私らしく
僕と掛川くんは、その日の放課後、函南さんに連れられて、理科準備室に善光寺先生を訪れました。善光寺先生は、理科室の前で僕達三人を待ち構えていて、一瞥するなり言いました。
「入るがよい。待ちかねたぞ。」
僕たちは、善光寺先生に続いて理科準備室に入りました。入るなり、開口一番、掛川くんは善光寺先生に言いました。
「先生、言っておくがな。俺は、くそぶたに対して俺がやった仕打ちについては、何一つ後悔していないし、反省もしないぜ。あの時、俺にできたことは、結局、あれ以外には有り得ないんだからな。」
「うむ、お前はそう言うと思っていた。それはそれで構わん。必然は必然だからな。」
僕は先生に言いました。
「でも先生、僕は、くそぶたくんについて、これで良かったとは思えないんです。掛川くんのやった事が必然だというのは、僕も認めます。でも、その結果、ドッペルニンゲン化して秘められた力が発現したのだとしても、その力を、そもそも潜在的に持っていたのは、あの子自身でしょう? それを世の中で、こんな風に利用するなんて、何かおかしいんじゃないかと思うんです。」
「つまり、人間改良計画に異論があるのか?」
「はい。人間をただ『修理』するだけの、こんな計画が正しいとは思えません。今からでも、くそぶたくんの視力を再生して、彼をこの学校に呼び戻すことは出来ないんですか?」
「それは難しい相談だな。確かに、再度ドッペルニンゲン化すれば、視力は回復する。だが、染色体末端のテロメアの限界によって、ドッペルニンゲンの複製の回数は、基本的に一回に限られる。無理に二回複製すれば、たぶん、二十歳位で死ぬだろう。視力を取るか、寿命を取るかという問題になってしまうのだ。視力が無い以上、奴は現状のまま、『天才』として、死んだ放介共々、この計画のヒーローとして祭り上げられている他はない。」
「じゃあ、この計画を妨害する方法はないんですか? 何か、打てる手は、出来ることはないんですか?」
先生は、僕たちに背を向けて、窓の外を見ながら暫く沈黙し、然る後、おもむろに、呟くように言いました。
「ぐふふふふ、ある!!」
「!!」
「お前ら、誰が責任を取るべきかは判っているようだな。よろしい、お前らがその覚悟だというのなら、ここに真相を教示しよう。私の本当の正体についても明らかにせん。」
そして先生は言いました。
「ドッペルニンゲンの肉体には、そのままでは、魂は、ない。私の魂は、ゴーストダビングと言ってな、放介からの、一種の、単純なコピーなのだ。くそぶたのように、魂のアップロード・バックアップおよびダウンロードを行ったわけではない。すなわち、私は、禅昌寺放介とは別人である。その証拠に、奴は『ぬふふふふ』と嗤ったはずだ。だが、私は『ぐふふふふ』と嗤う。そして別人であるがゆえ、私と禅昌寺とは、二人同時にこの世に存在した時間がある。だから私は、生前の奴とは、言葉も交わした。」
そして続けました。
「一昨年の山開き前、冬の富士山頂で、秘密裏に何が行われていたか知っているか、お前ら?ある儀式が執り行われた。地脈から魂を抜いたのだ。地脈を鎮めて殺人文部科学省を建設し易くするためだ。知っての通り、富士山は、日本列島の霊脈の中心だからな。
何かおかしな話になっています。しかし、そんなことにはお構いなく、先生は、理科室のテレビの前に僕らを案内し、その下のデッキに、ペンで黒い文字の書きこまれた、一枚の白無地のDVDを入れました。画面に、雪景色の中をうごめく巨大な人型をした物体の映像が映し出されました。
「これを見るがいい。これがその時の映像だ。この呪術儀式用ロボの建造に巨額の費用が使われた。そのロボットこそ、この映像に映っているものである。これは形式称号VGR―Z1、その名をヴァンゲリングロボという。数えればわかるが、十三体存在し、順にA号機・VGR―Z1―A、2号機・VGR―Z1―2、3号機・VGR―Z1―3と続き、最後がK号機・VGR―Z1―Kだ。」
先生は先を続けました。
「放介の奴は私に言った。
『未来は我ら“漢”が手にいれる。』
だから、私は奴に訊いたのだ。
『“漢”という存在の存在を信じているのか?』、
とな。すると奴は言ったよ。
『ああ、そうだ。だがその言い方は正確ではないかもしれん。別に“漢”と言っても、いわゆる男臭い男である必要は無いし、生物学的にオスである必要があるわけですらないからな。精神論的な概念上の問題だ。まぁ、兎に角だ。そういう存在の存在を、信じているのだ、私は。いや、信じているというより願っている。願っているというより祈っていると言った方がいいかも知れんがな。』
