深淵迷宮3日目 終了
29層は過酷なマグマ地帯に変わり、灼熱の空気がフロア内の全存在に対して継続ダメージを与え続ける極悪な環境だった。
スケルトンは熱に弱く次々と崩れていくが、『生命吸収の牙』のおかげで、骨が攻撃するたびにジーク自身のHPは常に補充されていく。じわじわと体力を削られながらも歩みを止めず、着実に前進して踏破した。
【29層クリア報酬を選択してください】
①『炎耐性:炎・熱によるダメージを30%軽減する』
②『召喚上限+1:同時召喚数が増える』
③『死霊の加護:スケルトンが消滅した際、周囲に暗黒の衝撃波が発生して周囲の敵にダメージを与える』
「①だ」
この先のフロアもマグマや熱の多い環境が続くのであれば、この30%のパッシブ軽減は、長い目で見れば莫大な恩恵となる。
30層のフロアボスは、巨大な溶岩石の体を持つ『マグマ・コロッサス』だった。
全長十五メートルを超える、文字通り熔岩の巨人。踏み込むだけで大地が爆発したように揺れ、太い腕の一振りが通路の石壁を容易く粉砕する。
ジークは開幕と同時に、全スケルトンをボスの足元へ群がらせた。
凄まじい熱量によってスケルトンたちは数秒で焼け焦げて崩れるが、『蘇生加速』によって即座に新しい骨が補充され続ける。後方からアーチャーが影縫いで巨体の足取りを鈍らせ、メイジが火球を叩き込んで内部の魔力コアを揺さぶる。
その混沌とした骨の波の間を縫うように走り、ジークはコロッサスの太い足首へ『腐食の爪』を繰り返し叩き込んだ。
近づくだけで肌が焼けるようなシステム的な激痛が走るはずだが、『痛覚遮断』がそれを完全にシャットアウトしてくれる。痛みに顔を歪めることなく、ただひたすらに、機械のように攻撃を継続する。
十五分に及ぶ泥臭い消耗戦の末、ついに内部から腐食し尽くされたコロッサスが、轟音と共に崩れ落ちた。
【30層クリア 中間地点ボス撃破】
【30クリア特別報酬を選択してください】
①『死の軍勢・強化:維持コストが大幅に削減され、更に多くのスケルトンを安定して維持できる』
②『腐食王の棘(永続):大剣に腐食属性が永続付与される。腐食の爪と重複して発動し、腐食の蓄積速度が加速する』
③『召喚制御(上級):スケルトンの個別操作精度が大幅に上昇し、複数のスケルトンを同時に独立した動作で制御可能になる』
「②だ」
拳による『腐食の爪』だけでなく、主力武器である大剣そのものに腐食属性が乗る。つまり、剣で斬りつける全ての行動が、自動的に強力な腐食の蓄積に繋がるのだ。
選択した瞬間、錆びた大剣の刀身に、じわりと禍々しい緑色の靄が絡みつくように纏わりついた。
◇ ◇ ◇
31層からは極端に地形が変わり、無数の細い橋と切り立った断崖で構成された絶壁の渓谷が広がった。足を踏み外して落下すれば即死級の大ダメージを受け、下層へと吹き飛ばされる。
ジークは空間把握のマップを慎重に頼りにしながら、飛行能力を持つ『ウィングスケルトン』を上空の索敵に放ち、安全なルートを確保しながら進んだ。
この階層で『死霊の絆・極限』を取得。スケルトンの蘇生速度が完全な「即時」となり、前線の骨の壁が実質的に消滅しなくなった。
32層では、空を泳ぐ巨大な空中クジラのような魔獣が出現した。
ジークはウィングスケルトンの群れを魔獣の周囲に展開させ、空中から絶え間なく腐食と影縫いの矢を叩き込み続けることで、危なげなく制圧した。
ここでのクリア報酬では『蘇生最大強化』を取得。
