1.橘 梨花
私の大切な親友、梨花が死んだ。
知らない写真が、増えていく。
あのスマホのせいで。
次は、私の番だった。
透き通るような青空が広がっていた。
肌を撫でる朝の風には、微かに初夏の匂いが混じっている。
こんな日は、ただ歩いているだけで足取りが軽くなる。
「おっはよー!」
少し前を歩いていた見慣れた後ろ姿に声をかける。
彼女はくるりと振り返り、ニコリと笑った。
「あ、有紀。おはよっ」
橘梨花。
中学からの腐れ縁で、高校でも同じクラスになった親友だ。
私たちはいつものように他愛のないアイドルの話や、小テストの愚痴をこぼしながら、朝の通学路を肩を並べて歩いた。
この穏やかな日常がずっと続くのだと、その時の私は信じて疑わなかった。
――その日の放課後。
すっかり陽が落ちた帰り道のことだ。
「有紀、クラスでもインフル流行中だよ、気をつけようね」
「だね、でも私は、インフルとかかったことないけどね」
私たちは、通学路から少し外れた路地の端に、ぽつんと落ちているスマートフォンを見つけた。
「うわ、誰かスマホ落としてる。画面バキバキじゃん」
「ほんとだ。この辺、夜は暗いから気づかなかったのかな」
「どうする? 駅前の交番に届けてあげる?」
「そうだね。このままだと車に轢かれそうだし」
梨花がしゃがみ込み、その黒い塊に手を伸ばした。
その瞬間だった。
『……ピ……ピピ、ピー……』
不意に、スマホから音が鳴った。
着信音だろうか。
昔のゲーム機のような、ひどく古臭くて低い電子音だ。
ただの不規則なノイズのはずなのに。
その音の上がり下がりが、まるで誰かが泣いているように聞こえた。
「ねえ……これ、なんか変じゃない?」
梨花が手を止めた。
背筋にぞくりと冷たいものが走った。
これ以上、触れてはいけない。
本能がそう告げていた。
「……うん。なんか、気持ち悪いね」
「やめよ。元の場所に置いとこ」
私たちは顔を見合わせ、逃げるようにその場を立ち去った。
翌日、私は高熱を出した。
朝起きると体が鉛のように重く、体温計は39度を叩き出していた。
病院での診断はインフルエンザ。
一週間の出席停止を言い渡され、私はひたすらベッドで天井を見つめる羽目になった。
『有紀やばい?生きてるー?笑』
『死にそう。全身痛い』
『うわー可哀想。ゆっくり休んでね!ノートは取っといてあげるから!』
熱にうなされながらも、梨花からのメッセージに少しだけ心が和んだ。
熱が下がり始めたのは、それからさらに翌日の夕方だった。
まだ少し体はだるいが、頭のモヤモヤは晴れてきている。
暇を持て余してスマホをいじっていると、梨花から連絡が入った。
『ねえ有紀。なんか、私のスマホに変な写真が入ってるんだけど』
『変な写真?なにそれ見せてよ笑』
『それが、送ろうとしてるんだけどエラーになっちゃうんだよね。何でかなー?』
『容量オーバーとか?どんな写真なの?』
『うーん……中学生くらいの男の子。学生服着てて、すっごい満面の笑みでこっち見てるの』
『誰かの弟?』
『全然知らない子。イケメンっていうか、まだあどけない可愛い感じなんだけど……なんか、笑顔が不自然というか、見てて不安になるっていうか……』
私は「どっかのサイトで間違えて保存したんじゃない?」と軽く返し、その日は眠りについた。
翌日の昼頃、携帯禁止の学校から梨花のメッセージ。
『有紀、やばい。どうしよう』
『どうしたの?』
『またあの男の子の写真、増えてるの』
『え、また?ウケるんだけど笑』
『笑い事じゃないってば!』
画面越しの梨花の焦りが伝わってくる。
『それに……今日の写真、服着てないの』
『えっっっろ!梨花そういう趣味あったの?笑』
冗談めかしてからかったが、返ってきたメッセージは切羽詰まっていた。
『ふざけないで!本当に気持ち悪いから!』
『ごめんごめん。でも、消せばいいじゃん』
『消せないの!』
『え、なにそれ。絶対ウイルスじゃん』
背筋にじわりと汗をかいた。
『怪しいアプリ入れた?』
『入れてないよ!……ねえ有紀、もしかしてこれ、あの時のスマホのせいかな……?』
一瞬、息が止まった。
あの薄暗い路地。
ひどく古臭い、不気味で不規則な電子音。
画面を見つめる私の部屋は、なぜかひどく薄暗く感じられた。




