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操重王ドジャイデン  作者: 長野 郁
6/7

レッツゴー

 それは十月になってすぐのことです。私、函南ゆりは、放課後、学校から帰宅せず、そのまま中央線に乗って八王子駅へ向かいました。私は電車から降り立つと、北口のバス乗り場へと足を向けました。ここらあたり多摩地区では、バスは、二十三区内と違って後ろ乗り前降り運賃後払いが一般的です。



                   ◇◇◇◇◇



 そう、ある日の放課後、私は、理科準備室に善光寺先生を訪れ、早川さんが連れて行かれた精神病院の所在を聞き出していたのです。しつこく尋ねる私に対し、善光寺先生は、もちろん初めは渋っていました。

「こういったデリケートなプライベートの問題が守秘義務に相当することを、理解できないお前ではあるまい? 帰るがよい。」


 しかし、私はあきらめずに延々と食い下がり、とうとう善光寺先生は言いました。


「承知した。もとより、この計画自体、滅茶苦茶なものであることを鑑みれば、守秘義務程度のこと、もはや、どうでもよいわ。函南、お前に早川の居所を教えて遣わす。但し、早川の家族には内密にな。気のふれた娘の所在を知って友人が会いに行ったなどと知ったら、世間体を慮って、さらに遠隔地に転院させかねん。一家にとっては、奴は既に、その存在自体がタブーであることを、ゆめゆめ忘れるでないぞ。」



                   ◇◇◇◇◇



 こうして早川さんが収容された精神病院の所在を知った私は、翌日の放課後、その病院へと向かったのです。向かってどうすると言われれば、明確なプランがあったわけではありません。しかし、私は、バスに揺られながら、意地でも早川さんを病院から連れ戻すつもりになっていました。


「紗季、あなたを必ず…!!」



 バスから降り、住宅と畑が混在する町はずれを地図を頼りにしばらく行くと、乳白色の壁に、屋根付近が茶色の、四階建ての大きな建物が見えてきました。ここが目的の病院です。

 門をくぐって車寄せの奥、二重のガラス戸の正面入り口をくぐると、椅子のたくさん並んだ広い待合室と、受付カウンターがありました。待合室には外来診療と思われる患者が何人か待っています。みんな、何だか生気のない顔つきをしています。


 私は受付に、入院患者に面会を希望する旨を申し出ました。事務職員とおぼしき、制服を着た若い女の人は、愛想よく応対してくれました。

「精神科へいらっしゃるのは初めてですか? 面会のご希望? 患者様のお名前は。早川紗季様。ああ、そちらの患者様は、入院は開放病棟ですから面会制限はございません。お会いいただけますよ。ただ、こちらの患者様は、ちょっと病状が不安定なところもあっていらっしゃいますので、念のため、先生に立ち会っていただいた方がよろしいかと思います。こちらの面会簿にご記入いただきましたら、先生のお時間が取れるまで、しばらくそちらの面会待合コーナーでお待ちください。」


 しばらくすると呼ばれました。

「312号室へいらしてください。患者様と先生がお待ちです。」


 部屋は四人部屋で、ベッドの周囲はカーテンで仕切られていましたが、今はカーテンは閉ざされておらず、それぞれのベッド上には、入院患者が暇そうに上体を起こして座って、ぼーっとしたり本や雑誌を読んだりしていました。

 そのうちの一人、ぼーっとしているのが早川さんでした。傍らに、主治医とおぼしき初老の精神科医が控えています。


 私は早川さんに近づき、話しかけました。


「紗季! 私よ! わかる!? あなたは、こんなところに居ちゃいけないわ。帰りましょう!月子も待ってるわ!」

「あ、ゆり~、ここはいいところよ~。空中にお花がいっぱいあるの~。いっしょにお花ぼっこしましょうよ~。」

「ふざけないで! 何を馬鹿なこと言ってんの!?」

 

 精神科医の先生が淡々と告げました。

「君、私を素通りして、いきなり患者に『こんなところに居ちゃいけない、帰りましょう』とは御挨拶だな。彼女は、べつにふざけてはおらん。至って真面目だし本気だ。もはや、『お花』が彼女の世界なのだ。」

「…違います!! 私は認めません!! …紗季、あなたは何を見たの!? くそぶたくんの首が飛ぶのを見たんでしょう!!?? 血が噴き出すのを見たんでしょう!!?? ちゃんと見たものを見た通りに思い出しなさい!!!!」


 早川さんの焦点を結んでいなかった目に、何か意思のようなものが宿ったように見えました。


「紗季…!!」


 しかし。



「……くくくくく首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首…!!」


 早川さんは、蒼くなって、がたがた震え始めました。



「彼女が何を見たのかは知らんが、トラウマをつつくのはやめたまえ。過大なストレスがかかれば、そんな風に症状が出る。担任教師の紹介状があるというから会わせはしたがな。しかし、君は論外だ。せっかく落ち着いていた患者を悪化させに来る君のような何も判っていない小娘は、我々にとって迷惑以外の何者でもないと知りたまえ。」


