃくしゃとした泣き声はすぐに息を吐き出す音へと変わり、汚れた頬に小さな笑みが浮かんだ。
「もう……アブディが傷つくの、いやだ」途切れ途切れの声で彼女は言った。
俺は少し頭を下げ、彼女の頭を優しく撫でた。「なら、姫様も早く元気にならないとね。アブディがもう戦わなくて済むように」
「ふふ……うん」彼女は炉の火を見つめた。「アブディ、それ……お粥?」
「ええ。今朝作っておいたんです」俺は椀に少し盛り付け、彼女に手渡した。「まだ温かいから、気をつけて」
彼女はスプーンの上の粥をふーふーと小さく吹き、口に含んだ。「昔、おじさんとおばさんが作ってくれたお粥の味がする……」
俺は微笑んだ。「味を真似してみたんですよ」
部屋に再び静寂が戻った。スプーンが椀に触れる音と、炉の小さな火が薪を爆ぜさせる音だけが響く。数口食べた後、疲労のせいか彼女の瞼が再び重くなり始めた。
「アブディ、疲れてるの……?」
「少しね」
「じゃあ、あとでちゃんと休んでね」小さく欠伸をしながら彼女は呟いた。「アブディが病気になったら……誰がわたしを守ってくれるの?」
膝の上で再び眠りに落ちていく幼い顔を見つめ、俺は優しく微笑んだ。「休むと約束しますよ、姫様」
彼女の肩にかかった毛布をかけ直し、俺は弱まり始めた炉の火を見つめた。昨夜のすべての出来事を経て、この静寂はどこか余分なもののように思えたが……同時に、酷く心を落ち着かせてくれた。
外に出ていたミラが、小さな桶と薬草の入った布袋を手に戻ってきた。ルナ姫が再び眠りについたのを確認すると、彼女は足取りを緩めた。
「一口でも食べられたなら上等だ」ミラは炉の傍らに腰を下ろし、低く囁いた。「だがアブディ、長くは留まれないぞ。あの刺客の残党や城の追手が、いつこのあたりを捜索し始めるか分からない」
「分かっている」俺は息を吐き出し、強張り始めた腕の傷を見つめた。「だが……この状態で宛てもなく遠出するわけにもいかない」
ミラは真剣な眼差しで俺を見つめた。「お前の肩の傷口、縁が黒ずみ始めているぞ――いい兆候じゃない。安全な場所が必要だ。傷を癒やし、態勢を立て直せる場所がな」
「どこか当てがあるのか?」俺は尋ねた。
「南のルートの話をしたのを覚えているか?」ミラは熾火を見つめた。「あっちに私の組織の商会がある。仲間たちが今も仕切っている場所だ。城の手がまだ回っていなければ、潜伏して傷の治療もできる」
俺は彼女を暫く見つめた後、静かに問いかけた。「ミラ……なぜリスクを冒してまで俺たちを助けてくれるんだ?」
俺の問いに、彼女はしばらく口をつぐんだ。俺を見ようとはせず、ただ炉の火を見つめている。
「さあな」彼女はようやく口を開いた。「昔、私が途方に暮れて倒れていたとき、理由も訊かずに助けてくれた奇特な奴がいてな。一人で戦い続けてきた奴を助けるのに、大層な理由なんていらないのさ」
彼女の声には、静かだが深い響きがあった――国境の過酷さを知る者同士の、確固たる共感。
俺は深く理解して頷いた。「よし、南へ向かおう」
「夕刻、霧が降りたら出発だ」ミラは肩の傷口に塗る薬草を調合しながら言った。「森の裏道を進めば、ここから二日の道のりだ」
乾いた葉の香りが部屋に広がり、血と煙の残り香を打ち消していく。彼女の手際良い手つきを見つめ、それから安らかに眠るルナ姫の顔に目をやった。
「あの子が安全である限り」俺は静かに呟いた。「すべての戦いには意味がある」
ミラは小さく微笑み、頷いた。俺は竹壁の隙間から差し込む夕暮れの空を見上げた。薄雲がゆっくりと流れ、温かな光の余韻を残していく。旅路はまだ遠く、危険が完全に去ったわけではない……だが、俺は久しぶりに、再び一歩を踏み出す準備が整ったのを感じていた。




