3.決闘?
ひしめいている翼、風音、そのたびに散る、大小の羽根。
尾の長短、嘴の形。種々様々な鳥群。
それらが、天蓋のごとく、シンシャたちの頭上に広がっている。
そして彼女は、かの国務大臣令嬢は、踵を慣らして二人の前に立った。
その片手に、蒼銀色の地金に青い羽根をほどこした、小弓を抱えている。
クラドス、サジタリウス十六式。
装填されるエニグマは、『アエリオフュロン』。彼女のための特注品だ。
そして、現在ひしめく鳥は、彼女の使い魔――サウヴァージュ家伝来のパーク【分千鳥】。
彼女自身の魔力の塊を周囲に展開し、索敵やほかの術式への即時転用や他者への還元を可能とする。
きりりと眦を吊り上げた目線をシンシャに、鋭く突き出した指をグレアに差しながら、彼女は言った。
「シンシャさん、このような与太者に関わることは、貴方の才器を損なう愚行です。付きまとわれているなら、私が追い払って差し上げます」
「逆ですよ逆。むしろ俺の方が付きまとわれてんですよ」
「あ、ひでっ! さっきは好きって言ってくれたじゃんか!」
「蒸し返すな、こっぱずかしい!」
そのやりとりを聞いて、ますますミチルはふくれっ面になって、グレアを指弾した。
「だいたい! 何よその横柄な物言いは!? ジオ・メトライアの援助をしなければあわや所領を召し上げられる寸前だったような無位の騎士家の末裔の、そのまた端の分家が! 建国以来の名門サウヴァージュ家の者とその友人と、対等の口を利いて良いと思って?」
悪い娘ではないんだけど、とシンシャは苦笑する。
ただ、事あるごとに自身の家名を持ち出し、それを背景に人を集めて使う。本人としては自分とシンシャから無用の争いを遠ざけるための威嚇――もとい処世術なのかもしれないが、シンシャからすれば、いささか辟易するところだ。
そもそも貴族位など、もはやエニグマの台頭と共に、有名無実化している。
当初その力と特権の象徴であった魔導術式は、その大半が、理由を見つけて剥奪もしくは無力化されたのだから。サウヴァージュ家がその中でもなお一定の地位を保てているのは、ひとえに彼女の父兄の政治的手腕と立ち回りに他ならない。
院内にも貴族の子弟は多いが、それはなお保持できている人脈と資産に依るところが大きい。
それらにとってかわるように権門化したのは、ランドバーク、クロノといった四大企業家。ポイアー家以外は貴族位など得ずして、その勢力を帝国内に拡張している。
政治嫌いのシンシャでさえ、その程度のことは嫌でも耳に入り、かつ叩き込まれる。グレアが知らないはずはない。反論は、容易に出来るはずだ。
『貴族位の有無など、もはや論じるだけ不毛だ』
と。
だが彼はうんざりした面持ちで、ミチルの怒声を流している。何か口答えすれば、いかにそこに理が通っていたとしても、激化するのは目に見えている。
きっと、シンシャのために。
権勢の争いを億劫に思っている、自分を気遣って。
(なんて――生きづらいほど不器用で、いじましい)
その物憂げな横顔を眺めているだけで、 胸がざわめく。落ち着かなくなるが、ふしぎとこそばゆく、かつ不快ではない。
……そのうえで、冷汗を額に浮かべ、時折助けを求めるようにチラチラとこちらに視線を送るさまさえも、どこか愛らしい。
(なーんて、見惚れてる場合でもないよな)
肩をすくめつつ、シンシャは両者の間に割り込んだ。
「止めときなよ。使い魔全面展開して、こんなとこでおっぱじめるつもり?」
「シンシャさんの手を煩わせるつもりはありません」
「君に煩わせるつもりなくても、さすがに俺の目の前で、言いがかりでグレアを攻撃するんなら、俺が相手になるけど……どうする?」
すっと眇めた目を向ける。
その威に圧されてか、ミチルはびくりと身をすくめた。その動揺に呼応してか、空中の鳥たちがより激しく羽音を立てる。
何をしたわけでもない、ただ釘を刺しただけなのに、この反応――いつもの反応。
「そ、そんなことはしませんっ。ただこの男は、すぐ逃げるから、その逃げ道を塞いだまでのこと。今日は、宣戦布告に来たまでのこと」
「宣戦布告?」
えぇ、と鷹揚に頷くや、小弓を突き付けて、ミチルは告げる。