 そして、医師は、傍らに控えていた二人の看護師に告げました。


「おい、まずいな。この娘に拘束衣を着せて保護室に入れろ。この状態は悪い兆候だ。最近はすっかり落ち着いてきたと思っていたから、閉鎖病棟から出して解放病棟に移していたが、戻した方がいいかもしれん。また最初の頃みたいに、事務室に暴れ込んでカッターを奪って手首を切るかも知れんな、この調子では。とりあえず、こいつ若いだけに、見かけの割には力があるから、今ここで暴れ出したら始末が悪いのは確かだ。」


「わかりました。」


 私は慌てて先生に詰め寄りました。


「…先生、ちょっと待ってください…!! 紗季を…、早川さんをどこへ連れて行くんですか!?」

「容態が急変した以上、面会は終わりだ。彼女は安全のため保護室に入れる。帰りたまえ。」

「…待ってください…!」

「君もしつこいな。そもそもこうなったのは、君の無思慮な言動が原因なんだぞ。」

「…先生!!!」

「いい加減にしないか。もう帰れと言っている。」


「待ってって言ってるでしょう―――――――――――――――――――――――!!!!」


 私はおのずと右手で拳骨を握り、先生の顔面を思い切り殴り飛ばしていました。先生が転倒して床に転がりました。先生の眼鏡がすごい勢いで壁にぶつかって割れて落下しました。そして私は即座に続けて同様に、いえ、もっとさらに力を込めて、早川さんをブン殴っていました。今度は早川さんが人形みたいに吹っ飛んで壁に激突して倒れました。




 …しまりました!




 やっちゃいました。…しかし、もうこうなった以上、先生より、とりあえず早川さんです。


「紗季…!!」


 目が焦点を結んでいます。


「紗季…!!」


 力一杯呼びかけました。


 すると早川さんは、私にしがみついて泣きだしました。


「ゆりー!! 怖かったの、私怖かったの! くそぶたくんの首が首が首が…!!」

「安心なさい。怖かったのはあなただけじゃないわ。ただ、私はちょっとばかり我が強いから、怖いのを抑え込んじゃっただけ。あなただけがおかしいわけじゃない。」


 早川さんは泣き続けました。時間にして、十分か十五分ぐらい、ずっとそうしていたと思います。


 気が付くと先生が左のレンズの割れた眼鏡をかけて傍らに立っていました。


「あっ先生、すみませんすみませんすみませんでもすんでしまったことは仕方ないじゃないですか!!??」


「ふふふふふふ…。」

 先生が笑い出しました。

「はっはっはっはっはっは!!!」


 私がきょとんとしていると先生が言いました。


「面白いな、君は…!!」

「……。(ま。)」

「…いやまったく面白い。ずいぶんしつこいなとは思ったが、見かけにたがって、まるで野蛮人だな、君は! まぁ、君の言うとおりだ。確かに、すんでしまったことは仕方ない。…それにしたってなぁ、普通この歳にもなりゃ、イマサラそんなこと思いもしねぇよ。まさか、マトモすぎるあまりに狼藉を働くオオバカモノが、まだこの国に居るなんぞなァ…!! 今時のこういう、いかにもワタシ才媛デス、オ勉強デキマスみたいな手合いは、すっかり飼い慣らされているモンだとばっかり思ってタカをくくっていたからなぁ。激怒すべきところなのに、なぜ嬉しさがこみ上げてくるんだってんだ…。私も年を取ったかなぁ…。」


 それから先生はニヤリと笑って、両手で私の両肩をつかんで、正面から目を見て言いました。

「いいか、君、確か函南君とかいったな。今、君のやったそれが、その行為こそが、『若気の至り』というものだ。それは人間である限り誰にとってもとても大切なものだが、使い方を誤れば、わが身を破滅へも導きかねない危険なものでもある。こんなやり方は、とんでもない大バクチなんだぞ。よく覚えておきたまえ。ま、今回に限って言えば、君は賭けに勝っちまったようだがな。…それ、見たまえ。眠り姫がお目覚めだ。」


 言われて気が付くと、すぐ横で早川さんが、なんかきらきらした目で私を見つめています。あははははは。まいりましたね。だから、私はにっこり笑って早川さんに言いました。


「紗季、帰ろ!」


 早川さんは極上の笑顔で私に応えました。


「うん、ゆり!」



「ははははは。眼鏡は弁償してもらうぞ、函南ゆり君。」



                   ◇◇◇◇◇



 アンビリーバブルケーブル襲撃の決行日は、十二月最初の月曜日と決まりました。


 これには意味があります。『殺人教育者W』によって第二学校殺人が決行される予定日は、その週の金曜日。これ以上の学校殺人を阻止した上で、パイロット二名のドジャイデンの操縦の訓練と、それ以外のクラスのメンバーをバックアップの地上要員とする養成訓練の期間を、可能な限り長く取る、という要請から決まった日取りなのです。


 Ⅰ世号丸には澄也くんが、丑号機には掛川くんが搭乗すべしと、善光寺先生は決定しました。

 

