シーズン3 第2話「西方の風と、閉ざされた扉」
皆様、こんにちは!『雨音が教えてくれたこと』第2話をお読みいただき、ありがとうございます!
前回、西方の乾燥したオアシス都市「シルフィード・ゲイト」に到着した可憐たち。今回は、何年も閉ざされていたという謎の「風の神殿」へ向かいます。激しく吹き荒れる「嘆きの西風」の正体とはいったい何なのか――?
可憐の優しい「循環の力」が、固く閉ざされた扉をどう開くのか、ぜひお楽しみください!
オアシス都市「シルフィード・ゲイト」の石造りの迎賓館。
その一室で、可憐は窓から外の景色をじっと眺めていた。相変わらず街の通りには激しい砂埃を巻き上げる突風が吹き抜けており、人々は顔をマントで覆いながら足早に行き交っている。
「すごい風だね……。まるで、何かからずっと逃げているみたい」
可憐がつぶやくと、テーブルの向こう側で地図を広げていたリオンが顔を上げた。
「ああ。現地の人の話では、この強風――『嘆きの西風』と呼ばれる風は、もう何年も止むことがないらしいんだ。風が強すぎて雲がすべて吹き飛ばされてしまうから、どんなに腕の良い魔導士が雨を降らせようとしても、雲の形すら作れずに散ってしまうんだとさ」
「普通の魔法じゃ、風の勢いに負けちゃうんだね」
ミリアが冷たいお茶をすすりながら、しょんぼりとした肩を落とした。
そこに、先ほどの領主代理の男が緊張した面持ちで部屋に入ってきた。名前をバルトという。彼は頭を下げると、一枚の古い羊皮紙をテーブルの上に広げた。
「雨の継ぐ者殿……実は、我々がこれほど干ばつに苦しんでいるのには、もう一つ理由があるのです」
「理由、ですか?」
可憐が振り返ると、バルトは苦渋に満ちた表情でうなずいた。
「この街の北西に、代々『風の神殿』と呼ばれる古い遺跡があります。そこには、この地方全体の気象を司る巨大な魔導装置――『風の核』が安置されているのですが……数年前の落雷事故以来、その神殿の扉が固く閉ざされ、誰も中に入れなくなってしまったのです」
バルトの言葉に、リオンが眉をひそめた。
「扉が開かないなら、中を調べることもできないわけか」
「はい。装置が暴走しているのか、それとも中で何かが引っかかっているのか……。この強風のせいで、神殿に近づくだけでも命がけなのです」
可憐は自分の手のひらに視線を落とした。
(風が強すぎるなら、力で押し返すんじゃなくて……もっと自然に、ほどいてあげればいい)
あの時計塔の歯車を直したときと同じように、硬直したものを無理やりこじ開ける必要はないはずだ。
「その風の神殿、私たちに行かせてもらえませんか?」
可憐がまっすぐな瞳でそう言うと、バルトは驚いたように目を見開いた。
「しかし、あそこは危険な魔獣も生息している上に、猛烈な突風が……!」
「大丈夫です。リオンもいるし、私の力も……少しは役に立つはずだから」
その落ち着いた、しかし確かな自信を宿した声に、バルトは圧倒されたようにゆっくりとうなずいた。
翌日の朝、可憐たちはバルトに支給された防風用のゴーグルと厚手のマントを身に纏い、街の北西にある「風の神殿」へと向かった。
一歩街の外に出ると、そこは文字通りの荒野だった。
大地は乾燥しきってひび割れ、草木の一本すら生えていない。そして空気を切り裂くような風の音が、耳を劈くようにゴーッとうなりを上げている。
「うわっ、すごい風……! 気を抜くと体が持ってかれそうだよぅ!」
ミリアがリオンの服の裾をしっかりと掴みながら、一歩一歩慎重に足を前に出す。
リオンは剣の柄に手を掛け、風圧に耐えながら可憐を振り返った。
「カレンさん、大丈夫かい?」
「うん、平気。風の向きが……なんだか、この先の神殿を中心にぐるぐると渦を巻いているみたい」
可憐が目を閉じると、大気の流れが手に取るようにわかった。
この地方の風は、ただ吹き荒れているだけではない。まるで、巨大な檻の中に閉じ込められた野獣が、出口を求めて暴れ回っているかのような、そんな焦燥感のようなものが風の波長から伝わってくる。
「行こう。神殿の扉のところまで」
三人は険しい岩肌を登り、やがて視界が開けた広大な高原に出た。
その中央に、古びた石造りの巨大な神殿が静かに佇んでいた。しかし、その神殿の周囲だけは、他の場所とは比較にならないほどの凄まじい「風の壁」が渦を巻いており、誰も近づくことができないようになっていた。
神殿の正面入口には、厚さ数メートルの頑丈な石の扉が固く閉ざされている。その表面には、風を模した複雑な魔法陣が刻まれていたが、あちこちに亀裂が走り、そこから高圧の空気がシューシューと不気味な音を立てて噴き出していた。
「これが……風の神殿の入口か」
リオンが風圧を遮りながら呟く。
「すごい魔力だ……中の装置が完全にバグってるみたい」
ミリアが杖を構えようとするが、強風でバランスを崩しそうになる。
可憐は一歩前へ出た。
風が彼女の髪やマントを激しく激しく揺さぶる。しかし、可憐は怯えることなく、そっと両手を広げてその場に立ち尽くした。
(怒らないで。怖がらなくていいの)
彼女の心の中で、優しい雨の音が響く。
それは冷たい雨ではなく、乾いた大地を潤すための、穏やかな霧雨のような意識。
可憐の手のひらから、淡い蒼白の光と、温かな金色の光が同時にふわりと溢れ出した。その光は強風に煽られることなく、まるで吸い込まれるように神殿の扉へと向かっていく。
「――理よ、ほどけて」
可憐が静かにそう呟いた瞬間。
激しく渦巻いていた風の壁が、ふっとピタリと動きを止めた。
嵐の前の静けさ、というのとは違う。
まるで、荒れ狂っていた子供が母親の優しい手で頭をなでられたかのように、トゲトゲしかった大気の澱みが、スッと穏やかに溶けていったのだ。
カチリ、と重い音が響いた。
神殿の固く閉ざされていた巨大な石の扉が、何者かに押されるように、ゆっくりと内側へと開き始めたのだ。
「開いた……!?」
リオンが目を見張り、ミリアがパチパチと瞬きをした。
神殿の内部からは、古びた石の匂いと、そして――どこか切なさを帯びた、澱んだ風の気配がふわりと流れ出してきた。
可憐はそっと息を整え、振り返って二人に向かって微笑んだ。
「うん。中に入れそう。……行こう、この神殿の本当の原因を確かめに」
閉ざされていた扉の向こうには、風の理の隠された秘密と、この乾燥した大地を救うための鍵が眠っているはずだった。
可憐たちの足音が、静まり返った神殿の内部へと吸い込まれていく。
シーズン3・第2話をお読みいただき、ありがとうございます!いかがでしたでしょうか?
荒れ狂う風の壁を、力任せではなく優しく「ほどく」ように鎮めていく可憐の姿を描いてみました。ついに開かれた風の神殿の内部には、いったいどんな秘密が隠されているのでしょうか。そして西方の干ばつを解決する糸口は見つかるのか……!
「続きが気になる!」「神殿の中で何が起きるの?」と思っていただけましたら、