「サウヴァージュ家、ミチル・ジョゼ・サウヴァージュ。グレア・アンティキラに決闘を申し込みます」
「……いや、結局戦うつもりじゃねぇか」
グレアが小声でこぼした。
「断ろうとしても、無駄なこと。貴方、近代魔導戦の講義をとっているでしょう? その実技演習の対戦表が貼り出されていたわ。そして貴方の相手は、この私……衆人環視の中、貴方がシンシャさんにどれほど分不相応な存在か、身をもって分からせて差し上げるわ」
そう吐き捨ててミチルがクラドスを横に振ると、空の鳥たちが跡形も無く霧散していった。早足でその場を離れていく彼女の背を目で負いながら、
「んー、なんか、ごめんね?」
「別にお前が謝ることじゃねぇだろ。つか、前にあいつに追い回された時だって、助けてくれなかったどころかむしろ利用して待ち構えてたわけだし」
グレアは恨みがましげに、軽く睨んだ。
「うぐ……根に持ってるなぁ……まぁあの時とは、その、まだ興味本位だったわけだですし……?」
パンをかじりながら、シンシャは目を逸らし、口をもごつかせた。
とはいえ、正式な課題となれば、シンシャの介入できるところではない。
恥をかいて分からせられるのはいずれか、そこは本人たちの努力と実力と武運に依るところでしかない。
「一応言っとくけど、彼女は強いよ」
「知ってる。入学の時負けた」
そうグレアは言うが、あれを敗北とカウントして良いものか。
シンシャとの戦いが長期化し、魔力切れかけだった状態で、次戦があのミチルだった。
お互いに決め手に欠けてズルズルやった末に、見かねたクロノ本家から中止と降参の申し出がされたことで、ミチルに勝ち星がついたのだった。
「アレ、『魔導院創立以来の塩試合』だとか言われてたよね」
「……まぁ、次は万全のコンディションで挑めるし、正式な授業ともなればクロノ家の『御厚情』も無いだろう――心置きなく、戦れる」
そう言った時、グレアは、目元を絞り、口元に手を遣った。
細められた目は雲間の弦月のよう。顔の半ばが隠れ、研ぎ澄まされた眼光がより際立つ。
(あの時と、同じだ)
最初に、シンシャと戦った時と。
どう戦うか。どう勝つか。
そこに意識を傾注する、真摯な眼差し。
その時だけ、家を忘れて戦いに臨む瞬間だけ、彼は己を卑下することを忘れられる。自分を、諦めることをしない。
想えば――あの瞬間から。
「……」
ただし、今その目と意識が向かう先に、シンシャはいない。
(そこんとこは、面白くない)
シンシャは、自身の肩をグレアの胴へとぶつけた。
「なんだよ」
「べっつに。ただ、グレアは本当に戦いが好きなんだなぁ、と。オトコノコだねぇ」
「……別にそんなことねぇって。そういうお前だって」
「俺? 別にそんなでもないけど。俺は必要だから強くなったし、求められたから強くなったし、もともと強いからさらに強くなった。あんま戦ったりとか自体は好きじゃないなぁ」
「は……? じゃあなんで初めの頃再戦なんて求めたんだよ」
「分からない?」
「全然分からん」
特大の疑問符を浮かべるグレアに、ごつん、と再び肩をぶつける。
「なんでそゆとこは鈍いかね」
シンシャは悪戯っぽく笑って見せると、食いかけのパンを握ったまま手を振り、その場を後にしたのだった。
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そして、グレアは集合掲示板に貼り出された対戦表を見に、中庭に出た。
その前では、ミチル・ジョゼ・サウヴァージュが取り巻きを伴って棒立ちになっていた。何やら、愕然とした面持ちを並べて固まっていた。他もまた、どよめいているようだった。
その人の林から身を隠しつつ、覗き見る。
そこには、丁寧な筆記体でこう記されていた。
〈本セッションは、特例的に以下の三対三の組み合わせで行うものとする〉
一年
シンシャ・ランドバーク
ミチル・ジョゼ・サウヴァージュ
グレア・アンティキラ
対
三年
ケイト・シース・ポイアー
ジャーダ・ヤアド
リチア・エルバイト
はい? と乾いた声がミチルと、その手の裏手のグレアとで重なった。