 私は、バックアップのチーフを任されて、オペレーションの訓練プログラムを与えられると共に、パイロットに不測の事態があった場合に地表からドジャイデンを遠隔操作するために、操縦の訓練も受けました。

 病院から学校に帰ってきた早川さんは、私の右腕として、メインオペレーターの役目を割り振られました。但し、クラス委員は私のままになりました。早川さん自身が、その立場には私の方がふさわしいと望んだからです。


 訓練は十月、十一月の二か月間、午後の授業と体育、技術家庭、音楽、美術の時間を潰して、学校のある日には毎日行われました。日々は瞬く間に過ぎてゆきました。



                   ◇◇◇◇◇



 決行の日がやってきました。私たちの一クラス四十名は、あの学校の地下の、私たちが初めてドジャイデンを見たドクターシグナルの格納庫から、階段で、さらにもう一段下のフロアに移動しました。訓練は、主に上階の格納庫で行われたのですが、この格納庫は床全体がエレベーターになっており、ドクターシグナルを下の階にそのまま移動することができます。下の階には、線路が敷設されているのみならず、プラットホームも設置されています。いわば、「秘密駅」といったところですね。

 当然、その空間の端には、秘密のトンネルが口を開けています。このトンネルは近くを走る西武新宿線の直下に通じています。その先は、新宿線の真下を、新宿を通じて池袋を経由し赤羽まで、トンネルは繋がっています。そして、赤羽の赤羽台トンネルの中で、東北新幹線に繋がっているのです。


 この「秘密駅」のホームで、集合したクラス全員を前にして、善光寺先生は私を近くに呼んで、先生と一緒に皆の前に立たせて、皆に言いました。

「お前ら、既に承知のことと思うが、今日のこの決行に当たっては、私は同行はするが、一切指示監督は行わん。これは、要するに、お前ら自身の戦いであり、禅昌寺や私は、要するに『道具立て』に過ぎん。既にお前らが知っての通り、すべては、この函南が指揮する。」

 私は右手を小さく振って、皆に呼び掛けました。

「あははっ、よろしくぅ☆!」


 私たちはドクターシグナルに乗り込み、列車はゆっくりと出発しました。私は運転助手席に陣取って、運転担当の川崎さんが緊張した面持ちでマスコンハンドルを握るのを横目に見やりながら、列車のフロントガラス越しに前方を眺めていました。円形のシールドトンネルの両側に等間隔で設置された蛍光灯が、周期的にリング状にトンネルを照らし出し、その中を行くのは、まるで近未来の列車がチューブ状の軌道を走っているような感覚にとらわれます。列車は、時速八十キロほどの(新幹線にしては)ゆっくりしたスピードで進んでゆきます。ここは西武新宿線の直下に作られているため、曲線の線形も地上の線路を忠実になぞっているためカーブが多く、そんなにスピードは出せないのです。

 やがて、ポイントを通過して別のトンネルに合流したかと思うと、列車は地上に躍り出ました。東北新幹線です。外は真っ暗です。それもその筈、時刻は午前零時半、夜中です。昼間、こんな派手なものが新幹線の営業線路上を走ったら、とても目立つので、夜陰に乗じて、試験車の振りをして信州を目指すのです。


 川崎さんが、前方を注視したまま、私に声を掛けてきました。

「函南さん、ここから時速三百キロなのね。」

「ええ、そうよ。大宮を過ぎれば、埼京線との並走区間は終わり。新幹線単独の区間よ。カーブも格段に少なくなるから、スピードが出せるわ。」

 列車は飛ぶように走り続けました。


「川崎さん、引き続きよろしくね。私は、ちょっと他を見てくるわ。」

 川崎さんに声を掛けて、私は運転台を後にし、四号車に向かいました。四号車の側面に窓に向かって設置されたコンソールの前に立って、機器を調整しているのは蒲原小夜香さん。学業成績では澄也くんに匹敵しますが、いつも声の小さい、目立たない娘です。そういえば彼女も、くそぶたくん殺害の際には卒倒してましたっけ。

「パッシヴマントルソナーの感度はどう、蒲原さん。」

 私は声を掛けました。彼女は例によって、か細い声で私に答えました。

「か、函南さん…。い、今、テストしてるわ…。」

「聞かせて頂戴。」

 私は、コンソールの横に掛けられていた予備のヘッドセットを頭にかぶりました。


 列車は、既に軽井沢を過ぎ、軽井沢―中軽井沢間の、新幹線、しなの鉄道、国道十八号線を走る路面電車の三つが並走している部分に設けられた渡り線を通って、軽井沢路面電車の線路に進入していました。中軽井沢を過ぎて在来線に別れを告げ、右に九十度進路を変えて浅間山に向かって北上しています。ここでは、時速は四十キロぐらいまで下がっています。

