第19話「親子」
端的に言って、洋菓子店のイベントは大盛況だった。
元々、地元ではそれなりの知名度を持つ店で固定客も多かったのだが、今回の移動販売は可愛い女の子達が売り子さんをしている、という評判が功を奏したらしい。
そして、予想以上の来客に、スタッフ達はてんやわんやになっていた。
「ああ、なんだこの客の入りようは!? これじゃあ回りやしないっての!!」
「村田さん! 在庫が切れそうです!!」
「すぐに包装始めて! ……余分に商品持ってきたのは良いけど、このお客の列。すぐに捌き切れるかぁ?」
カウンター向こうでは、沢山のお客が列を作っていた。
表も裏も大忙しのこの状況。村田さんは、責任者としてどう店を動かせば良いのか精一杯考えていた。
すると、
「はぁー全く……情けない人ばっかりねぇ」
「……え?」
思わぬ方向からの声に、村田さんは振り向く。
そこで、思い掛けない光景が広がっていた。
まだ中学生くらいの少女が、在庫切れの商品を信じられない速度で袋詰め、ラッピングして完成させていたのである。
「あーだるいだるい。なーんで私はこんな雑用……って、ちょっとアリエス。早く追加の焼き菓子持ってきなさいよ」
「ん〜」
アリエスは、追加された焼き菓子をまとめてリーブラの元へ運ぶ。
箱、袋、焼き菓子、その他諸々。
一つ一つは大したことのない重さだろうが、一気に持てば相当な重さになるそれらの商品を、小柄な少女が軽々と持ち運んでいる。
「え? だ、大丈夫貴女? それ、全部で五十キロくらいあると思うんだけど? 下手したら貴女の体重超えてるかもよ??」
「よ〜ゆ〜〜」
村田さんの言葉を受け流しつつ、アリエスは大荷物をリーブラの元へ運ぶ。
一方、売り子さんをしている魔法少女達もまた大忙しだった。
次から次へとやって来るお客を前に、ほぼ素人である少女達は完全に手が回らなくなっていた。
……しかし、それは【神速】の魔法少女、ヴァルゴが居なかったらの話だ。
『いらっしゃいませ! 今日は何をお求めでしょうか?』
『胡桃ちゃん。この商品をあちらのお客様にお渡ししてあげて』
『アーモンドクッキー三つとホワイトビスケット二つですね? 少々お待ちください』
『大変申し訳ございません。先程こちらの商品は売り切れとなりました』
『ありがとうございました! またのご来店をお待ちしております!』
まさに神速。
まるで分身の術でも発動しているかのような勢いで、ヴァルゴは凄まじい速度で客をさばいていた。
注文を丁寧に承り、素早く商品をお出しし、最後まで笑顔を絶やさない。
スーパーアルバイター。
今目の前にいる少女は、高校生という若さで大人顔負けの接客能力を持っていた。
「うわー凄い……」
「蟹谷さん。今はお仕事に集中しましょう」
スコーピオンから注意されるが、それでもキャンサーは勤勉に働いているヴァルゴから目が離せないでいた。
そう、キャンサーはある種『尊敬の眼差し』をヴァルゴに向けていたのだ。
真面目に仕事に取り組む姿というのは、キャンサーにとってはまさに『出来る大人』というイメージだった。なので、普段から一緒に生活している人が活躍している姿は、キャンサーに衝撃を与えたのだ。
何せ、キャンサーが普段よく顔を合わせる年上と言えば、一緒の部屋で寝泊まりしている『守銭奴』と『寝坊助』だ。
だからなのか、ヴァルゴの頑張る姿は余計に格好良く感じさせられた。
(ごめん、ヴァルゴ。今まで貴女のこと『幸薄そうな童貞女子』って思ってたけど……これからは考えを改めさせてもらうよ)
「……幸枝ちゃん。もしかしてすごく失礼なこと考えている?」
「大丈夫。百華のことじゃないから」
妙に察しの良い友人をよそに、キャンサーは真面目に接客をする。
次のお客がやって来た。
今度のお客は、スーツ姿の男性だった。
仕事帰りか仕事途中か、彼はにこやかな笑みでキャンサーと顔を合わせる。
「ん、あれ?」
と、突然男性が何かに気づいたようにキャンサーを見始めた。
……どこかで出会った事があっただろうか?