私は言った。
『未来を見ているのだな、おまえは。』
奴は言った。
『いや、見えるわけではない。未来がどんなものかは知らん。未来がどんなものかは知らんが…、今はただ未来への可能性を残さにゃならん。そして私は、この一種の悲喜劇の中では、ある意味ただの道具立てに過ぎん。役目を終えた道具に、既に多くの未来は不要。役目を終えた今…、道具は大道において意義を失い…、予定された死を迎えるだろう。』
そして刑の執行の時間が来たとき、奴は去り際にこう言った。
『さらばだ。我が分身にして相棒よ。後を頼むぞ、ぬふふふふ。ぬーっふっふっふっふっふっふっ!』
…その時、私は奴を見送りながら呟いた。
『…ついに巨大ロボット共が動き出すのか。』
とな。」
「巨大ロボット共? ヴァンゲリングロボのことですか?」
「無論、それも含まれる。だが、それだけではない。」
そして先生は言いました。
「ぐふふふふ、清水、お前は言ったな。『何か、打てる手は、出来ることはないんですか?』とな。左様、確かにお前らだけでは、打てる手は、出来ることは、限られている。お前らは子供だからな。まぁ、お前らはまだ、いわば未完成なのだ。だが、子供とか大人とか、生徒とか教師とかいう以前に、私もお前らも一個の人間であることに変わりはない。ゆえに、その魂の値打ちには、完成も未完成も重いも軽いも無いのだ。ただ、問題なのは物理的、社会的現実だ。お前らは、思いはあってもそれを形にする手段をまだ手に入れ終わってはいない。平たく言えば、夢の途中といったところだな、ぐふふふふ。だから、既に何か手段を持っている者は、それを今持ってはいないが今すぐにどうしても必要としている者に貸し与えるのも、いわば大人の役目の一つだと、放介は死ぬ前に私に言っていた。それを私が行う時は只今、只今がその時なのだ。」
そして先生は、おもむろに続けました。
「ついてこい。お前たちにこの計画の真の姿を見せてやる。」
◇◇◇◇◇
先生に連れられて、僕たちは校舎一階の階段脇にある、用具室の前に来ました。用具室の扉は、固く閉ざされています。ちょっと触ってみましたが、鍵をかけてあるというよりも、反対側からコンクリートで塗り固められているような、そんな強固な閉まり方です。
扉の前で、先生は呪文のように唱えました。
「オープン・ザ・ゲート!」
すると、用具室のドアが自動的に開きました。
「乗るがいい。これは、エレベーターだ。」
「エレベーター? 下へ行くんですか?」
「そうだ。地下百二十メートルだ。」
そこは、コンクリート打ちっぱなしの壁と天井に囲まれた、薄暗いだだっ広いトンネルのような、長細い空間でした。いえ、「壁と天井」というのは不正確です。「トンネル」なのですから、壁と天井は一連のものとして連続的に曲面で繋がっています。しかし、ただのトンネルにしては、やけに天井が高いのです。ちょっとした体育館かホールぐらいあります。
「ここは…?」
「この学校の校舎は二年前に建て替えられた。というか、工事が始まったのが三年前、竣工がその一年後だから、お前らが一年生に在学していたその間、当の工事が行われていたことは、お前たち自身、身を以て、よく記憶していよう。そして、これだ。その時から、この学校の地下に眠っていたこれこそが、この計画の真の姿だ!!」
その声と同時に、薄暗かった空間が、煌々と明かりに照らし出されました。
「し、新幹線?」
その長く広大な地下の空間に横たわっていたのは、手前から赤、黄色、青に塗り分けられた車体を持つ新幹線の電車のような車両でした。最初の1両が赤、中間の5両は黄色、最後尾の車両が青く塗装されています。
「これこそまさに、『ドクターシグナル』なれ。形式は9000系9102形。赤い方が、長野寄り先頭車、7号車9102―7・別名ジャイド=ガンマ。青い方が、東京寄り先頭車、1号車9102―1・別名ジャイド=デルタである。黄色い中間の5両は9012の2から6、ジャイド=ベースと呼称されるものである。」
僕は訊きました。
「なんですか、それ?」
「清水、それに函南も、お前らならば、操重車とは何だか知っているな?」
僕は答えました。
「はい、鉄道で、事故の復旧用に用いられる、軌道上を走行するクレーン車の一種です。」
「そうだ。この『ドクターシグナル』こそは、そういった種類の存在なのである。」