 そう、軽井沢の路面電車の線路の幅が、新幹線に合わせて作られていたのは、この日の為だったのです。


「函南さん…。ひ、左前方に通行人の反応があるわ…。」

 蒲原さんが報告してきました。この位置だと、目撃されてしまいそうです。まぁ、多少のことはいいのですがね。

 高感度の音波センサーであるパッシヴソナーは、通行人の足音だけでなく、呟き声まで拾っていました。男性の声が聞こえました。


「なんだ、新幹線っ!? 東京から新幹線で、直接こんな町の外れまで来られるようになるのかっ!!?? 便利なこと極まりない!!」


 感激しています。…なんか勘違いしてるみたいです。



                   ◇◇◇◇◇



 ドクターシグナルは、小浅間山で左右の車輪の間にピニオン(ギヤ)を展開して、その先の軌道に敷設されているラックレールに噛み合わせて、時速二十キロほどで浅間山の山腹を登坂、山頂に到着し、そこで、ジャイド=ガンマ、ジャイド=デルタを切り離して、ジャイド=ベースとなり、火口外輪の円周方向に沿って据え付けられました。そして、床下から支持脚を展開し、屋根からは、火口に向かってドジャイデン降下用の保持ブームを伸ばしました。


 私のいる指令室のある車両の二両隣の控室に居た筈の澄也くんが、車窓から見えました。彼と、それから掛川くんも、既にパイロットスーツに着替えて、ジャイド=ベースから車外に出ていました。

 私は、席を立って、手動開閉モードに切り替えてあるドアの取っ手をぐっと押して、扉を開き、空いた戸口の前に立ちました。そして、扉の下にあるラダーを伝って、地面に降り立ちました。


 ジャイド=ベースの方を見上げると、車体から伸びた支持ブームに固定されて、星空をバックに、大きな黒い鋏の形をしたシルエットが浮かび上がっています。思わず呟きました。


「ディバイディング・キエウミサバ…。これが勝利の鍵ね…。」


 すると、いつの間にか、そこにはいつもの白衣姿で善光寺先生が居ました。先生は低く、しかし通る声で言いました。

「うむ。そうだ。だが鍵は鍵に過ぎん。結局は、道具は使う人間次第だ。」

「はい!」


 私は、澄也くんに声を掛けました。

「澄也くん、聞いての通り、この作戦、成るも成らぬも、あなた次第よ。気を付けて行って来てね…!」

「僕だけじゃない。函南さんも、だよ! コマンド、よろしく頼むよっ☆!」

 澄也くんは、元気に声を返してきました。

「わかったわ!!」


 私は、踵を返すと、車体床面から下方へ地面近くまで伸びているラダーの一番下のバーに足を掛け、左手を制服のプリーツスカートのお尻に廻し、右手で床面下のラダーの一番上のバーを掴んで二歩登り、そこで右手をバーから離して、ひょいと素早く床上のドア脇のステーへと持ち替えて体を引き上げ、ジャイド=ベースの床面まで登って車内に戻りました。

 すると、蒲原さんが私に声を掛けてきました。

「か、函南さん………。」

「なに、蒲原さん?」

「そ、その………、今、後ろ…、押さえてたけど…、その…、し、下、穿いてないの……?」

「ええ、そうよ。何か?」

「よ、よかった~。私だけかと思っちゃった…! わ、私、今日、ついうっかりしてて…。」


 なんだ、そんなことですか。

 そうです。現場がこんな風だということは訓練の時から判っていたので、早川さんを始めとして大半の娘は下にハーフパンツやスパッツを穿いてきたようなのですが、私は、敢えて穿いていません。なんか、下を穿かないと車体と地上の間を昇り降りすることすら出来ないなんて、そんなの、普段の私が「負けた」みたいで嫌だったんです。大丈夫、穿いてなくても平気、私には出来ます。


 ……ま、多少見えちゃったところで減るもんでもないですしね。



 チーフ席に戻った私は、素早く機器をチェックし、ヘッドセットのマイクに向かって叫びました。

「コンディション・オール・グリーン!」


 ヘッドセットから澄也くんの声が返ってきました。

「了解。コンディションオールグリーン。ドジャイデン一世号丸、発進スタンバイ完了!」

「同じく丑号機。発進スタンバイ完了!!」


 私は応えました。

「最終確認よ。まず、ディバイデイング・キエウミサバを火口に投下し、次いでドジャイデンが一世号丸、丑号機の順で火口にダイブ、マグマ溜まりに沿ってマントル内へと潜航、深度百キロメートルでディバイデイング・キエウミサバとドジャイデン両機を接合、両足のクロウリングフープの推力で殺人文部科学省へ向かう。以上、よろしい?」