まじまじと自分を見てくる男性に、キャンサーは首を傾げる。
「あ!」
その時だった。
隣で同じく売り子さんをしていた百華が、驚いた様子で声を上げたのだ。
男性は百華の方を向き、そして彼も驚いたように口を開いた。
「も、百華! どうしてここに!?」
「お父さんこそ! 仕事中じゃなかったの!?」
当然、二人のやり取りを聞いてキャンサーも驚いた。
どうやら、この二人は親子。
目の前にいるお客は、博多百華の父親だそうなのだ。
「……百華の、お父さん?」
「あ、ああそうだよ。えーっと、初めまして……かな? 百華の父です」
「こ、こちらこそ。百華の友達の蟹谷幸枝です」
百華の父親は、キャンサーに対し深々とお辞儀をした。
それを見て、キャンサーも慌ててお辞儀を返す。
キャンサーが頭を上げると、そこには優しそうに笑う百華の父親の姿があった。
「百華から話は聞いてるよ。いつも娘を気遣ってくれてるそうじゃないか」
「いや、そんな……気遣っているだなんて。寧ろ私が助けられているくらいで」
「ははっ、謙遜しないでくれ。娘が楽しそうに友達の話をしてくれるから、キミがとても良い子だってことは知っているんだ」
そう話しながら、百華の父親は真っ直ぐとキャンサーを見つめていた。
お世辞ではない純粋な褒め言葉に、キャンサーは気まずいというか、照れ臭くなってしまっていた。
「……私は仕事柄、家に居ない時間が多くてね。うちは母親が居ないから、百華には一人で寂しい思いをさせてしまってるんだ。親として、恥ずかしい限りだよ」
「…………」
百華の父親はそう言って、少し寂しげな表情を浮かべる。
キャンサーには、それが本当に娘のことを案じている親の顔のように見えた。
「だから、キミが百華の友達で居てくれて本当に良かったと思っている。親として、ちゃんとお礼をさせて欲しい」
「あの……」
キャンサーが戸惑っていると、割って入るように百華が父親の前に立った。
「もうお父さん! 友達の前でやめてよ、恥ずかしい。それに、今は歌恋さんだって居るし、私は全然平気だから!」
「……ははっ、百華は強いなぁ」
百華の父親は、娘の変わらぬ元気な姿を見て安心したのか、表情を明るくした。
キャンサーは以前、百華から親戚の人が家に来て家事や料理をしてくれていると聞いた覚えがあった。
『歌恋さん』とは、おそらく百華の言っていた親戚の名前のことなのだろう。
「幸枝ちゃん。百華は私とは違い、真面目でとても良い子だ。だから、その、……これからも娘をよろしくお願いします」
百華の父親は、改めてキャンサーに向けて深くお辞儀をした。
そんな父が恥ずかしいのか、百華は軽く頬を染めてオロオロしている。
「お、お父さん……」
そしてキャンサーは、友人の父親に何と返答したものかと考えあぐねていた。
「えっと、何と言ったら良いか……。と、とにかく、百華とはずっと友達でいますので、大丈夫です!」
我ながら下手くそな返しだった。
キャンサーは、自分のコミュ力の無さを痛感する。
ただ、百華の父親はその言葉を聞いて満足そうに笑っていた。
「……さて、長々と居たら他のお客さんの迷惑になるか。じゃあ私はここで退散させて貰うよ」
「あ、クッキーは要らないの?」
「おおっとそうだった! ははっ、百華と一緒に食べようと思っていたのに買いそびれるところだった!」
「全く、お父さんったら……」
百華は、やれやれといったように嘆息する。
……そんな二人を見て、キャンサーは人知れず安堵していた。
百華と百華の父親は、仕事の関係であまり会えていないという話を聞いていた。しかも百華には母親が居らず、毎日寂しい思いをしていないかと、キャンサーは心配していたのだ。
しかし、この様子を見る限り、少なくとも親子関係は良好のようだ。
(良かった。百華が元気そうで……)
友達の幸せは、自分の幸せ。
……なんて、胸を張って言える程、キャンサーは百華という少女に依存してはいなかったが、それでも人というのは親しい間柄が喜んでいると、自分自身も嬉しいと感じるものだ。
だからキャンサーも、喜びに満ち溢れている二人の姿を眺めながら、密かに嬉しさを感じているのであった。