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終 元王太子の愛

 ホワイトデー特別企画です。

 シグルドの愛をどうぞ。

 「殿下、サインはお待ちください。

  そちらの案件、どうして承認なさるのですか?」


 「孤児院の予算増額要求だろう? 冬に向かって何かと物要りだろうし、この程度の額なら問題なかろう」


 「殿下は、こちらの孤児院の内情をご存じないのですか?」


 「うん? 内情? 何かあったか?」


 「杜撰な運営で最近問題になったばかりのところではありませんか。院長の不正蓄財の噂もあって、近々調査が入る予定だと報告が来ていたはずですが」


 「なに!? そうだったか!?」


 「つい先日のことではありませんか。何事も、どこかで繋がっているのですから、気にしていただかないと」


 「無茶を言うな。そんなに何でもかんでも覚えておけるわけがないだろう」


 「現に私は気付きました。殿下、殿下が任されている案件は、基本を抑えておけば足りる程度のものなのです。

  即位すれば、こんなものではすまない難しい案件が山積みになるのですよ? 国を担うとは、そういうことなのです。

  公平さと、温情と、政治的配慮が求められます。

  後日のために訓練の場を与えていただいているのですから、わきまえていただかなければ」


 「うるさいな、わかっている。

  大体、どうしてそんな怪しげな案件が俺のところに回ってきてるんだ」


 「もう、これくらいならばご自分でお気付きになられると信頼されたか、或いは殿下なら気付かず承認なさることを期待した不埒者が混ぜたか、といったところでしょうか」


 「つまり、俺は落第だというわけだな。

  俺がお前くらい優秀ならよかったんだろうがな」


 「殿下、殿下はいずれ王となって国を背負われるのです。

  そのような甘えたことを仰らず、なすべきことをなさいませ。

  常に私が傍にいて、お教えできるわけではないのですよ」


 「うるさいな、わかっている!」


 俺の婚約者のシェリーファ・ニーシュは、幼い頃から王妃教育を受け、非の打ち所のない令嬢となっていた。

 たしかに王妃候補として、これほど相応しい者はいないだろう。

 だが、俺にとっては、一緒にいて息苦しい相手だ。

 シェリーファは、自身が優秀な分、俺にも同じことを求めてくる。

 王太子として、将来の王として、重責を担わなければならないのは重々承知しているが、誰もがあいつのように優秀なわけじゃない。

 俺だって、俺なりに必死にやっているんだ。

 容赦なく積み上げられていく仕事と、シェリーファの嫌味に疲れ切っていた俺の前に、1人の令嬢が現れた。

 ブレンダ・カスクは、貴族の令嬢とは思えないほど裏表がなく、無防備で、あからさまな好意を俺に向けてくれた。

 何の見返りも求めず、一途に俺を慰めてくれるブレンダに惹かれる自分を止められなかった。ブレンダは、王太子ではなく、俺という人間を見てくれる。

 だが、俺がブレンダに惹かれたことで、ブレンダはシェリーファから嫌がらせを受けるようになった。

 私物が次々となくなり、そのほとんどがシェリーファの机から出てくるのだ。

 いくらなんでもあからさますぎるが、逆にそれが怪しい。

 シェリーファを陥れようとする動きに見せて、実はシェリーファ自身が裏で糸を引いているのではないかという疑念が頭をもたげてくる。

 とはいえ、この程度のことでシェリーファを弾劾するわけにはいかない。

 俺は悶々とした日々を送った。

 たとえ本当にシェリーファが嫌がらせの主犯だったとしても、俺に近付くブレンダに少しばかりの嫌がらせをするくらいは、婚約者の権利と言えなくもない。

 所詮、物が隠される程度で、実害は少ない。

 悔しいが、シェリーファの有能さは、俺の支えとして、なくてはならないものなのだ。

 劣等感を刺激されているのが自分でもわかるが、どうにもできない。


 だが、さすがに直接的な暴力となると、許すわけにはいかない。

 ブレンダの背中に痣を見付けた時の恐怖と怒りは、言葉にできない。

 階段から突き落とされるなど、打ち所が悪ければ、命に関わることだ。

 ブレンダが言い淀んでいたことで、シェリーファの仕業だと確信し、俺は目の前が真っ赤に染まるのを感じた。

 今回は大した怪我をしなかったが、次はもっと過激な手段に出るかもしれない。

 一刻も早く、ブレンダの立場を強固なものにしなければ。


 まず、シェリーファの力を削ぐのが先決だ。

 公爵令嬢で、王太子の婚約者というシェリーファの立場は、とても強い。

 今回のような直接の暴力でさえ、実家の力を使えばなかったことにできるだろう。

 カスク子爵家がニーシュ公爵家に逆らえるとは、とても思えない。

 もし、自主退学を強要されでもしたら、ブレンダは…。

 俺は、やむを得ずシェリーファを排除することを決意した。


 シェリーファを糾弾するには、言い逃れできないような状況を作る必要がある。

 衆目の前で、はっきりと断罪しなければ、公爵家の力で、なかったことにされかねないからな。

 謝恩会を利用しよう。

 学院の関係者が一堂に会する謝恩会でなら、なかったことにはできない。

 何が政治的配慮だ! 見ていろ、シェリーファ。衆目の前で、お前の化けの皮を剥がしてやる。




 「では、彼が私の肌に触れるのを黙ってご覧になっていたのはなぜでしょう?

