エピローグ3
「おい、なんだよこれ」
薄暗い路地裏のコンクリートの上で、何かが鈍い光を放っていた。
俺はしゃがみ込み、土埃にまみれたそれを拾い上げる。
ずしりとした、スマートフォンの重みだった。
「何だよ、金色のカバーとかすごいセンスの持ち主だな」
隣から覗き込んできた友人が、鼻で笑う。
「俺、これ持って帰ろうかな」
「そんなの持って帰ってどうすんだよ」
友人が呆れたように肩をすくめた。
「GPSとかで、すぐ場所バレるぞ」
「お、ロックかかってない」
親指で画面をスワイプすると、あっさりとホーム画面が開いた。
「よし、位置情報解除っと」
「お前、変なことに使うと色々ヤバいんじゃないのか」
「そんなの、なんとでもなるって」
俺が鼻歌交じりに設定をいじっていると、突然、手のひらのスマホから異質な電子音が鳴り響いた。
鼓膜を直接引っ掻くような、ひどく不快な音だった。
「ほら、持ち主からの着信じゃねえのか」
「いや、着信ではないな。誰からの表示もない」
俺は画面をタップして、無理やりその音を止めた。
「何のアラームだ?」
「もう知らねえぞ。お、あそこの車めっちゃかっこよくないか」
友人が指差した先には、黒光りする高級車が停まっていた。
「本当だな。なんでこんな路地裏に車が」
「いや知らない、でも写真撮ってくれよ」
友人は車のボンネットに寄りかかり、ピースサインを作る。
俺は拾ったばかりの金色のスマホを構え、シャッターを切った。
それからお互いにスマホを交換し、数枚の写真を撮り合った。
数時間後、自室のベッドに寝転がりながら、俺はその拾ったスマホを弄り回していた。
しかし、連絡先もアプリの履歴も、ほとんどデータは残されていなかった。
なんだよ、つまんねえの。
ため息をつきながら、今日撮った車の写真でも見返そうとフォルダを開く。
一番新しいサムネイルをタップした。
友人の楽しそうな顔が、画面に映し出される。
しかし、そのすぐ隣。
撮った覚えのない写真が、一枚だけ増えていた。
スワイプして表示させる。
そこに写っていたのは、見慣れない男の顔だった。
どこか悲しげで、それでいて強い意志を秘めたような瞳で、じっとこちらを見つめている。
俺には、それが保科勇気という男の顔だということは、知る由もなかった。
なんだよこれ。
不気味な薄ら寒さを感じ、俺はすぐにその写真を消去しようとした。
だが、何度ゴミ箱のアイコンをタップしても、その男の顔は画面に張り付いたまま消えなかった。
背筋を、冷たい汗が這い下りる。
俺は直感的に、拾ってはいけないものを拾ってしまったのだと悟った。
数日後の夜。
俺は取り憑かれたように、情報を求めてインターネットの海に潜り続けた。
消えない写真。
増える写真。
呪いのスマホ。
あらゆる検索ワードを入力し、膨大なオカルト掲示板のログを漁り続ける。
やがて、画面のスクロールがピタリと止まった。
深夜の三時。
誰も見ないような、ひどく簡素な作りのサイトを見つけたのだ。
黒い背景に、白い文字だけが浮かび上がっている。
『もしも、見知らぬ写真が増えていたら。』
『一人で悩まずに、すぐにこのメールアドレスに連絡を。』
『田中有紀』
俺は震える指で、そのアドレスのリンクをタップした。
終