「おっけ~☆。打ち合わせ通りってことだよね。万事抜かりなしっ!」

「俺は完璧だぜ!!」


 もうじきあと五分です。私は早川さんに言いました。

「紗季! カウントダウンを始めて…!!」

「了解! キエウミサバ投下まで三百秒。…二百九十。…二百八十。…二百七十。…」


 私は言いました。

「沼津くん。キエウミサバ、固定セイフティロックを解除してください!」

 一人の男子生徒が答えます。

「了解。キエウミサバ、固定セイフティロック解除!」


「二百三十。…二百二十。…二百十。二百。…」

「月子! 真鶴さん! ドジャイデン、Ⅰ世号丸、丑号機、それぞれ固定セイフティロック解除してください!」

 二人の女子生徒が答えました。

「あ、了解。Ⅰ世号丸、固定セイフティロック解除!」

「了解。丑号機、固定セイフティロック解除!」


 早川さんの声だけが続きます。

「…三十。…二十五。…二十。…十五。」


「十。九。八。七。六。五。四。三。二。一。」



 私は叫びました。

「ディバイデイング・キエウミサバ投下!」


「零。」


 沼津くんが応えました。

「了解。ディバイデイング・キエウミサバ投下!」

 車体に軽い振動が伝わり、キエウミサバの投下を体で感じました。


 早川さんがカウントダウン(いやアップ)を続けます。

「プラス一。二。三。四。五。六。七。八。九。十。十一。十二。十三。十四。」


 豊橋さんが叫びました。

「ドジャイデンⅠ世号丸、リフト・ダウン!!」


「十五。」


 澄也くんが叫びました。

「了解! Ⅰ世号丸、リフト・ダウン!!」

 ずん。


 さらに早川さんのカウントアップが続きます。

「十六。十七。十八。十九。二十。二十一。二十二。二十三。二十四。二十五。二十六。二十七。二十八。二十九。」


 今度は真鶴さんが叫びました。

「ドジャイデン丑号機、リフト・ダウン!!」


「三十。」


「了解! 丑号機、リフト・ダウン!!」

 ずん。

 

 ヘッドセットから澄也くんの声が聞こえてきました。

「きゃっほー! ダイビング、トゥ、ザ、ヘルぅ~~☆!!」

「馬鹿野郎。縁起でもねぇ…!」

 掛川くんの声が聞こえました。


 早川さんが報告してきました。

「発進シークエンスすべて正常に完了。キエウミサバ、およびドジャイデン両機、巡航状態に移行を確認。」


 私は応じました。

「了解。パッシヴマントルソナー担当A班を除き、各員、第二種待機に入ってください。パッシヴマントルソナー担当A班は第一種稼働態勢を維持。三十分後にA班からB班に交代のこと。」



「ふぅ…。」

 つい溜息をついてしまいました。



                   ◇◇◇◇◇



 その後、四十分ほどは、何事も過ぎました。しかし、このまま何も起こらずにドジャイデンが殺人文部科学省に到達できるのでしょうか? もちろん、そうは問屋が卸しません。敢えて自分で言います。流石、私は目ざといです。ぼーっと自分の席の概略投影モニターを呆けて眺めているように見えても、抜かりなく異常を発見するのです。そう、ポカをしてくれたのは先ほどの蒲原さんです。


「ちょっと、パッシヴマントルソナーB班、南東区画担当、蒲原さん!! 何十基というレベルで微弱な感があるようじゃないの? ちゃんと見てる? すぐに詳細スクリーンモニターで確認して!」

「えっ、ちょっと待って。私、気が付かなかった…。い、今見るわ! って、え! ほんと!南東より接近中の感、多数あり。影数、自動計測します! 出ました! 数、四十八。…これは…、これは、土竜雷モグライと思われます! マントル内をドジャイデンに向かって航走中!」

「気を付けて! ワケは判らないでもないけど、それじゃ困るわ!!」

「ご、ごめんなさい…。」

 彼女は赤くなって俯きました。


 私は声を張り上げました。

「総員、直ちに第一種稼働態勢に復帰してください! 対応オプション発令、パターンB―MAX! 紗季! 探知された土竜雷の位置情報をドジャイデンに転送して! パイロットへの話は、私が直接するわ!」


 私は回線を繋ぎました。

「澄也くん、掛川くん、土竜雷が四十八基そっちに向かっているわ! 殺人文部科学省から発射されたものと思われます! 全管ぶっ放したのね。ドジャイデンと土竜雷の双方が現在の速度と軌道を維持すれば、接触までおよそ二十分! おそらくⅠ世号丸と丑号機に半分ずつ来るわ! 直ちにフィールドジェネレーターを起動して! フィールドジェネレータ―は起動から臨界到達まで十三分よ! 今なら現状を維持したままで間に合うわ!」


「了解☆!」

「判った!!」


「紗季! 十三分後のキエウミサバとドジャイデンの相対位置は? その時点でキエウミサバはバリケード・テリトリーに入る?」

「入ります! 両機の重複テリトリー領域の中央です! これなら大丈夫よ!!」



 じりじりするような時間が過ぎました。



「あ、ゆり! ドジャイデン両機のステータスを確認! フィールドジェネレータ―臨界到達よ!!」

 豊橋さんが報告してきました。


「いいわ! ドジャイデン両機、直ちにジャイド=バリケードを展開してください!!」

「承知☆!」

「合点!!」

「丑号機! エクスパンド!! ジャイド=バリケード!」

「Ⅰ世号丸! エクスパンド!! ジャイド=バリケード! ……絶対拒絶の排除の力! 土竜雷ねぇ…。こんなシロモノをプレゼントしてくださるあんたたちとは、やっぱり相容れそうにないね…!」

