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五女

 呆然として動こうとしない元王女──王子妃を冷めた目で一瞥して、二番目のお姉様は海へと潜っていった。私は波打ち際に座り込んだ王子妃に近寄ると、そっと白魚のような手を取った。

 自分の手に押し付けられた物を見て、王子妃が僅かに目を見張る。私は両手で彼女の指を包み、手の中の短剣を握らせた。


「私達の髪と引き換えに、海の魔女から貰ったものよ。妹には捨てられたけれど、貴女には必要かしら?」


 低く囁くと、王子妃は顔を強張らせて短剣を凝視する。王子の声が近づいてくる。王子妃が短剣を隠すように胸元に入れたのを確かめ、私は二番目のお姉様を追って海中に沈んだ。

 

 少し潜るとお姉様達が待ってくれていた。私の空になった手を見て、一番目のお姉様が微かに笑う。二番目のお姉様の表情は変わらない。三番目と四番目のお姉様達は、一番目のお姉様を気にしつつ、何も見ない振りをしている。


 私は、これからの事を想像すると、楽しくて仕方がなかった。笑い出しそうになるのを懸命に堪え、お姉様達の後ろについて海底の国に戻る途中、何度も島を振り返った。

 ああ、叶うならば、あの後如何なったかをつぶさに観察したかった。


 王子と妃は再会した時、どんな顔をしていただろう。顔を見るなり罵り合いが始まっただろうか。それともお互いに疑念を抱きながらも、笑顔で抱き合って無事を喜んだだろうか。

 あの島の状況は、信頼し合う二人だったとしても乗り越えるのは困難だ。愛の試練、なんてお花畑な考えなんて、数日で吹き飛ぶだろう厳しい環境。そんな場所に二人きりで、あの夫婦はいつまで保つだろう?


 妹の犠牲の上に成り立った王子と妃の愛。それがどれほどの物か、証明してみせろ。

 そんな一番目のお姉様の考えが、私には手に取るように分かった。真実を知ってなお、二人の愛が変わらないのならそれで良い。でも、愛が失われたなら──その程度の愛情のために、妹が命を落としたのなら。

 ただ溺死するよりも悲惨な末路を辿るといい。


 二番目のお姉様は、もっと単純だ。純粋に王子と王子妃を罰したいと思っている。だけど自分で手を下す訳にもいかないから、王子妃に王子への不信を植え付けた。二番目のお姉様は、王子と妃の愛なんて壊してしまえとの考えだ。私が王子妃に渡した短剣で、二人が殺し合うことを望んでいる。


 だけど私は、二人が殺し合うことを望んではいない。短剣を使って欲しいとは思っているけれど。


 あの短剣を使えば、妹は人魚に戻るはずだった。人魚に戻って、婚約していた海の王に嫁ぐはずだった。なのに妹が泡になって消えたせいで、私が代わりに海の王に嫁げと命じられた。私には、結婚を約束した幼馴染みがいるのに。


 だから私は賭けをした。海の王に事情を話し、代わりの花嫁を連れて来たら私を解放してくれるように願ったのだ。海の王は快く応じてくれた。代わりの花嫁にする王子妃が、妹とよく似ていたからだ。海の王は、妹の美しさをとても気に入っていた。妹似の王子妃が手に入るならと、自ら協力を申し出てくれた。


 海の王に嵐を呼んでもらって船を襲い、王子と王子妃を波に攫わせた。私達姉妹がその場に居合わせたのも、私が船を見物したいと誘ったからだ。一番目のお姉様を誘導し、王子達の愛を確かめようとの考えを芽吹かせた。二番目のお姉様の復讐心を煽って、あの何もない島に王子達を運ばせた。


 後は王子妃が、あの短剣を使って王子を刺し殺してくれれば。海の魔女の魔法で、王子妃が人魚になるはずだ。そうなれば、私は妹の身代わりにならずに済む。幼馴染みの彼と結婚できる。

 

 ねえ、風の精霊様。貴女は妹を憐れんで風の精にしたらしいけど、あの子の何処が憐れなの?妹はわがままで自分勝手に生きていただけよ。周りの迷惑も考えず、我を通しただけなのに。あれが純愛だなんて可笑しいわ。そんな物のために、如何して私が愛する人と引き裂かれないといけないの?


 風の精になった妹は、王子達を見守っているかしら。今頃あの二人は如何しているでしょうね。そろそろ王子が殺されているかもね。それを見て、妹はどう思うかしら。

 

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