腐食状態で死んだ敵から蘇生したスケルトンのステータスが、システムの上限まで強制的に強化されるという破格のスキルだ。腐食を伝染させる爆発効果と組み合わせれば、倒した敵が全員「最強ステータスの骨」として甦り、戦力が増強される。
◇ ◇ ◇
そして、33層の広大な広間へ踏み込んだとき。
空間把握のマップに、単独の光点が一つだけ浮かび上がる。
動きが異常だった。前後に激しく揺れ動きながら、何かの対象に向かって直線的に突っ込み続けている。モンスターとの交戦中だろうか。ジークは気配を極限まで殺しながら、音もなく近づいた。
広間の入り口から覗き込むと、その異常な動きの理由がすぐに分かった。
大型のストーン・ゴーレムが三体。そのうち二体は既に砂利のように粉砕されており、最後のひとつの巨大な胴体に、一人の男が「素手」で滅多打ちを食らわせている最中だった。
「死ね!死ね!死ねェ!!」
狂気じみた声で怒鳴りながら、男は殴り続けている。
装備は、鍛え抜かれた上半身が剥き出しになる粗末な革の胸当てのみ。太い腕には血管が異常に浮き上がり、全身の皮膚が高熱を帯びたように赤く変色している。武器らしい武器はなく、両の拳に巻き付けた分厚い鉄の手甲だけだ。
その男の拳がゴーレムの分厚い胸部に叩き込まれるたびに、大砲を撃ち込まれたように石の外殻がひび割れ、陥没していく。
(……正気か。素手でゴーレムを殴り砕いてる)
そして、視界の隅に表示されたその男のHPゲージを見て、ジークは思わず眉をひそめた。
【HP:94/158】(ヴォルク)
最大HPが異常に高い。それでいて、自傷ダメージか何かで既に40以上も削られている。しかし、その動きはダメージを受けるごとに鈍るどころか、反比例してますます激しく、速くなっているように見えた。
最後の一撃でゴーレムが完全に崩れ落ちた瞬間、男が獣のように振り返った。荒い息遣い、汗まみれの顔。しかしその瞳には、戦闘の熱と飢えがギラギラと燃え残っている。
プレイヤーネームは「ヴォルク」。
ヴォルクの視線がジークを捉えた瞬間、彼の口元が歓喜にぐにゃりと歪んだ。
「……あ? お前、後ろのその気色悪い骨どもと、俺の邪魔しに来たのか」
「通りすがりだ。邪魔する気はない」
「じゃあちょうどいい」
ヴォルクは両手の鉄甲をガチン!と激しく打ち合わせた。「俺と遊べ、骨使い!」
交渉の余地など欠片もなかった。
ジークは全スケルトンを素早く前方に展開して防壁を作りながら後退し、アーチャーを後方の石柱の陰に固定する。しかし、ヴォルクが床を蹴って突っ込んでくる速度は、これまで戦ってきたどのプレイヤーとも次元が違っていた。
(速い……ッ!)
近接スケルトン三体が正面で受け止めようと群がる。だが、ヴォルクは止まらなかった。
左腕の裏拳で一体を粉々に殴り飛ばし、右のストレートで二体目の頭部を叩き割り、三体目を蹴り飛ばして、一瞬にしてジークとの距離をゼロに詰めてきたのだ。
「っ!」
ジークは咄嗟に大剣を盾として前に突き出す。ヴォルクはそれを片手で掴んで強引に軌道を逸らすと、空いたもう片方の手甲を、ジークの腹部へ向けて大砲のようにめり込ませた。
ドゴンッ!!凄まじい衝撃。身体が宙に浮き、後方へと吹き飛ばされる。
【HP:95/136】(ジーク)
冷たい石壁に背中を激しく叩きつけられながら、ジークは歯を食いしばった。
たった一発の打撃で30以上削られた。骨の軍勢を壁にして距離を保ち、安全圏から削り殺すはずが、開幕一秒で最も危険な懐に入り込まれたのだ。
(近距離の乱戦に引き込まれたら、遠隔の骨が機能しない……!)
