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 「レイナ」


 優しい、懐かしい声に名前を呼ばれてレイナはそちらを振り向いた。


 「トール、お兄ちゃん?」


 幼馴染みの一人であるダークエルフの青年が、記憶の中と変わらない笑顔を向けていた。


 「そ、久しぶりだな」


 「何で、ここにいるの?」


 「うーん、まぁ色々遠回りしてきたら、ここにたどり着いた。

 間に合って、いいや、見つかって良かった」


 どうして、そうしたのか、レイナはわからなかった。

 ただ、気づけば体が動いていた。

 フラフラと兄として慕っていた、いまは青年となったトールのところまで来る

とレイナは彼へ倒れこむように頭を胸においた。

 記憶の中のものよりも厚い胸板が、彼女を受け止めてくれた。

 落ち着かせるように、トールはレイナの頭を撫でる。


 「色々、王都で聞いた。たぶん、全部聞いた。

 頑張ったな」


 「頑張ってなんかいない」


 頑張っていたなら、それが少しでも認められていたならきっと追い出されることも、子供達を奪われることもなかった。

 トールの言う頑張りが認められていたなら、きっとこんなことにはなっていないだろう。

 それがわかるから、悲しくて、こんなにも悔しい。

 頑張りがきっと足りなかったのだ。

 

 「私は、頑張ってなんか」


 「頑張っていた自覚があるから、泣いてるんだよ。

 お前は、頑張ったよ」


 「う、うぅ~」


 声を抑えて、それでも涙は抑えずに彼女はトールの胸で泣いた。

 懐かしかった。

 あの頃と身長も、声も変わってしまったのに、兄貴分だった彼の優しさは何も変わっていなかった。


 「ところで、質問なんだが何か病気にでもなったか?

 今、病院から出てきただろ?」


 その話題に、レイナの体があからさまにビクついた。


 「どうした?」


 昨日の今日だ。

 話して良いものか、迷ってしまう。

 話したい。

 話して、今後のことについて助言をもらいたいという考えと。

 迷惑をかけたくない。トールもそうだが自分も大人なのだから、自分で何とかしなければならないという考えがせめぎあう。


 「なんでも、ない」


 そこで、呆れたような溜め息がトールから漏れた。


 「お前の何でもないは、何でもなくないだろ。

 とりあえず、ゆっくり話の出来る場所に行こう」


 昔からトールには隠し事が出来なかった。

 基本は踏み込んで来ないのに、本当にレイナが困っている時はこうして手を差しのべてくれるのだ。

 それが嬉しい反面、やはり自分はダメな人間なのだと再確認してしまう。


 「お兄ちゃんに、迷惑かけたくない」


 「今さらだな。お前からの迷惑なんて旅先でかけられた迷惑に比べれば可愛いもんだよ」


 「でも」


 「とりあえず、温かい飲み物が飲める所が良いな。

 ほら、奢ってやるから久しぶりにあった兄貴に甘えとけって。

 甘えたって悪いことにはならないからよ」

 

 


 女性客が比較的多い喫茶店に入る。

 経験上、こういった女性客が多い店というのはとても賑やかなのだ。

 女性は声が高く、何人かでお茶をしていると自分達の話に夢中で他人の話に耳をそばだてるなんてことは少ないからだ。

 逆に、こういった店でそう言ったことをしている人物は要注意である。


 「お前、甘いもの好きだったろ? 

 あの村にはない物も、って王都で食べてるよな。

 まぁ、好きなの注文しろよ」


 「食欲、ないから」


 「そっか」


 「あ、でも、この柑橘類のお茶なら飲めるかも」


 「なら、俺はこの珈琲だ」


 そうして、お茶が来るまでの間、ぽつぽつとレイナがする話をトールは相槌を打ちながら聞いていく。

 やがて、二人が頼んだお茶が運ばれてくる。

 それを飲みながら、話を再開する。

 すべてを聞き終えるまで、トールは口を挟まなかった。

 彼女が時おり感情的になるのも、全て受け止めて話を聞いた。

 やがて、すべてを聞き終えた後。


 「一人で、育てるのか?」


 顔は伏せたまま、それでもそんなトールの問いにレイナは頷いた。


 「この事を、アスターには知らせないのか?」


 なんなら、トールは自分が伝言を届けてやろうと申し出た。

 それを、レイナは首を横に振って断った。


 「また、取られるかもしれないから」


 名乗り出られなくても、教育係りでも、それでも子供達のめんどうを見れたこと、成長を近くで感じられるだけで満足だと自分を偽り続けていたレイナが、本音を口にした。


 「どうしようもないことだってわかってた。頭では理解しているつもりだった。妹の子供として接するだけでも満足しなきゃって、我が儘は言えないんだ思っちゃいけないんだって、ずっとずっと思ってて」