 澄也くんが呟きました。


 豊橋さんからまた報告です。

「ゆり! ドジャイデン両機のジャイド=バリケード・テリトリー、正常に拡大中! このままなら三十秒後に土竜雷に接触するわ!!」


 少したつと、蒲原さんが報告してきました。

「函南さん! か、感、すべて消失! ジャイド=バリケードによって、土竜雷、全基破壊されたものと思われます!」

「いいわ! 蒲原さん! 念のため、対地中監視警戒続行! 進路変更してバリケードを回避した土竜雷がないか確認を! 今度は絶対に見落としちゃダメよ!」

「は、はいっ!!」

 彼女は頬を染めたまま顔を上げて声を張り上げました。



「ふぅ…。」



                   ◇◇◇◇◇



 土竜雷を撃破してからしばらくは何事もなく過ぎました。


 しかし、いよいよ二機のドジャイデンによるキエウミサバでのアンビリーバブルケーブル切断シークエンスの開始直前になって、早川さんがまた報告してきました。


「殺人文部科学省から、電波が発信されています!」


「変ね。あのシロモノは、通常、地上との交信は、すべてアンビリーバブルケーブルを通じた有線回線で行っているはずよ…。地中に空間波を放つのは、ケーブル切断などの異常時のみの筈…。まだケーブルは切れていない。なのに無線に切り替えれば、スループットはガタ落ちよ。よりによってこのタイミングってのは、何かあるわね…。」


 私は判断しました。


「いいわ、紗季! コネクトして私に回して! ただし、何らかのジャマーの恐れがあるわ。直に接続せず、バーチャルレシーバー上で受けるのよ。ジャミングが確認された場合、バーチャルレシーバーごと即座にシステムから切り捨てなさい! 私がこっちにかかずらっている間は、あなたにドジャイデンの管制を任せるけど、ケーブル切断シークエンスにイレギュラーが発生したら、直ちに私をコールして!」


「はい!」


 自分の席の概略投影モニターに転送されたバーチャルレシーバーの画面を最大化してみると、突然、スーツを着た若い大人の女性の顔、というか胸部から上が映し出されました。彼女はにこにこ笑いながらあらぬことを口走りだしました。


「はーい、殺人文部科学省をバッシングするドキュンな厨房のキッズは君達かな~? あら、キッズのリーダーは女の子なのね。貴女、結構可愛いわぁ~☆。」

 いきなりブッ飛んだことを言われて、流石に私も、ちょっとタジタジとなりました。

「…、な、なんですかあなたは? それにドキュンじゃありません!」

「あはははは、照れちゃってもう~、貴女、結構可愛いわぁ~☆。」

「私が可愛いのは事実現実ですが、その言い方は癇に障りますね!」

「あら、可愛くない、きゃー。」

「だから何なんですかあなたは?」


「あら失礼。自己紹介が遅れたわね。私は倉賀野くらがのゆりか。殺人文部科学省初等中等教育企画課の職員よ。貴女たちが、あとものの一~二分で私達のケーブルを切断しようかって状況は、殺人文部科学省も認識しているの。機影の接近を探知してから、何事かって、一生懸命調べたのよ。とんだ食わせ者だったのねぇ、『殺人教育者Z』。だからさぁ、愉快なことに、こっちは土竜雷を、当然の如く全弾あっさり撃破されちゃって、もう対抗手段が無いのよねー。蜂の巣に されてボコボコ さようなら、ってか~☆。きゃー。あ、でも別に機関銃で撃たれるわけじゃないんだし、大体、核爆発しちゃうんだから、蜂の巣どころか屍なんて肉片一つ残んないわねぇ、やだもぉ、きゃー。」


 ちょっと待ってください。この人、殺人文部科学省の職員なら、もうすぐ死ぬんですよ? この百ワットみたいな明るさは何ですか?


「ちょっと待ってください、あなた、何でそんなににこにこしてるんですか? 私たちは、あなた方をもうじき殺すんですよ?」


「だからさぁ、それが面白いのよ。ウチの男共ったら、こんなバカな計画を進めておいて、自分の命だけは惜しいのねぇ。さっきから馬鹿みたいに上下左右に大騒ぎしてみたりぃ、内輪で喧嘩始めてみたりぃ、なんというか、もう、馬鹿みたいにバカみたいなのよ。あらやだ、馬から落馬~、きゃー。でもってバカのくせに、敵に後ろを見せられないとか変な意地だけは張っちゃって、お互いにすくみ合っちゃって。そうこうしてるうちに、もう逃げることも出来なくなっちゃって(笑)。」


 その時、突然画面の中で警報音が鳴り響き、照明が一旦消えて、すぐまた点きました。


「ビー、ビー。核融合炉監視システム、炉への維持エネルギー供給の停止を検出。異常事態です。殺人文部科学省、小容量予備内部電源に切り替わりました。ライフライン系統以外への電源供給は不能です。繰り返します。ライフライン系統以外への電源供給は不能です。」