函南さんが言いました。
「でも、クレーンのブームは見当たりませんけど…。一見したところは、『ドクターイエロー』みたいじゃないですか。」
ドクターイエロー。新幹線の軌道上を高速で走行しながら電気系や軌道の精度の狂いを測定する試験車です。
「うむ、軌道上を高速で走行する関係上、空力特性の問題から、車体表面の平滑化の為に可変構造を採用しているが故のことである。」
そして先生は続けました。
「今こそ、かかる存在の、真の姿を顕さん。」
そして、右手の親指と人差し指をぱちんと鳴らして声高に叫びました。
「フェイズ・トランジション!!」
すると、その声に反応するかのように、『ドクターシグナル』とやらの1号車と7号車が、勝手に編成から切り離され、それぞれ二十メートルほど単独で前進しました。そして、まるでアニメに出てくる可変巨大ロボットのように、複雑な変形を始めたのです。
黄色い5両の中間車を挟んでそそり立つ赤と青の巨人。紅い方の頭部の額には、角が一本、青い方には、角が二本。
そして、その巨人の外見で最も目を引くのは、両の外踝に装着された、巨人の身長の大体九割位の直径を持った銀色に輝く巨大なリングでした。リングの円周の一点が、それぞれ左右の足首の外踝に接合されており、リングは、縦に、やや上が外に開いた角度で、巨人の体を平行に挟むようにそそり立っています。
「これが耐高温高圧局地運用型精密超重量操重鬼、形式称号DJDN―MZ1、その名も『マグマダイバー・ドジャイデン』である! この機体は、パワーと精密作動を兼ね備えた、まさに操重機の王と言っても過言ではないほどの性能を秘めている。ま、平たく言えばマニピュレーターの化け物のようなものと言っても過言ではない。」
善光寺先生は、立て板に水のように述べました。
「紅い方は、DJDN―MZ1R、『ドジャイデンⅠ世号丸』である。その異名は『赤い稲妻』なり。蒼い方がDJDN―MZ1B、『ドジャイデン丑号機』。またの名を『青い閃光』と称する。」
「わー♪」
僕は思わず口走りました。すると、函南さんが僕に言いました。
「ちょっと、澄也くん、あなた、目がきらきらしてるわよ!」
「だって、『ロボ』だよ『ロボ』☆! オタクの憧れ、男のロマン♪」
先生は続けました。
「ここで、先程の謎を解くものである。もっとも、お前らが、謎と思ったかどうかは知らぬがな。すなわち、なぜ十三体ものヴァンゲリングロボを建造したのか? 謎とは、まさにそれである。もちろん、その答えの一つとしては、地脈を鎮めるために日本列島から魂を抜くことが目的であったわけだが…、それだけなら、もっと簡単な呪術儀式でよかった筈なのだ。実際に、具体的に率直に放言するならば、それだけが目的ならば、高々、伊勢神宮を一日借り切ればそれで事足りた筈なのだ。」
「実際、来年、伊勢神宮は、十一年に一度の式年遷宮の年に当たる。この十一年に一度というのは、無論、太陽の黒点の増減の周期に合わせたものだ。伊勢神宮は天照大御神を祀ったものであるからには、太陽周期に基づいて物事が執り行われるのは、当然と言えば当然と言えよう。ゆえに神代から、女性は、黒点が極小になった年に伊勢詣でをして水で顔を清めると、顔面のホクロやシミなどが消えて肌が白くなると、古来、信じられてきた。勿論迷信だが、この俗習は現在に至るまで二千六百年以上続いてきたものである。話が逸れたな。要するに、遷宮に乗じて呪術儀式用の構造物を伊勢神宮に造営してしまえばよい、ということだ。やりようは色々ある。例えば、式年遷宮を前倒しして、新しい皇大神宮と豊受大神宮を新御敷地に、今、即座に造営し、にもかかわらず、在来の古いものを撤去しないで保持すれば、それだけで呪的容量は二倍になるわけで、余計な予算の必要もない、極めて手軽な方法だ。だが、国家は、そうはしなかった。」
「何故そうせずに、十三体ものヴァンゲリングロボを建造したのか? その答えは、金だ。ヴァンゲリングロボ建造には、一体三千億円が掛かる。それが十三体で、しめて三兆九千億円だ。しかしドジャイデンの建造にかかる費用はその比ではない。一体につき、一兆二千億掛かる。そう、ヴァンゲリングロボの建造とは、掛った費用の全部がヴァンゲリングロボの為であるかのように見せかけて、この二体のドジャイデンの建造費を糊塗し隠蔽し、金を捻出するための囮・ダミーに他ならなかったのだ! 国家予算の一般会計の歳出総額が九十二兆円であることを考えれば、これは、どう考えても無視できる額ではないからな。」
