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8話「……そのうち」

 ティム嬢とエディをめぐる攻防戦。お手付きなのか否かの問いは真面目に返すのもばからしい。


「彼は、料理屋の店主だ。彼の作るものはどれもおいしくて、私以外にも店主の料理を心待ちにしている者はたくさんいるだろう。私は店主を尊敬している。私たちの間にそういう上下の関係はない」


 堂々とした言葉に、ティムの目が細まった。揚げ足をとってからかってやろうと思っていたのだが、これは予想外だ。ここは一旦引いて、再度アプローチをかけた方がいい。ちらりと見ると、エディは顔を両手でおおっていた。恥ずかしいのかとティムは軽く考えたのだが、エディの感情はもっと激しく、気持ちが高まりすぎてミシェルを直視できないからだった。内心歓喜の嵐で叫びまくっていることだろう。


「ティム嬢も一度店に行って、食事をしてみてはどうだ」

「お店の宣伝までしてくれるなんてミシェルちゃんステキすぎぃ……好きぃ……」


 おおった両手の隙間からぼそぼそと言葉がもれている。気持ちが可視化できたのなら、口からハートがたくさん吐き出されていたことだろう。


「そうですね、改めて伺いますわ。あなた、熱烈に口説いてあげますから覚悟なさい」


 撤退と決めれば時間は無駄に使わないのがティム嬢だ。今度エディに接触するときはミシェルがいない時にしようと考えつつ、潔くきびすを返す。


「ココ、行きますよ」

「ワカッタ」


 声をかけられ従者も動く。振り返る一瞬、ミシェルと視線がぶつかった。お互いに闘志を燃やしているようだ。ミシェルは去り行く大きな背中に声をかける。


「いつか手合わせ願いたいものだ」

「オレ、マケナイ」


 ミシェルは返ってきた言葉に笑みを深めた。純粋に強者と戦えるのは嬉しい。力と力のぶつかり合いはおのれを高め、成長させてくれる。例え世間一般でいう令嬢とかけ離れていようが構わないのだ。ドレスの代わりに筋肉を、愛嬌の代わりに握力を我がものにしたミシェル・バートレットに怖いものなどない。


 自分らしくある。

 自分を輝かせてくれるものを知る。

 例え他人と違っても、それが誇らしいのなら堂々と胸を張っていい。


 ミシェルはエディを思う。ティム嬢が言った彼の才能はミシェルも認めるところだ。まさか庶民があれほどまでの魔法を操るなど、思いもしなかった。生活に馴染んでいる魔法はだいたいが風を吹かせたり火をともしたりする程度だ。これが戦闘になると一気にハードルがあがり、相当の技術が求められる。だから戦闘ができる術師は高位貴族がのどから手が出るほどの人材なのだ。ティム嬢が声をかけるのもうなずける。


 エディ。純粋な腕力はミシェルに軍配が上がるだろうが、魔法を絡めた戦いはどうなるかまったく予想がつかない。あの水の玉ひとつで苦戦したのだ。彼が操る魔法はどれほどのものか……氷の槍をあやつるエディの横顔を思い出して、ミシェルは全身がぞくぞくとあわ立った。


「ミシェルちゃん、今夜はうちで食べてくれるんだよね!?」


 大きな声とつんつんと服を引っ張られる感触に視線を動かせば、大きな瞳に涙を浮かべるエディがいた。その必死な様子と、先ほど自分が思い浮かべていた姿があまりにかけはなれていて、思わず口角があがる。不思議な人だ。きっと私が戦いに惹かれるのと同じくらい、料理を作るのが好きなんだろうな。そう思うとほろっと心が緩んだ。


「世話になるつもりだが?」


 笑ってみせるとエディが「笑顔ぉぉおお」と奇声を発してまた顔を両手でおおう。耳まで赤くして今にも湯気が出そうだ。あきれたように息をつくも、愉快な心地だった。見ていて飽きないという人物はまさにエディのことを言うのだろう。出会ってから驚かされることばかりだ。


 改めて二人並んで道を歩く。夕日が赤く辺りを染め、ひんやりした空気が近づく夜を感じさせる。民家からは夕食の匂いと楽しそうな声が流れてきた。


「ねえねえ、ミシェルちゃんはいつ俺のこと名前で呼んでくれるの?」


 見上げるようにしてエディがたずねる。幼い彼の容姿もあいまって小動物のようなかわいらしさがあった。


「……そのうち」

「ほんと?」


 ほんとにほんと? いつから呼んでみる? 試しにいま呼んでみる? ミシェルにしつこく食い下がるエディは嬉しそうに目をキラキラとさせている。


「しつこいぞ店主」


 ガーンとわかりやすくショックを受けている姿を見ながら、ミシェルは道の先に視線をむける。もうしばらく歩くとエディの店だ。きっと一緒に食べる夕食も美味しくて、楽しいのだろう。


 道ゆくふたりを夕日が照らす。

 その影は、仲が良さそうに寄り添っていた。



〈おしまい〉

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― 新着の感想 ―
[一言] 猫の玉三郎様。 宣伝に導かれるまま、つい読んでしまいました。 面白かったです。 >ドレスの代わりに筋肉を、愛嬌の代わりに握力を我がものにしたミシェル・バートレット。 カッコ良すぎです。
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