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第6話 軍師の願い

放課後の生徒会室。

キーボードを叩く音だけが、やけに大きく響いていた。


麻衣と麗華は、向かい合いながら会計業務をこなしている。

けれど、麻衣の意識は完全に上の空だった。


昨日の颯太の家から出てきた麗華の姿が、脳裏から離れない。


「ちょっと、香川さん。また間違えてるわよ」


麗華の鋭い指摘に、麻衣は肩を跳ねさせた。


「あ、ごめん……すぐ直すね」


慌ててデータを訂正する麻衣を見て、麗華は作業の手を止めた。

そして、何かを見透かしたような笑みを浮かべる。


「何か、気になっていることでもあるの?」


「……別に。何もないよ」


颯太と麗華のことが気になっているなんて、とても言えなかった。


「ふーん。昨日のことでも気にしてるのかと思ったけれど」


麗華の挑発的な言葉に、麻衣の心臓がどきりと跳ねた。


「昨日のことって、何のこと?」


「とぼけなくていいわ。

……昨日は、成瀬に相談に乗ってもらっていたのよ」


「相談って、何の……?」


「やっぱり、気になってたんじゃない」


麗華が可笑しそうに笑う。

誘導尋問に引っかかった自分に、麻衣は内心で歯噛みした。


「ほら、星野って、全然、生徒会の仕事ができないでしょ。

だからどうすればいいか、成瀬くんと相談していたのよ」


「相談?

じゃあ……信頼できる用間って麗華だったの?」


「用間、何それ? とにかく……」


麗華から語られた事実は、麻衣の想像とは全く異なるものだった。


「あいつ、人気だけで会長になったでしょ。

だから、実務はすべて私と成瀬くんに丸投げなの。

本当に困っているんだから」


麻衣は、恐る恐る尋ねた。


「でも、麗華って……燎生くんのこと、好きなんじゃ……」


麗華は一瞬、心底驚いたような顔をした。

それから、お腹を抱えて笑い出した。


「冗談はやめてよ。

あんな中身のないやつ、こっちから願い下げだわ」


「中身がないって……」


「イケメンだから騙されてる人は多いかもしれないけどさ。

私から言わせてもらえば、本当にバカみたい」


バカみたい――その言葉が、自分に突き刺さって恥ずかしくなる。


麗華は涙を拭いながら、さらに続けた。


「私の好きなタイプは、もっと賢い人かな。

例えば……成瀬くんみたいな」


「えっ……!?」


驚きで絶句する麻衣に、麗華はいたずらっぽくウインクする。


「その顔。大丈夫よ、冗談だから。

それに、成瀬くんはあなたのことが心配なのよ」


「心配?……私のことが?」


「そうよ。あんな奴に夢中になってる香川さんが心配だって。

このまま行けば、きっと傷つくことになるってね」


「でも、あいつ、ずっと協力してくれてたけど……」


「それは、多分」


「多分、何?」


「あなたには、頭ごなしに言ってもだめだからじゃないの」


麗華のぴしゃりとした言葉に、麻衣はぐうの音も出なかった。


確かに、あの時の自分なら耳を貸さなかったかもしれない。

「颯太の嫉妬だ」と決めつけて意固地になっていただろう。


「成瀬くんはね、あなたが致命傷を負わないように、

星野から守る方法をずっと考えていたのよ」


麻衣の脳裏にこれまでの光景が鮮やかに蘇った。


生徒会室での二人っきり作戦の帰り。

雨の中、ずっと待っていてくれた。


水族館で一人取り残されたとき。

ふと振り返ればすぐ後ろに颯太がいた。


シャチのショーでびしょ濡れになったとき。

迷わずタオルを差し出してくれた。


――いつも、気づけばすぐそばにいた。


それらはすべて、「偶然」でも「ポンコツ」でもなかった。


「私は、ずっと守られていたんだ……」


「そうよ。気づくの、遅いのよ」


「ごめん、私、行かなきゃ!」


麗華に背を向け、麻衣は生徒会室を飛び出した。


颯太は、いつものように私の報告を待っているはずだ。

きっと、『新しい作戦』を練っている。

落ち込んでいる私を慰めるために……


麻衣は階段を駆け下りた。

そのまま、校門へと走り出した。


まだ靴ずれのあとが痛むけれど、そんなことはどうでもよかった。

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