「このドジャイデンは、火口をゾロゾロ取り巻いて延々と儀式をするしか能のないヴァンゲリングロボとはわけが違うぞ。実際に火口の中に飛び込んで地中へ深く潜行し、作業することができるのだからな。動力源も、ヴァンゲリングロボは、ただのガンダリウム式核融合ジェネレーターだが、こいつは一体につき漢六型対消滅発動機を四基搭載している。そして、その四基で、発生する次元圧を利用して直接四肢のアクチュエーターを駆動するようになっていて、そのパワーは殆ど無尽蔵に近い。」
先生は続けました。
「…もともとこのテクノロジーは、戦艦大和の撃沈によって航空兵力の差が戦力差の決定的要因であることを見出した旧日本海軍が、急慮建造を計画した次期主力艦である超弩級戦闘空母・兄弟船級に搭載するために、四菱重工業に開発を急がせていたという曰くつきの代物だ。開発途上で敗戦になったために、それから約六十年、帝都大学工学部のとある研究室の書棚の中で眠り続けていたその資料を在学中の放介が見つけ出したことが、そもそもの、この計画の発端なのだ。まぁ、開発途上で頓挫したものを放介が曲りなりに独力で完成させたものだから、完全ではないがな。それでも、ここに搭載されている物は、三十二分の起動プロセスを経たのち、五百八十三分間の連続稼働が可能だ。この稼働限界時間を超過してもシャットダウン操作を行わなかった場合は、熱暴走の危険がある。すると最悪の場合、搭乗者は『熱死』を迎えるだろう。この『熱死』とは、熱力学の第二法則によってエントロピーが増大した結果として生じる遠未来の宇宙におけるエネルギー分布の均一化が云々というような意味合いで言っているのではない。ただ単に、『あつくてしぬ』という意味だ。」
先生はさらに続けました。
「ヴァンゲリングロボによる儀式の際、同時に、殺人文部科学省と地上を結ぶ索道エレベーターを構造的に支える部材であるナノカーボンチューブを霊的に強化した。このチューブを束ねて作られているのが、索道エレベーターの構造部材・アンビリーバブルケーブルである。信じがたい引張強度を持つことからそう呼ばれている。このシロモノを切断すれば、殺人文部科学省は、地上からの維持動力を絶たれて爆沈する。それを実行する方法は一つだけ、ドジャイデンを使うことである。そう、方法は、ただ一つ存在するのだ。ドジャイデンの前では、殺人文部科学省など、ヤツラ自身のオモチャの棺桶に過ぎん。『人間改良計画』だと? 笑わせるな。放介の野望は、そんなチマチマした代物ナドではない。その計画の真の名は、『現実破壊計画』である!」
そして先生は、僕たちに改めて向き直って問いかけました。
「どうだ!? お前ら、ドジャイデンに乗るか?」
「はい!」
「勿論です!」
「おうよ!!」
「よし! このドジャイデンはいわば、鋼でできた、異形の巨人の形をとった、大きな『愛』といっても過言ではない。お前たちが今、この場に居合わせて、他ならぬそれを駆使する羽目になったのは、ある意味ただの偶然だ。だが、お前らが、あの時、くそぶたの奴に何をしたかを考えてみれば、これは同時に必然でもある。たぶん、こういったものを『運命』とでも呼ぶのだろう。 ただし、その運命に従って、これを行った時には、殺人文部科学省の動力源の核融合炉が地下で爆発して、東京直下型地震が起こる。すなわちお前らは、敢えて悪を為すことになる。それでもやるか?」
「はい!」
「勿論です!」
「おうよ!!」
「そうか。運命を受け入れるのか? 受け入れた上で、なおその先に進もうと望むのか?」
「はい!」
「勿論です!」
「おうよ!!」
「そうか。ならば一つ言っておく。運命を受け入れるということは、ある一つの立場に立った妄執にとらわれることでもある。いや、乃至は、もはや一つの狂気に身を委ねるということでさえあるやもしれぬ。お前ら、それでも構わんか?」
「はい!」
「勿論です!」
「おうよ!!」
「ならばよい。所詮、人の世の成り立ちなど、妄執と妄執のパワーゲームでしかないのだからな。函南、おまえはおまえの。清水、おまえはおまえの。掛川、おまえはおまえの。それぞれのゲームを、行うがいい。」
そして先生は僕らに背を向けて、呟くように言いました。
「ぐふふふふ。放介よ。どうやらお前の文字通りのおメガネは、ピントが狂ってはいなかったようだな。『漢』は存在した。ここに確かに存在したぞ。おまえの言っていた通りだ。面白くなってきやがったことであるな!」