  見ようによっては、私が汚された方が都合がいいから放置していた、とも取れますが」


 なんてことだ。

 俺が用意したはずの断罪の場で、逆に俺が断罪されただと…。


 教師からの事情聴取を終えた俺は、王城からの迎えの馬車に押し込められた。

 ブレンダとは、会わせてもらえなかった。

 父上から、一刻も早く連れ戻すようにと厳命された騎士達は、文字通り有無を言わさず俺を馬車に押し込めたのだ。

 王城に戻ると、父上から弁明を求められ、ありのままを答えた俺は、自室で謹慎するよう命じられた。

 一応、城内を歩き回るくらいは許されていたが、ブレンダやスコッティがどうなったのか、誰に聞いても答えは返ってこなかった。


 1か月が経つ頃、シェリーファが登城するという話が聞こえてきた。

 それと、スコッティがシェリーファからの要求で、手を潰されたという話も。

 俺は、シェリーファに一言言わなくてはと、控えの間に向かった。




 俺は、知らないうちに全てを失っていた。

 恋人も、腹心の友も、王太子の立場も。

 学院も、とっくに退学扱いになっているそうだ。

 それらを聞かされた後、自室に軟禁されていたのは一月ほどで、その後は、「塔」に幽閉されることになった。




 「塔」は、高位貴族や王族の罪人を監禁するための建物だ。

 俺は、その最上階で、もう8年くらい暮らしている。

 正確な日にちは誰も教えてくれないから、おおよそでしかわからないが。

 最上階には、運動できるだけの広さを持ったサンルームまであり、およそ生活に必要な設備は揃っているが、階下に降りるための階段に通じる扉は鉄製で鍵が掛かっている。

 しかも、階段を下りた先にも鉄の扉がある。

 食事は、見張りの騎士が持ってくるが、その時は、階段下の扉は施錠され、万が一俺が食事を運んできた騎士を倒して部屋を出ても、外には出られないようになっている。

 全ての窓には鉄格子が付いているし、ご丁寧にサンルームの外側も鉄格子で囲まれている。

 面白いことに、刃物は置いてある。

 自死するならしろ、ということだろうか。

 それが温情からなのか、厄介払いのためなのかはわからない。

 心を病むのが先か、体が参るのが先か、どっちにしても、俺はろくな死に方をしないだろう。

 当然のように、俺を訪ねてくる者はいない。

 「塔」に幽閉されているんだ、会いたがる奇特な奴などいないだろう。

 下手をすると、そいつも巻き込まれることになるんだから。


 唯一、スコッティからは、時折手紙が来る。

 砕かれた手は、必死の訓練の結果、字を書けるまでに回復した。

 最初の手紙では字が震えていたが、そのうち落ち着いてきて、今では昔のような字を書けるまでになっている。

 手紙の内容は、主に近況報告だ。

 スコッティは、学院を卒業した後、実家で経理を手伝っているそうだ。

 文官になる夢を見たものの、そこまでの力はなく、家の手伝いという形で食わせてもらっているらしい。

 いつだったか忘れたが、屋敷で働くメイドの1人と結婚したそうだ。

 相手は平民らしいが、子供も生まれて、それなりに幸せにやっているようだった。

 俺のせいで人生を狂わせてしまったスコッティが、それでもなんとか幸せを掴んでくれたことは嬉しい。


 スコッティの手紙には、世間の動きも多少書いてある。

 当然、この手紙は検閲されているから、俺に知らせても問題ない内容しか書かれていないが。

 フェデリック伯爵に嫁いだブレンダのことも書いてあった。

 元より、ブレンダが俺を裏切ったなどとは思っていない。

 俺から引き離すために、無理矢理嫁がされたのだろう。

 そのブレンダは、今も子を産むこともなく、社交界に出てくることも滅多にないらしい。

