シーズン3外伝 第四話 旅の途中の雨宿りと、明日の空
皆様、こんにちは!『雨音が教えてくれたこと』外伝シリーズ第4話をお読みいただき、ありがとうございます!
のどかな麦畑を進む旅の途中、突然の激しい豪雨に見舞われた可憐たち。古い石造りの東屋での雨宿り中、荒れ狂う嵐の気流を感じ取った可憐の「循環の力」が、空の機嫌をそっと直していきます。心洗われる雨上がりの風景と、旅の温もりをぜひお楽しみください!
オトトの里を後にした可憐たちは、次の目的地である王都の隣町を目指して、のどかな街道を進んでいた。
道の両側にはどこまでも続く麦畑が広がり、黄金色の穂が心地よい風に揺られている。
「いやあ、オトトの里の特製ハーブスープ、美味しかったですね!」
御者台で手綱を握りながら、リオンがご機嫌な声で振り返る。
助手席に座るミリアも大きくうなずいた。
「そうでしたね! あの薬草の香りがするパンも最高でした。カレンさんが畑を救ったおかげで、村の皆さんが本当に嬉しそうでしたもんね」
後ろの客席で本を読んでいた可憐は、ページから顔を上げてふふっと微笑んだ。
「みんなが無事で本当によかったよ。あの畑の月見草、来年には立派な薬になるはずだから、またいつか見に行きたいな」
平和な景色と穏やかなおしゃべり。異世界に召喚された当時は途方に暮れていた可憐だったが、今の彼女にとってこの旅の時間は、何物にも代えがたいかけがえのないものになっていた。
だが、自然の気まぐれは時に予期せぬ変化をもたらす。
それまで青々と晴れ渡っていた空が、ほんの数十分の間にみるみるうちに鉛色の雲に覆われていったのだ。
「――あれ? 急に空が暗くなってきましたよ」
リオンが上空を見上げて顔をしかめる。
遠くの地平線の方から、ゴロゴロと不気味な雷鳴が響いてきた。ただの通り雨ではない。急激な気圧の変化に伴う、荒々しい山の気流がこちらに向かって押し寄せている。
「雨雲が急に集まってきている……。このままじゃ、本格的な嵐になっちゃうね」
可憐が空を見据えながら呟く。
「前方に、古い石造りの東屋があります! あそこで雨宿りしましょう!」
リオンが手綱を巧みに操り、馬車を街道沿いの木立の中にある頑丈な石造りの休憩所に滑り込ませた。
馬車を停め、全員が東屋の屋根の下に駆け込んだ直後――。
空が真っ黒に裂け、激しい豪雨が世界を白く染め上げた。アスファルトではなく土の街道は、一瞬にして激しい泥水へと変わっていく。
「うわあ、すごい雨……! 外に出てたら一瞬でびしょ濡れでしたね」
ミリアが服の裾をパタパタと払いながら胸をなで下ろす。
リオンは馬たちが驚かないように宥めながら、東屋のベンチに腰掛けた。
激しい雨音は、周囲の音をすべてかき消すようにゴウゴウと響き渡っていた。
本来なら、これほどの豪雨は旅人にとって足止めを食らう厄介な災難でしかない。しかし、不思議と可憐の心は落ち着いていた。
(この雨は、怒っているわけじゃない……。ただ、山の上で溜まっていた熱と水分が、行き場を失ってぶつかり合っているだけだ)
可憐は東屋の手すりに寄りかかり、白く煙る雨のカーテンを見つめた。
彼女の手のひらが、微かに熱を帯びる。
「カレンさん?」
隣に立ったリオンが、心配そうに彼女の横顔を覗き込んだ。
「ううん、なんでもないよ。少しだけ、空の機嫌を直してあげようと思って」
可憐はそっと目を閉じ、両手を軽く合わせた。
彼女の内側で、四つの理――雨、風、火、土の歯車が、先ほどのオトトの里のときよりもさらに滑らかに、大きく回転を始める。
荒ぶる雨の勢いをそのまま受け止めるのではなく、風の理でその強い気流の向きを優しく上空へ逃がす。
同時に、地表の冷えすぎた空気を火の残り香のような微かな温もりで包み込み、急激な冷え込みを和らげる。
そして、乱れた雨粒の一粒一粒に語りかけるように、雨の理の調律を合わせた。
――そんなに急がなくてもいいの。
――ゆっくり、大地に染み込んで、優しい恵みになろうね。
可憐の意志が波及した瞬間、東屋を包み込んでいた荒々しい豪雨の音が、嘘のようにスッとトーンダウンした。
ガタガタと屋根を激しく叩いていた雨粒は、まるで柔らかなシャワーのようにきめ細やかな水滴へと変わり、視界を遮っていた白いカーテンがすっと晴れていく。
「え……?」
リオンが目を見開いた。
「雨の勢いが、急に穏やかに……?」
ミリアも驚いて外を指さす。
「見てください! 雲の隙間から、太陽の光が差してきましたよ!」
荒れ狂う嵐の中心にあったはずの黒い雲は、可憐の導く循環の力によって綺麗に引き伸ばされ、しっとりとした潤いを残すだけの心地よい午後の通り雨へと姿を変えていた。
雲の切れ間から差し込んだ黄金色の陽光が、雨上がりの麦畑を照らし出す。
濡れた草木の一葉一葉が太陽の光を浴びてダイヤモンドのようにきらめき、あたり一面には大地の息吹を感じさせる最高に爽やかな香りが満ちていた。
「すごい……まるで、空がカレンさんに挨拶しているみたいです」
ミリアが感嘆のため息をもらす。
リオンも穏やかな笑みを浮かべ、可憐の肩にそっと上着をかけてくれた。
「風邪を引かないようにね。……君のその力は、本当にいつ見ても奇跡みたいだ」
「奇跡なんかじゃないよ。ただ、雨の音が少し大きすぎたから、静かにしてほしかっただけ」
可憐は照れくさそうに笑い、自分の手のひらをそっと握りしめた。
雨が完全に上がり、空気はどこまでも澄み切っていた。
街道の水たまりも綺麗に引き、再び馬車を走らせる準備が整う。
「さあ、出発しようか」
リオンが御者台に飛び乗り、振り返って声をかける。
「はい!」
馬車が再び動き出し、ガタゴトと車輪の音が穏やかな街道に響く。
可憐は窓辺から外を眺めた。雨上がりの空の果てには、見事な大アーチを描く美しい虹が架かっている。
元の世界に戻る方法は、まだ見つかっていない。
自分がなぜこの世界に呼ばれ、これからどこへ向かうのかも、正確な答えはわからない。
けれど、恐くはなかった。
窓辺を撫でる風は心地よく、雨音はいつでも彼女の心を優しく包み込んでくれる。
普通の日常を愛する女性が、異世界で出会った仲間たちと紡ぐ、優しく温かな物語。
虹の架かった空の下で、馬車は静かに、しし確かな歩みで、明日の町へと走り続けていくのだった。
シーズン3外伝・第4話をお読みいただき、そしてここまで外伝シリーズをお楽しみいただき、本当にありがとうございました!
今回は、旅の途中でのちょっとしたアクシデントを、可憐の優しさと「循環の力」で穏やかに解決するエピソードを描いてみました。戦いではなく、自然の表情に寄り添い、みんなと笑い合う可憐の日常感が少しでも伝わっていたら嬉しいです。