「あらあらあら、まぁまぁまぁ、とうとう貴女のお友達が、アンビリーバブルケーブルを馬鹿でっかい植木鋏様でおブッタ切りアソバセヤガリましたようですわよ。きゃー、やだー。」


「やったのね、澄也くん…。」


 私は呟きました。画面の中では警報が鳴り続けています。


「融合爆裂警告。融合爆裂警告。索道の切断を検出。エネルギー供給の再開が見込めませんので、融合炉の核爆発までのカウントダウンを開始します。要員は索道エレベーターを用いて速やかに地上に退避してください。あ、でも索道が切断されてるから退避できないや。これはしたり。マイッタナ。うーん、こまったなー、こまったなー。」



 すると、画面の周囲や背後で、色々な男性の怒号が聞こえてきました。


「A.I.が困ってるんじゃねえ!!」

「適切な状況判断のできる出来の良すぎるA.I.も考え物だな。エキスパートシステムの正当な進歩においても、やはり技術論的な陥穽は存在したか。」

「わーい、もうだめだ。どっちみちしぬんだ、ぎゃはははは。おれ、やけになっちゃうぜ!」

「そうだ! 潜水艦を拝め!!」

「なんだ潜水艦って!!??」

「融合炉を地鎮するために神棚に潜水艦を祭っているだろう、アレだアレ。」

「ああ、あの御神体か! 扇子と西瓜と烏賊と缶を組み合わせた…。」

「ここ地底なのに何で潜水艦なんだ。」

「地球のスフェリカルな面より下って意味では同じだ。」

「げっ!!」

「どうしたんだ!?」

「西瓜がない! なんで西瓜がないんだ!! 西瓜は、この六文字中三文字、実に半分を占める重要なファクターだぞ!!」

「馬鹿野郎! 冬に西瓜があるかっ!!」

「なんで冷凍保存しておかなかったんだ!」

「ふっ、御神体に頼る必要などないとタカを括っていたツケが回ったな。システムの信頼性を過大に評価していたとしか言いようがない。リスクマネジメントにおける過誤だな。」

「この野郎、お前、何、人ごとみたいに落ち着き払ってるんだ!」

「先輩方、醜い争いはやめてください! こんなところ誰かに見られたら…。」

「だーいじょうぶ、まーかせて。ケーブルが切断されてるから誰も見ていない。」

「なら安心して争えるぞ。ゆえに、今、お前にあえて言おう。やーい、やーい、ばーか、ばーか。」

「うるさい、この○チ○○!」

「えーい、殺してやるっ! ぐさっ、ぐさっ!!」

「うわーい、奴が殺人鬼になった!」

「まさに血みどろだな。」

「落ち着いて、人の行為を、評論するな!(五・七・七)」

「でもそれって飛車が竜馬に成るようなモンか?」

「バカヤロウ! 不完全な将棋の知識をひけらかすな! みっともないぞオマエ!!」


 倉賀野さんはころころと笑って言いました。


「あはは、誰も見てないって、ねぇ、バカみたい。私が非常用通信中継局を乗っ取って電波を飛ばしているのにねぇ。貴女、これ、録音録画してるんでしょ。」


「はい。」


「あはは、したり顔をしてふんぞり返ってる連中なんて、所詮、一皮むけばこんなもんよ。ま、命が惜しくて仕事なんて出来るワケないのよね。」


「そういうあなたは命が惜しくないんですか?」


「いえねぇ、まぁ、そもそも私の将来の夢は、クビが怖くてマトモな仕事なんか出来やしないんだってことを、いつの日か、人材の育成を通じて、世間の保身しか頭にないような器の小さい連中や、イエスマンばかり侍らせていい気になってる親分肌の連中に知らしめてやることだったからねぇ。本当に有能な人材ってのは、単に従順なだけの怯えた飼い犬のことじゃないわ。そのことが判ってないヤカラってのは、結構多いものよ。てゆーより、世の中の連中なんて、ほとんどが男と犬ばっかりだわ。ま、でもこれで、そーゆーのを変えるって夢も実現不可能になっちゃったけどねー。ここに配属が決まった時から裏のあるヤバそうな仕事だとは思ってたけど、文字通りトカゲのシッポみたいに馘首されちゃうとはねぇ。まぁ、命が惜しくないと言えば嘘になるけど、この程度のことは想定の範囲内といえば範囲内よ。」


「なら…、なら、その将来の夢、私が継ぎます!」


「そう。ありがと。でも、無理しなくていいのよ。…そういえば貴女のお名前をまだ伺ってなかったわね。なんてーの?」


「函南ゆりです。」


「あらあらあら、まぁまぁまぁ、私の『ゆりか』とお揃いね。きゃー、嬉。それはそうと、ケーブルを切断したあの途方もない機体に乗ってたのは、貴女のお友達? ひょっとして彼氏さんかな?」