 「うん」


 「でも、こんなことになって。

 それでも、自分は幸せなんだって、幸せだったんだって思い込もうとして」


 「うん」


 「私は、優しい両親に育てられた。可愛い妹もいた。

 好きな人と、特別でもなんでもない、お付き合いをして、結婚して、好きな人との子供まで産めて、生きてその面倒までみれた。

 お母さんって呼ばれることは無かったけど、それでも幸せなんだって、贅沢な環境なんだからそれ以上を望んじゃダメなんだって思おうとしてた。

 でも、いつか。子供たちと接していたら、育てていたらいつか、【お母さん】って呼んでもらえると思ってたんだ。

 これだけ私は頑張っているんだから、いつか、そんなご褒美があるんじゃないかって願ってた」


 でも現実は、大事な大切な家族と引き離され、子供たちまで奪われてしまった。

 城の方で、政治の方でなにがあったのかは、身分の低い愛人という扱いでしかないレイナにはわからなかった。

 同じように、国の上層部の考えなどずっと旅をしていたトールにも、詳しいことは知りようもない。


 「それは、ご褒美でも何でもない。当然の権利だろ。

 お前は、俺は会うことができなかったけど、子供たちを大事にしてた、それだけはよくわかるよ」


 「私は、お母さんになりたかった。そうあの子達に呼ばれたかった。

 でも、こんなことになったらそれも出来ない叶わない。

 お兄ちゃん」


 「ん?」


 「これは、罰なのかな?」


 「罰?」


 なんのだ? 

 そうトールが問う前にレイナは続けた。


 「私が知らなかったとはいえ、高貴な血のアスターと恋をして結婚した罰なのかな?

 平民の私が高貴なアスターを愛した罰なのかな?」


 それを、トールは否定する。


 「そんなわけないだろ。

 というか、そんなこと言ってやるなよ。

 お前を好きになったアスターが逆に可哀想だ。

 アスターは、たぶんお前だから好きになって一緒になろうって決めたんだろ」


 何気無い風に言われ、ようやくそこでレイナは、ハッとして顔を上げた。

 兄を見る。

 兄のように慕っていた青年を見る。


 「お兄ちゃんは、スゴいね」


 「何が?」


 「私のことも、アスターのこともよくわかってる」


 「そりゃ、それなりに一緒にいたからな」


 「今だから、言えるんだけどね」


 「うん?」


 「ほら、子供の頃って突拍子もないことを普通に考えたりするでしょ?」


 「あー、まぁな」


 子供の頃を思い出しながら、トールは珈琲を一口啜った。


 「私、大人になったらアスターはお兄ちゃんと結婚するんだろうなって思ってたことがあったの」


 さすがの言葉に、トールは珈琲を吹き出してしまった。

 そして、気管支に入ったのか酷く噎せてしまう。

 心配した店員が綺麗なタオルを持ってきてくれた。

 店員に噎せつつも礼を言って、トールはタオルを受け取って落ち着くまでそこに顔を埋めていた。


 「あ、ご、ごめんね!」


 「げほっ、な、なんでまたそんな風に考えたんだ?」


 「うーん。何でだったかな? 

 何かすごく仲がよくて、このまま大人になるまで仲が良かったら二人は結婚するんだろうなって、なんとなく思ってた」


 要するに大した理由は無いのだ。

 でも、幼い頃のそんな突拍子もない上おバカな話題が、暗かった彼女の表情を少しだけ明るくした。


 「懐かしいなぁ」


 「だな。でも仲の良さならお前らの方が上だったよ」


 結局、トールもお人好しな部類に入る。

 元々身を固めるつもりはなかったので、恋人もいない。

 だから、こうレイナに切り出した。


 「お前はさ、もっと他人を利用していいんだ。

 一人で、やれることなんてたかが知れてる」


 そして、こう続けた。


 「頼るのも大事だけど、利用することも覚えた方が良いな。

 だから、俺を利用して構わない」


 頼る、ではなく利用しろとトールに言われる。


 「お前の中でこれからのことは答えは出てるだろ?

 でも、一人じゃどうしたって限界がある。

 だから、俺を利用しろ、俺を使ってくれて構わない」


 「なんで、いきなりそんなーー」


 「この国を出るのもいい。ただ俺はお前に着いていく。

 その子供を取られたくないなら、もっと先のことを考えろ」


 「先?」


 「片親なのは珍しくはない。ただ、いつか訊かれるぞ。

 父親はどんなひとだったのか?って。

 それに」


 「それに?」


 「神は気まぐれだからな。一応アスターの血を継いでるということは、今回みたいなお告げ、神託だったか?

 なにかの気紛れを神が起こして、その子供のことがバレないとも限らないだろ」


 「それは」


 無いとは言い切れなかった。

 現に、城を追い出されたアスターが戻ることになったのもその神託が原因なのだ。


 「そうだけど。でも、じゃあどうするの?

 どうすれば良いと、お兄ちゃんは思ってるの?」


 「お前はさ、優しいよな。

 だから、この俺の考えに反対するかもしれない」


 「?」


 「もう一度言う。俺を利用しろ」


 「それって、どういう意味?」


 「何が起きても、誰にもどんな存在にも負けないくらいの子供に俺が腹の子を育ててやる」


 「はい?」


 「権力のない平民が、国の横暴から逃げるには物理的に力をつけるのが良いと俺は思う。

 ようは誰にも負けないくらい、体も心も俺が鍛えてやるって話だ。

 いつか、同じような理不尽にあっても立ち向かえるくらい強くしてやる。

 お前や、アスター、リト。アスターのおばさんみたいな想いをさせないために、俺を利用しろ」


 「それって、お父さんになってくれるってこと?」


 言われて、トールは苦笑した。


 「いいや。その子の父親はアスターだろ。

 俺はおじさんだな」


 こうして、三人の奇妙な、でもどこにでもよくある家族生活が始まったのだった。



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