シーズン3 第3話「風の神殿と、眠る旋律」
皆様、こんにちは!『雨音が教えてくれたこと』第3話をお読みいただき、ありがとうございます!
前回、固く閉ざされた「風の神殿」の扉を開いた可憐たち。その最奥で待ち受けていたのは、暴走して乾燥した荒野に嵐を振りまき続ける巨大な魔導装置「風の核」でした。壊れかけ、孤独に震える装置を前に、可憐が選んだ「力」とは――?
心に響く神殿の秘密と、西方の風が変わりゆく瞬間をぜひお楽しみください!
古びた石の扉がゆっくりと開き、神殿の内部へと足を踏み入れた瞬間、外であれほど猛威を振るっていた激しい風がピタリと嘘のように止んだ。
「うわ……外があんなに荒れてたのに、中に入った途端にこんなに静かになるなんて」
ミリアが杖の先で小さな光の球を浮かべ、周囲をキョロキョロと見回す。
神殿の内部は想像以上に広大で、天井は遥か高く、薄暗い空間のあちこちに古代の文字が刻まれた石柱が等間隔で並んでいた。空気はひんやりと冷たく、そしてどこか長い年月放置された乾いた古い本の匂いがした。
リオンは剣の柄から手を離し、慎重に足音を抑えながら周囲を警戒する。
「魔物の気配はないな……だが、魔導の残滓が強い。あちこちに微弱な風の魔力が循環している痕跡がある」
可憐は神殿の中心部へと歩を進めていた。
足元には、すり減った石畳の上に、微細な砂の粒子がうっすらと積もっている。しかし、それ以上に可憐の注意を引いたのは、どこからか聞こえてくる微かな「音」だった。
――ヒュー……、フォーン……。
それは、まるで巨大なパイプオルガンが風を受けて自然に鳴り響いているような、あるいは誰かが遠くで歌っているような、不思議な旋律だった。
「ねえ、聞こえる……?」
可憐が立ち止まり、耳を澄ますと、リオンとミリアも足を止めて息を潜めた。
「風の音……? いや、違うな。まるで、何かの機械がリズムを刻んでいるような……」
「うん。音がね、すごく苦しそうなんだ。まるで、息の仕方を忘れちゃったみたいに」
可憐の言葉に、ミリアは首をかしげた。
「息の仕方を忘れちゃった、ですか?」
「うん。行こう、奥に何かがある」
神殿の最奥。
そこには、この建物の心臓部である巨大な円形の広間が広がっていた。
広間の中心には、天井から太い幾筋もの金属製のパイプとクリスタルのような結晶が複雑に絡み合った、巨大なモニュメントがそびえ立っていた。それが、バルトが言っていた気象を司る魔導装置――「風の核」に違いない。
しかし、その「風の核」の様子は異様だった。
本来なら青く澄んだ光を放つはずの結晶のあちこちに、黒ずんだ亀裂が走り、装置全体がブルブルと激しく痙攣するように震えている。そして、あの外で荒れ狂っていた「嘆きの西風」は、この壊れかけた装置が制御を失い、魔力を無理やり外へ吐き出し続けていたために起きていた現象だったのだ。
「これだ……! 装置が暴走して、風の魔力をコントロールできなくなってるんだわ」
ミリアが解析用の魔導レンズを目に当てて青ざめた。
「このままじゃ、装置自体が自壊して、この神殿ごとこのあたりの地形が吹き飛んじゃうかもしれない!」
「どうすればいいんだ? 壊すのか、それとも魔力を断ち切るのか?」
リオンが剣を構え直そうとしたが、可憐は静かに首を横に振った。
「ううん、壊しちゃダメ。この子は壊されたくて暴れてるわけじゃないの」
可憐は一歩、また一歩と、痙攣する巨大な装置へと近づいていく。
「ほら、聞いてみて。この装置、ただエラーを起こしてるだけじゃない。ずっと昔から、誰もメンテナンスしてくれなくて、ただ一人で、決まった動きを繰り返すのに疲れちゃったんだよ」
装置に近づくにつれて、可憐の脳裏に、かつてこの装置を作った人々の想いや、何十年、何百年とこの乾燥した大地で風を追いかけ続けた記憶のようなものが、波のように押し寄せてきた。
「カレンさん、危ない!」
リオンが制止しようと手を伸ばしたが、可憐は振り返り、穏やかな笑みを浮かべて首を振った。
「大丈夫だよ、リオン。私、この子とお話してみるから」
可憐はそっと両手を広げ、暴走する「風の核」の金属表面に手のひらを触れさせた。
瞬間――!
ズウン、と重い衝撃が可憐の身体を揺さぶった。
激しい風の魔力が、可憐の皮膚を切り裂くように吹き付ける。しかし、可憐はひるまない。彼女の体内で、雨、風、火、土の「循環の力」が優しく目を覚ます。
(怖がらなくていいよ。もう、無理して風を回さなくていいんだよ)
可憐の心に宿る優しさが、手のひらを通じて、冷え切った魔導装置の回路へと流れ込んでいく。
それは魔力をねじ伏せるための強制的なシャットダウンではない。まるで、熱を出して苦しむ子供の額に冷たいタオルを当ててやるような、母性的で深い癒やしの接触だった。
「――理よ、ほどけて。そして、もう一度呼吸をして」
可憐の囁きに呼応するように、彼女の手のひらからふわりと柔らかな蒼い光が溢れ出した。
荒々しくスパークしていた電撃や暴風の魔力が、可憐の光に包まれると同時に、嘘のようにスーッと滑らかに鎮まっていく。
ジジジ……と鳴り響いていた不快なノイズが消え、代わりに、まるで深呼吸をしたかのような、澄み切った清らかな風の音が広間に響き渡った。
数秒後。
激しく震えていた「風の核」は完全に静まり返り、亀裂が入っていたクリスタルは、透き通るような美しい水色の上質な輝きを取り戻していた。
「……止まった……?」
ミリアが信じられないといった様子で目をこする。
リオンも剣を下ろし、驚愕の表情で目の前の光景を見つめていた。
広間を包んでいた殺伐とした空気が嘘のように消え去り、代わりに、どこか懐かしく爽やかな風が、神殿の内部を優しく通り抜けていく。
カレンはそっと手を離し、小さく息をついた。額にはうっすらと汗が滲んでいたが、その顔には穏やかな達成感が浮かんでいた。
「ふう……よかった。ちゃんと、お休みモードに入ってくれたみたい」
「カレンさん、すごい……! あの暴走してた魔導装置を、たった一言で……!」
リオンが駆け寄り、心配そうに可憐の肩を支えた。
その時だった。
静まり返った神殿の天井の隙間から、それまで一度も差し込むことのなかった柔らかい太陽の光が、スッと一本の筋になって差し込んできた。
そして、外で何年も吹き荒れていたはずの「嘆きの西風」がぴたりと止み、代わりに、遠くの空から――しっとりとした、懐かしい湿り気を帯びた本物の「雨の気配」が、この西方の荒野へと流れ込んできたのだった。
シーズン3・第3話をお読みいただき、ありがとうございます!いかがでしたでしょうか?
今回は、暴走する機械を力任せに止めるのではなく、まるで痛みをなだめるように優しく癒やしていく可憐の姿を描いてみました。彼女の「循環の力」が、荒れ果てた西方の荒野にどんな変化をもたらすのか……次回からいよいよ新しい風が吹き抜けていきます!