即時蘇生のスキルによって壊されたスケルトンが次々と補充されていくが、ヴォルクは背後から迫る骨たちを完全に無視し、ひたすらジーク本体だけを執拗に追ってくる。
「面白いなァ! お前ら倒しても次から次へと湧いてくる!」
心の底から楽しそうに笑いながら突っ込んでくる。その声色には、死に対する恐怖や焦りが一切混じっていない。純粋な戦闘狂だ。
ジークはアーチャーへ、極限の集中力で思念を送った。
背後から放たれた『影縫いの矢』が、ヴォルクの足元の床を射抜く。黒い呪いの影が広がり、突進する足が床に縫い留められる。
拘束時間はわずか1.5秒。
ジークは逃げて距離を取るのではなく、あえて危険な前方へと踏み込んだ。
『腐食の爪』の右手で、ヴォルクの無防備な左肩へ全力で叩き込む。さらに大剣の腹で右腕を強く打ち据え、緑色の腐食エフェクトの侵食を一気に広げる。
「痛ッ!クッソ!お前そういう奴かァ!」
ヴォルクが呪縛から力任せに抜け出した瞬間、反撃の右拳が顔面めがけて飛んできた。ジークはギリギリのところで頭を引いたが、拳が兜の装甲を掠め、脳震盪を起こしたように視界が激しく揺れた。
【HP:74/136】(ジーク)
【HP:79/158】(ヴォルク) ※腐食継続ダメージ発生中
ステップを踏んで距離を作り直す。
ここで初めて、ジークはヴォルクの動きに対する明確な「異変」を感じ取った。
現在、ヴォルクのHPは79。最大HPの半分をとうに切っている。それなのに、開幕の突進の時よりも動きが圧倒的に速いのだ。
ヴォルクの手甲に纏わりついていた赤みが、今は全身の皮膚を朱色に染め上げ、蒸気のような熱気を放っている。歩幅が不自然に広がり、関節の可動域を無視したような拳の軌道が全く読めない。
(……HPが減るほどステータスが上昇する、狂化型のビルドか!)
最悪の理解が脳裏をよぎった。
ジークの主戦力である「腐食」でじわじわと継続ダメージを与える戦法が、逆に相手に強力なバフをかけ続けるスイッチになってしまっているのだ。
「その緑のやつ、チクチク痛いが……体が熱くなって最高だッ!!」
ヴォルクが獣の咆哮を上げながら突っ込んでくる。
狂化した身体の圧倒的な速度でジークの懐へ再び踏み込み、息もつかせぬ連打を叩き込んでくる。大剣を盾のように構えて防ぎながら後退するが、連打の重さが一発ごとに段階的に跳ね上がっていく。
『痛覚遮断』の恩恵でダメージ後の硬直は発生しない。もし硬直があれば、とうの昔にハメ殺されていただろう。しかし、一発一発の重いダメージは着実にジークの命を削り落としていく。
ジークは『魂縛りの指輪』を使うための完璧なタイミングを計った。
縛りのマーキングをスケルトン一体に付与し、ヴォルクの拳の軌道の正面へ強引に割り込ませる。
ヴォルクが邪魔な骨を拳で粉砕したその瞬間、強烈な呪縛が炸裂した。
スキル速度の大幅低下。効果時間は10秒。
その隙に、ジークは反撃に転じた。一気に距離を詰め、腐食を纏った大剣と爪を交互に連打する。ヴォルクの身体に緑色の腐食スタックが急速に蓄積していく。しかし同時に、ジークはヴォルクのHPゲージを冷や汗と共に注視していた。
体力が下がるごとに、彼を包む赤みがさらに濃く、禍々しくなっていく。
【HP:52/158】(ヴォルク)
10秒が経過し、呪縛が切れた瞬間、ヴォルクの動きが文字通り「別次元」へと跳ね上がった。
空気を裂く重い風切り音と共に拳が飛んでくる。
一発目を紙一重で躱す。二発目を大剣の腹で弾く。しかし、死角から放たれた三発目のアッパーが、大剣ごとジークの両腕を空高く叩き飛ばすほどの尋常ではない衝撃を持っていた。
【HP:43/136】(ジーク)
(くそっ……腐食のスタックは十分に積み重なってるはずだ。だが、この異常な速度と重さの前じゃ、これ以上の追加攻撃を入れる隙がない)