 俺に操を立てていてくれるなら嬉しいが、嫁がされた身でそれは難しいはずだ。

 恐らく、子供が産まれてもブレンダの子では扱いに困るから、ということで、産ませないようにしているんだろう。

 ブレンダは、まるで生きていることを示すかのように、たまにパーティに伯爵と出席しているそうだ。

 もっとも、スコッティも社交界になど出られる身ではないから、マッカーラ伯爵からの又聞きだ。


 シェリーファは、王太子妃となり、王子を2人産んだそうだ。

 下の王子が、もうじき3歳になるとか。


 …そろそろだろうな。

 跡継ぎが産まれなかった時のための種馬…俺を生かしてきたのは、そんなところだろう。

 王子が2人もいれば、もう十分だ。

 何の脅威にもならないとはいえ、これ以上俺を生かしておく意味はない。

 俺としても、惨めな虜囚の日々をいつまでも続けていたいわけじゃないし、楽にしてくれるというなら、それもいいだろう。

 できれば、毒入りの飲み物辺りがいいな。欲を言わせてもらえば、即効性の奴で。

 そう思ってはいるが、なかなかその日は来ない。




 今日、ブレンダからの手紙が届いた。

 ブレンダから手紙が来たのは、初めてだ。

 娘が産まれたとある。

 「幸せに生きているから心配しないでほしい」と、懐かしい文字で書いてある。

 嘘を書かされたのか、真実なのかは知らないが、なるほど、これが俺への引導ってわけか。

 これ以上生きていると、俺を苦しませるためにブレンダを利用するんだろう。

 楽に死なせてくれるつもりはないってことだな。

 俺の計画が甘かったせいで、望まない結婚を強いられたブレンダをこれ以上利用されたくはない。

 せいぜい派手に事故死するか。

 誰の発案か知らないが、まったく最後の最後まで嫌味な話だ。


 俺は、なぜか(・・・)鍵を閉め忘れられている扉を開け、ナイフを銜えて階段から転げ落ちた。

 いつかの、ブレンダのように。

 俺の結末には、これが相応しい。

 俺がしてやれることは、この程度だ。

 愛している。

 せめて、ブレンダ(お前)だけは、安らかな生涯を送ってくれ。

 ということで、これにて完結です。

 実は、鷹羽の作品の中では、一番ランキング上位になった作品でした。

 一瞬とはいえ、日間総合9位でした。

 日間一桁なんて、ほかには取ったことありません。

 モーニングスター大賞に応募して、一次選考を通過したのもいい思い出です。

 その時スコッティ視点を書いて、二次を通過できたらシグルド視点を書こうかな…とか思っていたのですが、そううまくはいかず、温めていたネタの使いどころに困って、今回ホワイトデー企画として復活させました。

 これがホワイトデー? というような内容ですが、シグルドなりのブレンダに対する愛の形です。

 実際にブレンダが娘を産んだかどうかは、皆様の想像にお任せします。

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[良い点] >容赦なく積み上げられていく仕事と、シェリーファの嫌味に疲れ切っていた俺の前に 優秀じゃないのは、努力不足だったのかなあ。だから、シェリーファは言い続けたんだろうか。賢王になる可能性があ…
[良い点] シグルドの愛が本物だったこと。王の器では無かったけどちょっとだけ同情する。
[一言] これ読んでたんですが、続きが出てたのにも、作者が鷹羽さんなのにも気付いてなかったです……! 面白かったです! それぞれがもう少し自分の立場を理解してれば良かったですね……
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