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第1話 報酬はクッキー

「……はぁ。もう、やってらんない」


玄関のドアを開けるなり、香川かがわ麻衣まいは特大のため息を吐き出した。


今日、自分に課したミッション。

それは、憧れの生徒会長・星野ほしの燎生りょうせいと会話をかわすこと。

だが、またしてもあの女に阻まれたのだ。


どんよりとした気分でリビングへ足を踏み入れる。

見慣れた背中が麻衣の視線を遮る。

それが、余計に麻衣の気分を逆なでする。


「なんでアンタが、我が物顔でうちのソファを占領してるわけ?」


視線の先には、幼稚園からの腐れ縁の成瀬なるせ颯太そうたがいた。


彼はスマホの画面を凝視したまま指を忙しなく動かしている。


「あ、麻衣。おかえり」


「おかえりじゃないわよ。さっさと自分の家に帰りなさい」


「無茶を言うな。あいにく、今夜から僕は食糧難民なんだ」


キッチンから麻衣の母親がひょいと顔を出した。


「あ、麻衣。おかえり。

颯太くんのお父さん、今日から急な出張なんですって。

その間、うちで夕ご飯、一緒に食べることになったから」


――またか。


麻衣は肩を落とした。


颯太の家とは家族ぐるみの付き合いだ。

とはいえ、プライベート空間にこの理屈男が居座るのは、

正直言って精神衛生上よろしくない。


麻衣はイライラをぶつける場所を探す。

颯太の膝元に置かれた小皿に目を止めた。


最後の一つとなった「苺ジャムクッキー」が鎮座している。


「これ、もーらい!」


「あ、ちょっと、それは最後の楽しみにとっておいたのに」


「いいでしょ、元々うちのクッキーなんだから」


パクり、と音を立てて噛みしめる。


サクサクの生地と甘酸っぱいジャムが口の中に広がった。


絶望の表情を浮かべる颯太を無視して、二階へ駆け上がった。




***




十五分後。


上下スウェットに着替え、再びリビングに舞い戻った。


颯太の隣にドカッと腰を下ろし、彼のスマホ画面を覗き込む。


「それ、また三国志?」


「春秋戦国ゲーム。

ちょうど今、孫武が城を落とすための『包囲戦』の最中。

静かにしてくれ」


画面の中では、何千ものドットの兵たちが、うごめいている。


(よく飽きずにやってるな)


あきれ顔で、新しく出されたクッキーに手を伸ばす。


「包囲戦ねぇ。……それより聞いてよ颯太。

今日も麗華れいか! また私の邪魔したのよ。

燎生くんに話しかけようとしたら、いつも割って入ってくる、

予算がどうの行事がどうのって……。

あいつ、絶対わざとやってるよ!」


反応がないのが気に入らず、麻衣は颯太の背中をバシッと叩いた。


「こらっ、無視すんな!」


「仕方ないだろ、あっちは会長と副会長。

相談することがいっぱいあるんだよ」


颯太は、スマホから目を離さずに答える。


「颯太も副会長でしょ。あんたがやればいいじゃん」


「麗華は予算担当。僕は行事担当。そもそも管轄が違う」


颯太は画面から目を離さず、淡々と分析を述べる。


「それに、真っ向から彼女に挑むのは無謀すぎる。

裸で城に突っ込むようなものだ」


つれない返事に、麻衣は大きなため息をついた。


「これじゃ、生徒会に入った意味ない。

仕事ばっかり多くて、全然近づけないし……」


颯太は「やれやれ」と肩をすくめ、再びゲームに集中する。


その冷めた態度に、麻衣の中のドス黒いスイッチが入った。


「ねえ、わたしと燎生くんが近づける方法、考えてよ。

あんたのその得意な『戦術』とやらで何とかしてよ」


「えっ? なんで僕が。やだよ」


即答する颯太に、麻衣はにやりと笑いかけた。


「ふーん。……そんなこと言っていいのかなぁ?

アンタが小学校までおねしょしてた秘密、

全校生徒にばらしちゃおっかな?」


「っ!? 卑怯だぞ、麻衣! それは条約違反だ!」


颯太が、初めてスマホを放り出し、顔を真っ赤にして立ち上がる。


「勝てば官軍。さあ、どうする?

私を燎生くんとくっつける方法を考えるか。

それとも、恥ずかしい黒歴史をばらされたいか」


「わかったよ」


颯太は、眼鏡をクイッと押し上げた。


ゲームの最難関ステージを攻略する時の「戦略家の目」に変わる。


「ただし、僕の指示には絶対に従うこと」


「いいわよ、軍師殿。じゃあ、作戦会議ね!」


麻衣は満足げに、再び、苺ジャムクッキーを奪い取った。


「あ、それは僕の報酬……!」


「軍師への給料は成功報酬よ。まだ一歩も進んでないでしょ?」


麻衣は、ニコっと笑うと、クッキーを口に放り込んだ。

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