ジークは瞬時に判断を切り替えた。
これ以上、無理に腐食を追加しようと接近すれば、逆にこちらが殴り殺される方が速い。既に入れたスタックの継続ダメージだけで、あいつの命が尽きるのを待つしかない。
必死に距離を保ちながら、スケルトン全員をヴォルクの進行方向へ壁として投げ打つ。波状攻撃で少しでも動きを縛り、アーチャーが影縫いの矢を執拗に狙い続ける。ヴォルクは次々と迫る骨を粉砕しながら距離を詰めてくるが、『即時蘇生』による軍勢の補充が尽きることはない。
「なんで倒しても倒しても、すぐ沸いてくるんだよこいつらァ!!」
ここで初めて、狂戦士ヴォルクの声に苛立ちが混じった。戦闘の流れを力任せに制御できない、未知の状況に対するフラストレーションだ。その間にも、腐食の継続ダメージが彼の致死ラインへと迫っていく。
【HP:38/158】(ヴォルク) ※腐食スタック蓄積中
全身の赤みが頂点に達し、発光しているようにさえ見えるヴォルクが、全ての邪魔者を振り払うように最後の大突進を仕掛けてきた。
立ちはだかるスケルトン数体を腕一本の薙ぎ払いで吹き飛ばし、ジーク本体へと一直線に向かってくる。
もう、ジークの前衛に彼を止められるスケルトンは一体も残っていない。
ジークは横に大きく跳躍して軌道を外そうとしたが、ヴォルクは空中で無理やり軌道を修正し、人間ミサイルのように正面からぶつかってきた。
二人の身体が激突し、もつれ合うようにして硬い石の床へと倒れ込む。
背中を地面に叩きつけられ、肺から空気が搾り出される。その状態で、ジークは馬乗りになろうとするヴォルクの太い腕を両手で必死に掴んで押さえ込み、空いた右手の『腐食の爪』を、ヴォルクの剥き出しの首筋へ全力で叩き込んだ。
「このッ、死に損ないがァ!」
ヴォルクが狂乱のまま、上から無造作に拳を振り下ろしてくる。ジークは顔をぎりぎりで横へ逸らし、耳の横で石床が爆発するように砕け散った。破片が頬を切り裂く。
その、拳が床に突き刺さったわずかな衝撃の隙。
ジークは至近距離で、手首の返しだけで大剣を短く振り抜いた。ズプッ、と肉と骨を断つ重い手応えが腕に伝わる。
そのまま、しばらくの間、誰も動かなかった。
やがてヴォルクの身体から、蒸気のように立ち上っていた赤いオーラが、風に吹かれるようにゆっくりと抜けていった。
【HP:0/158】(ヴォルク)
【HP:23/136】(ジーク)
「……マジか。強ぇじゃねぇか骨使い」
光の粒子となって消えゆく中で、ヴォルクが憑き物が落ちたような声で言った。そこに悔しさはなく、純粋に相手の強さに感心したような響きがあった。
「じゃあな。また別の階層で会ったら、今度こそ絶対ぶっ飛ばしてやるからなァ」
それだけを言い残し、狂戦士は完全に空間から消え去った。ジークは冷たい石の床に仰向けになったまま、ぼんやりと天井を見上げた。無機質な石の天井。ただそれだけの景色が、今はひどく安堵を与えてくれる。
(あれを相手に、主力の骨の壁が全く通じなくなったのは完全に想定外だった。あそこで欲張って腐食追加を諦め、既存のスタックの蓄積ダメージに賭けた判断は正解だったが……もし腐食の回りが一秒でも遅れていたら、俺が普通に頭をかち割られて死んでたな)
痛む身体に鞭打ってゆっくりと起き上がり、乱れた呼吸を整える。
【死者の恵み 発動 最大HP+3】
【HP:23/139】
周囲に散らばったスケルトンの残骸から、補充された骨の兵士たちがぞろぞろと起き上がってきた。その中の一体が、ふらつきながら立ち上がろうとするジークに向かって、気遣うように手を差し伸べる動作をした。
「……統率バフのせいか知らないが、お前たちも変な気遣いを覚えるようになったな」
差し出された骨の手は借りず、自力で立ち上がり、大剣を静かに鞘に収めた。
【33層クリア&PvP報酬を選択してください】