「いえ、まだ私たちは子供です。彼氏がどうのとかは、まだ三年ぐらい早いです。…でも、私の大切な人であることには間違いありません。」


「そう。私は、仕事だから、前にヴァンゲリングロボのQ号機に乗りもしたから分かるんだけどね、マンマとオシャカサマの掌に乗せられていることも承知でこんな無茶をやるバカチンは、ああいうのはね、間違いなく『有能な人材』になるわ。いいお仲間を持ったわね。大事にしなさいよ。」


「はい。…でも残念です。倉賀野さん、あなたを敵に回さなきゃいけないなんて…。ここまで話してみて判りました。あなたこそ、まさにその『有能な人材』じゃないですか。私、あなたみたいな人、好きです。」


「あははは、若者は正直でいいわね~。いや、単に貴女が正直なだけなのかな? まぁいいわ、お聞きなさい、ゆりちゃん。人間、大人になれば、それぞれ立場や利害ってモンがあるものなのよ。だから、好きになれそうな相手を自分の手で叩き潰さなきゃならない場合ってーのは、まぁ、そうしょっちゅうあるわけでもないけど、とんでもないレアケースってわけでもないのよ。今回はタマタマそういう場合だったってーだけの話なのよね。だから私のコトはあんまり気にしないでいいわ。ま、とにかく、核爆発まで六~七十時間はかかるわ。まだ時間はあるのよ。震源が深いから、震度は五か六程度でしょうけど、地上に確実に被害は出るわ。まぁ、その辺の対応は、さっき気象庁に連絡して、よく説明しといたから大丈夫だとは思うけどね。役人とてバカとクズばっかりってわけじゃないわ。特に気象庁の現業機関にいるような技術系の連中は、職人肌の連中も多いから、問題ないとは思けど。まぁ、万一の時は、貴女達も動いて、ちゃんと都民を避難させるのよ。」


「はい。」


「あ~あ、でも私も運がなかったわねぇ。いい男にも出会わないうちに、ハヤクモご昇天アソバシテ、人生からゴ退場、なんてねぇ。恨み節の一つも言いたくなるわ。きゃー。以上、恨み節でした…、って、あらやだ、私ったら、恨み節とか言っても『きゃー。』しか言うことがないわ。これじゃ、まるで私がバカみたいだわ。きゃー。…まぁいいわ、これから始まる貴女の人生には、運とかツキがあったらいいわね! じゃ☆!!」


 ぶつん。



 通信は切れました。



 私は、頭の片隅で少し哭きました。いえ、嗤ったのでしょうか。まぁいいです。どっちでも同じことなんです。兎に角、ちょっとエモーショナルというかセンチメンタルになったってだけの話です。…そうしたら、ふと、空が見たくなりました。



  ◇◇◇◇◇



 アンビリーバブルケーブルを切断した二機のドジャイデンは、東京直下から浅間山への帰還の巡航を開始しました。もう、敵からの攻撃もありません。


「紗季、十五分ほど外すから、その間、よろしく頼むわ。」

「うん、ゆり、お疲れ。ここぞって時の、ことごとく的確な指令が、すっごくカッコ良かったわー。惚れ直しちゃう♪」

 早川さんが言いました。

「あ、ほんと、ゆりってば素敵だったー♪」

 豊橋さんまでそんなこと言います。私は二人に言いました。


「ありがと。」



 私はつい、いたずら心が湧き上がってきました。

「蒲原さん、もうソナーはいいわ。私、外に出るけど、あなたもどう、一息入れない?」

「え、そ、そんな…。判ってるくせに…。い、今の…、今の私じゃ、このフロアの高さから地面まで降りられない…。」

「うふふ、冗談よ。」

「も、もう、函南さんの意地悪…!」

 蒲原さんは頬を染め、両手を開いて前で重ねて、私を上目遣いで睨みました。よく見ると、ちょっと涙目になってます。んーっ、この娘、いくらなんでも可愛すぎ…。



                   ◇◇◇◇◇



 私は、車外に出ました。外には、オペレーションの担当任務の終わった三人の男子生徒と四人の女子生徒が、放心したように、しかし穏やかな表情で遠くを見ていました。それを見て私は、彼らよりも、もっと遠く、一番遠くが見たくなりました。


 そこで私は、ジャイド=ベースの車体側面に埋め込まれたラダーを見上げ、まず、車体床面から下方へ地面近くまで延長されて伸びているラダーの一番下のバーに、右足を掛けました。そして、両足で交互に一段ずつバーを踏み、左手でセーラー服のスカートのお尻を押さえて、右手でひょいひょいと器用に一段飛ばしでバーを掴みながら、ラダーを登り始めました。登り切って車体の屋根に上がり、両脚を肩幅に開いて、すらりと屋上の真ん中に立ちました。


 屋根の上から、はるかに地平線と空を見ました。おりしも、東の地平に曙光が射し始めました。太陽が昇るのです。夜明けです。



 春はあけぼの。やうやう白くなりゆく、山ぎはすこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる。



 古文の時間に習ったそんな文章が、頭の中を流れてゆきました。

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