①『不壊の骨:全スケルトンのHP上限が30%上昇する』
②『腐食の極み(レア):腐食の最大スタック数が増加し、スタックが満タンになった敵は行動不能となる』
③『鋼の魂(永続):受けたダメージが規定値を超えた際、次の10秒間防御力が大幅に上昇する(クールタイム60秒)』
「②だ」
腐食が最大まで積み重なれば、相手を完全に「行動不能」にできる。今日のヴォルクのように、ダメージを受けるほど凶暴化するような規格外の相手に対して、強制的な行動不能は決定的なフィニッシュブローになる。
【スキル『腐食の極み(レア)』を取得しました】
◇ ◇ ◇
続く34層は、これまでの苦戦が嘘のように素直に踏破できた。
重装鎧のモンスターが多数出現する、古い地下兵器庫のようなエリアだったが、取得したばかりの『腐食の伝染』と『爆裂腐食』の組み合わせが凶悪なシナジーを発揮した。一体を倒せば爆発が起き、周囲に腐食が伝染し、それがまた爆発を生むという連鎖を引き起こし、フロア全体を圧倒的な速度で制圧した。
クリア報酬では『近接スケルトン強化(極)』を取得。
これにより近接型の骨の攻撃力と耐久値がシステムの上限まで引き上げられ、単体でも並のプレイヤーと互角以上に殴り合えるレベルに到達した。
◇ ◇ ◇
そして、35層の重厚な扉を開けたとき。
ジークの空間把握のマップが、エラーを起こしたように爆発的な反応を示した。
複数の光点。その数、七つ。
一つの巨大なエリア内で、それぞれの光点が乱雑に、そして激しく動き回っている。
(……また、プレイヤー同士の大規模な乱戦か)
扉の向こうからは、剣が激突する甲高い金属音、魔法の爆発音、そして怒号が混ざり合った激しい喧騒が届いてくる。第二十二層の時とは違い、もっと立体的で広大な空間のようだ。
静かに足を踏み入れると、そこは天井が抜け落ちた『廃墟の大城壁跡』だった。
崩れかけた石の城壁が複数の高低差を作り出し、上層と下層を繋ぐ崩れた階段が網の目のように複雑に走っている。
その立体的な戦場で、七人のプレイヤーが三つの勢力に分かれて血みどろの激戦を繰り広げていた。
高所を占拠し、安全圏から矢と魔法を雨のように降らせている二人組のグループ。
下層で円陣を組み、防衛線を張りながら必死に奮闘する重装の三人組。
そして、その両者の隙を突き、遊撃しながら高所組の陣地を崩しにかかっている残りの二人組。
戦況を数秒で分析したジークは、迷わず動いた。
今度は、最初の時のように気配を殺して悟らせる必要すらない。ただ、圧倒的な暴力としてこの戦場を蹂躙する。
廃墟の深い影に身を潜めながら、道中で倒してきたモンスターの死骸を一体ずつ、無音のままスケルトンとして起こしていく。思念による精密な指令で、全スケルトンを城壁の各所――上層への階段、下層の退路、死角となる瓦礫の陰――に静かに配置し、戦場全体を包み込む完全な「包囲網」を形成した。
七人の戦いが佳境に差し掛かり、互いの体力が削り合いの限界に達したその瞬間。
ジークは全スケルトンに対し、一斉突撃の思念を送った。
「――死ね、全員」
戦場を、文字通り白濁した「骨の波」が埋め尽くした。
上層と下層、あらゆる死角から同時に溢れ出してくる無数の軍勢を前に、戦っていた七人全員が一時休戦する間もなく、同時にパニックに陥った。
「な、なんだこいつら!?」
「どこから湧いてきた! 防げない、数が多すぎる!」
そこからは、もはや戦闘ではなく一方的な蹂躙劇だった。
敵味方の区別なく、強大化された骨の軍勢がプレイヤーたちを物理的に覆い尽くし、ジークが放つ腐食の大剣と爪が、傷つき混乱した者たちを背後から一人ずつ確実に仕留めていく。
誰かが絶望の叫びと共に倒れるたびに、軍勢の数はさらに膨れ上がっていく。倒れたプレイヤーの死体が、瞬時にジークの新たな兵士として立ち上がり、かつての仲間に牙を剥くからだ。
最後の一人。高所から弓を構え続けていた女プレイヤーが、眼下で起きている地獄のような異常事態にようやく気づき、震える手で矢を下ろした。
「……あなたがやったのね」
「ああ、お前が最後だ」
「なるほどね、負けたわ」
彼女は諦めたように苦笑し、弓をゆっくりと足元へ投げ捨てて降参の意志を示した。
「悪いが、降参も受け付けない」
「だろうと思ったわ」
ジークの命令を受けたスケルトンアーチャーの一斉射撃が彼女を貫き、最後の一人が光の粒子になって虚空へ消え去った。
【死者の恵み 発動×7 最大HP+21】
【HP:64/160】
激しい怒号が嘘のように静まり返った廃墟の城壁跡に、ジークの骨の軍勢だけが不気味な静寂と共に残された。
その数は、今や二十体を超えている。
「……随分と、大所帯になったな」
ジークは『骸骨王の残骸』を深く被り直しながら、己の背後に控える異形の軍勢を静かに見渡した。
【35層クリア&PvP×7撃破 追加報酬を選択してください】
①『覇者の号令:全スケルトンの攻撃力・速度・防御力が60秒間2倍になるアクティブスキル クールタイム:300秒』
②『軍勢の絆(永続):従えているスケルトンの総数に比例して、ジーク自身の攻撃力・防御力・速度が上昇する』
③『魂の略奪:プレイヤーを倒した際、一定確率でそのプレイヤーの所持スキルの一部を一時的にコピーできる』
「②だ」
軍勢の存在そのものが、ジーク自身の基本戦闘力を底上げする。骨が増えれば増えるほど、軍勢だけでなくジーク自身が化け物のように強くなっていく。単体強化と集団強化を両立させる、圧倒的な相乗効果だ。
【スキル『軍勢の絆(永続)』を取得しました】
◇ ◇ ◇
35層の奥に設置された転送陣に足を踏み入れたとき、頭上に金色のシステムウィンドウが眩しく展開された。
【深淵迷宮 3日目終了。現在の最高到達階層を記録しました】
【記録:到達最高階層 第35層】
【残り:2日間】
ジークは腕を組み、空中に浮かぶその無機質な数字を静かに眺めた。
二日目の終わりが23層だった。今日は35層。一日で十二層分も進んだことになる。スキルのシナジーが積み重なるほど、一日に踏破できる階層の数も加速度的に増えていく。
今日の収穫は非常に大きかった。
狂戦士ヴォルクとのギリギリの接近戦を制し、弱点を克服したこと。七人の大規模乱戦を単独で完全に制圧したこと。そして、要となるスキル『軍勢の絆』を手に入れたこと。
しかし、ヴォルクの理不尽な突進に懐へ飛び込まれ、HPが23まで削られた瞬間のひりつくような死の感覚は、まだ生々しく残っている。
こちらの主戦力である骨を完全に無視して本体だけを狙い続ける相手。腐食のダメージを重ねるほどに狂化し、強くなるイレギュラーな相手。
このゲームの深層にはまだ、ジークが想定すらしていない異常な戦い方をするプレイヤーたちがいくらでも潜んでいるはずだ。
「……あと二日、か」
独りごちて、ジークはログアウトのためのメニュー画面を開いた。ログアウトのボタンを押す直前、ふと視線を後ろへ向ける。
二十体以上に膨れ上がったスケルトンたちが、一糸乱れぬ様子で整然とその場に直立している。
『骸骨王の残骸』の統率バフが彼らを完璧に律し、血みどろの戦いが終わった今でも、主を守るために一切の油断なく緊張感を保ったまま控えているのだ。その姿には、単なるプログラム以上の奇妙な忠誠心すら感じられた。
「また明日だ。休んでおけ」
ジークが静かにそう告げると、骨の兵士たちが応えるように微かにカタカタと音を立てた。
その音を背中で聞きながら、ジークはログアウトのボタンを押し、光に包まれ三日目の戦いが幕を下ろした。
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